第5話 魔法

 我が腐れ縁にして王国南方を守護するリンスター公爵家長女、リディヤ・リンスターは間違いなく天才である。


 一般には『剣姫』の名が知られていて、剣術だけの印象を持たれているが、魔法もリンスター家の象徴である炎属性極致魔法『火焔鳥』を17歳にして使いこなす。

 学問においても、王立学校を1年で飛び級かつ首席卒業。4年制の大学校も3年(国からの懇願で延長した)で卒業予定。勿論、首席。

 余り褒めると調子に乗るので言わないけれど――容姿も端麗。一度、ドレス姿を見た時は不覚にも見惚れてしまったものだ。

 ……まぁ、此方に対する態度が壊滅的なので、最終的にはマイナス評価に陥るのだが。閑話休題。


 そんなリディヤと、殿下の才覚は――僕が見たところ、学問の面なら互角だ。

 

 今回、作った模擬問題をあいつが解いても、これ以上の結果は出ないだろう。

 王立学校の入学試験問題は多方面から出題される。

 魔法・語学・歴史・経済・政治・生態・気象……世の受験生が対策を考えるのを放棄するのも仕方ない。

 だが、実のところ知識量は余り問題にならない。

 勿論、基本は抑えておく必要がある。ある程度そこで得点も取れる訳だし。

 ただし、あの長生きし過ぎて(一度聞いたら「300より先は数えるのを止めた」と言っていた」)根性がねじ曲がっている学園長が聞きたいのはただ一つ。


『何をしにこの学校に入学したいのか。そして、卒業後何を見せてくれるのか』


 これだけである。それを、わざわざ様々な分野でカモフラージュしながら聞いているに過ぎないのだ。

 何でそんな事が分かるかって? 

 ……僕の回答がそれで普通に受かったからです。知識問題でポカミスしててもね。実技試験の相手も、わざわざ確認しに学園長が出てきたなぁ。懐かしい。


 さて、今回の模擬試験、殿下は知識問題のほぼ全てで正答を書いていた。

 この段階で凄まじい。古代エルフ語(学園長の嫌がらせ)を読める13歳なんて王国内に何人いるんだ。

 そして、学園長対策の論文も完璧。公爵が手元に置いておきたいのも分かる。

 ……どうしたものかな。依頼は、諦めさせないといけないんだけど。この結果を見る限り、彼女は王都へ行って世界を体験した方が良いと思う。

 取り合えず――魔法を実際に見てから考えよう、うん。



「昨日の試験を返します。その後、少し解説をして、魔法の練習をしましょう」

「は、はい!」


 大丈夫。そんなに緊張しなくても。

 答案に花丸をつけて手渡すと、少しずつ頬が紅くなっていく。嬉しいらしく、髪がぴこぴこと動いていて可愛らしい。宝珠でこっそり撮影。


「見ての通り、現時点でティナは筆記試験を合格――いえ、トップクラスの成績を取れると思います。特に、論文が素晴らしい。王都でも中々見ない出来です」

「あ、えと、ありがとうございます」

「筆記試験対策は最低限で大丈夫でしょう。なので、今日からは実技、特に魔法を中心に練習をしようと思います」

「魔法ですか……」


 嬉しそうだった髪の動きがぴたりと止まり、へなへなと折れる。

 余程、苦手意識を持っているんだなぁ。


「まず前提を確認しましょう。ティナ、魔法の基本属性を教えて下さい」

「は、はい。魔法は基本属性として、炎・水・風・土・雷に分かれます。そして、極少数の人間が光・闇の特殊属性を発現させます。人は生まれながらにして、この七属性にそれぞれ大別され、得意、不得意が決まります」

「ハワード公爵家はどうなりますか?」

「うちの家系で強いのは、水・風となります。その二つを得意とし、氷属性を発現させ建国に協力したのが、初代ハワード公です」

「半分正解です。良く出来ました」

「半分ですか?」


 教科書の載ってる内容なら満点。だけど――実際にはちょっと違うのだ。


「まず、これは僕の考えです。教科書には載っていないですから誰かに言ったりしないで下さいね」

「は、はい」

「基本属性、とティナは言いましたが――それって何なのでしょう?」

「え? 昔から続く研究で定められたものではないのですか?」

「確かに。でも、だったら車の中で僕が見せた温度調整は何属性になるんでしょうか?」 

「炎・水・風属性の魔法としか……」

「炎と水は今の考えだと対立するから、使いこなすのが非常に難しい筈です」

「そ、それは先生が凄いから」

「僕は全く凄くないですよ。魔力量だけだったら、下位の方でしょう。上級魔法も使えません」


 僕の魔力量は一般人よりも下である。何度、それで腐れ縁に虐げられてきたことか……。そんな僕が仮でも、王立学校を次席で卒業出来たのは突拍子もないことをしたからだと思う。


「『自分に合った属性』という考えを捨てて下さい」

「そ、そんな……」


 まぁ衝撃を受けるのも分かる。

 何せ、魔法には得意属性がある、は常識。それを捨てろと言われても中々出来ないだろう。

 ……これから話す内容はもっと受け入れ難いだろうけど。


「小さい頃、僕は素朴にこう思ったことがあるんです。『どうして、人は魔法を使えるんだろう?』と」

「そ、それは人が魔力を持っていて、使いこなそうと昔から努力を積み重ねてきたからです」

「本当に?」

「ほ、本当ですっ!」


 むきになって答える殿下。

 ちょっと、小さな頃の妹に似ている。昔は可愛かったのになぁ……。



「僕の考えはこうです。『魔法は人が魔力を代償に借り物をしているだけである』」

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