第6話 一つの考え

 小さい頃に読み聞かされた英雄達の物語で印象に残ったのは、そこに出てくる登場人物達が、とんでもない魔法を軽々と扱っていたことだった。


 『勇者』が使ったと言う『天雷』は龍をも一撃で葬った。

 『賢者』が使ったと言う『墜星』は国を一夜で滅ぼした。

 『聖女』が使ったと言う『蘇生』は死者を生き返らした。

 『騎士』が使ったと言う『光剣』は海を割り空を裂いた。


 何時か、自分もそんな大魔法を使ってみたい。

 子供心にそう思ったものだ。

 だが、文字が読めるようになり、わくわくしながら魔法の本を紐解いてみた時、憧れは失望に変わった。

 研究自体は確実に進んでいるのに、今となってはこれらの魔法を使える者は誰もいないという。それどころか、各属性に定められている極致級魔法の使い手も年々減っているらしい。


 ――はて? それはおかしなことではないか?


 印刷技術や、様々な事を記録出来る宝珠技術が不安定だった時代ならいざ知らず、それら技術が発展し続けている昨今に、魔法が失われていく? 

 確かに各名家が抱えている秘伝の魔法もあるだろう。口伝に拘っているのかもしれない。それでも違和感は拭えない。

 昔よりも、戦乱が少なくなったのは事実。だけど、怪物達の動きは各地で活発だし、龍や悪魔もまた健在。これらの存在が弱体化したという話は聞かない。

 魔法を実戦で磨く場所は吐いて捨てる程あるのだ。

 それにも関わらず、人類が使える魔法は、少しずつ弱くなっている――


「で、ですが、それは魔法を使う者の裾野が広がっている点を考慮に入れなければ……」

「確かに。けれど、大魔法が確実に衰退している事もまた事実でしょう。今は数で質を補っているのです」

「…………」

「王国内だけ見ても、各公爵家を象徴している、『火焔鳥』『氷雪狼』『暴風竜』『雷王虎』の使い手は極僅か。その威力はかつてよりも数段弱体化しています。『火焔鳥』は歴代最強かもしれませんが、あれは例外です」

「……つまり、こう仰りたいのですか? 学び方が根本的に間違っていると?」


 やはり、この子は才媛だ。


「良く出来ました。正解です」 

「200年前の魔王戦争以降、各国が行ってきた魔法の改良は……無駄と?」

「無駄とは言いません。確かに魔法を使える者の数は劇的に増えましたからね。けれど、結果として質の低下を招いている。何かある、と思う方が自然ではないでしょうか」

「……頭がクラクラしてきました」


 まぁそうだよなぁ。

 こんな考えをいきなり言われて信じたのは、それこそあの腐れ縁位で――


「ですが、信じます。私はどうすれば? 先程の仰りようだと、誰も確認した事がないが関係してきそうですね」

「……どうしてそこまで僕を信頼してくれるのか、不思議なのですが」

「え? だって……な、何でもありませんっ! 進めて下さい!!」


 いきなり、顔を真っ赤にしている殿下。何か地雷を踏んだかな……。

 取り繕うように咳払いをし、続ける。


「僕は、人が魔法を使えるのは、眼には見えない精霊が力を貸してくれているからだ、と考えています。魔力はそのお礼ですね」

「しかし、その説は100年以上前の実験で否定された筈です。精霊が存在するのなら、火山で炎属性魔法を扱えば威力は増すと想定出来ますが……実際には何処で使っても同じ程度の威力にしかならなかった、と」

「本当に良く勉強なさっていますね。正解です」


 右手を伸ばし頭を撫で――そうになるのを寸前で止まる。危ない危ない。

 ……心なしか殿下が不服そうなのは何故だろう?


「けれど――ティナは海の中に炎精霊がいると思いますか?」

「へっ? そ、それはいないと思います」

「何故?」

「だ、だって水の中で炎は存在出来ないし、精霊だって同じじゃ……」

「どうやって証明を?」

「ひ、卑怯です……反則です……」

「ふふ、すいません。ティナが優秀なので少し虐めたくなってしましました」

「……先生はやっぱりちょっと意地悪です」


 涙目になっている殿下。うん、可愛い。本当に優秀だ。会話をしていて楽しい。


「僕はこう考えました。仮に精霊が存在するのなら、彼等にとって属性は余り意味を持ってないんじゃないか? と」

「……属性を持たない、と?」

「そこまで極端ではありませんが、多少の得意・不得意程度の差しかないと仮定しています。では、今使われている魔法の構築式がどうなっているか」

「炎なら炎だけ。水なら水だけ。風なら風だけ……強制的に一つを発動するように作られています」

「根拠はありません。けれど、精霊が存在するのなら――毎回、同じ事しか注文してこず、かつ強要しようとする人間に力を快く貸すものでしょうか?」

「……貸さないでしょうね」

「その通りです。良く出来ました」


 因みにこの考えを学園長へ素直に述べた所、とてもとても渋い表情になっていた。おそらく長命種(エルフやら巨人やら。表面上、人類と友好的な種)の間で取り決めでもあるんだろう。でないと、最後は数に押し切られるし。

 今の段階でさえ、圧倒的を超える人口差で実権を奪われてるものなぁ……死守したいだろう。

 

 ――まぁ、僕には関係ない話。


「さて、長々と話してきましたが、そろそろ実習をするとしましょう」

「……先生」


 やはり、納得がいかないか。仕方ないよなぁ。

 


「納得がいきません! エリーは撫でて私を撫でない理由を早急にお聞かせ願います! それと……敬語で話すのは止めて下さい!!」


 ……この子の考えもまだまだ理解出来ないや。

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