第31話 水都

『問題です。大陸西方の列強を挙げてください』


 仮に、突然、そんなことを聞かれたら、どう答えればいいんでしょうか?

 ……国の名前って憶えづらいですよね……。

 私、暗記って苦手なんです。魔法式も何となくですし。

 なので、こう答えればいいと思うんです。


『固有名じゃない三国です!』って。


 どうですか? これなら、馬鹿な子扱いされないと思いませんか??

 だって、王国と帝国と侯国連合。

 固有名はないじゃないですか! 大正解です。

 私、これをお兄ちゃんから聞いた時は『わー。流石、頭いい!』と思ったんです。……お兄ちゃん、元気かなぁ。

 リディヤ御嬢様に負けたからって、修行なんかしなくていいのに。外国を渡り歩いて強くなるものじゃないだろうし……出来れば、今すぐ帰って来て、私の身代わりになってほしい。

 大丈夫。お兄ちゃんは十分強いんだよ? 

 あの、もう天使様というか、女神様というか……人間を辞めちゃってるリディヤ御嬢様相手に剣術ではそれなりに渡り合えたんだから、さ。……それなりだけど。

 ね? だから、早く帰って来よう?

 王国がこんな時に、一応偉いっぽい異名『剣聖』をもらってるのに、いないなんて……ぜっったい、後から色々な人から、虐められちゃうよ? 

 と言うか、私が間違いなく、からかわれるんだよ?? 

 具体的には、メイド長とか、副メイド長とか、エマさんとか……うぅぅ。考えただけで、お腹痛い。

 目の前から、楽しそうな笑い声。


「あらあら、リリー。現実逃避をしていないで、温かい内に紅茶を飲みなさいな」

「……大奥様……私、そんな気分じゃ……」

「リリー? 旅行中よぉ?」

「…………御祖母様。だ、だって、ここ――す、水都なんですよ!? こんなカフェに入って、お茶をしてる場合じゃ……」

「そうねぇ。とてもいい景色ねぇ。港が一望出来るわぁ」

「あ、それは確かに。ここって本当に都市丸ごと、水上に建設されてるんですねっ! しかも、何処もかしかも運河が走ってて、私、後でゴンドラに……って、ち、違いますっ!」

「うふふ。リリーは本当に面白い子ねぇ」

「うぅぅぅ……」


 紅茶のカップを片手に微笑まれる、紅髪の美女――リンスター家にその人あり、と知られたリンジー・リンスター様です。

 なお、私の御祖母様でもあります。

 でもでも、今の私は


「ああ、紅茶を淹れてあげるわね。はい、どうぞ♪」

「わぁぁ。ありがとうございます、御祖母――……ち、違いますっ! そ、それはメイドである私の仕事ですっ! 見てください、この可愛いメイド服! ようやく、ようやく、作ってもらったんですよ!? ……メイド長ったら『リリーの胸は、人類に対する大罪認定なのですよ? ここを血で血を洗う戦場にしたいのですか? どうしても着たいのでしたら……私だけにその秘密を教えてくれないと駄目ですね~★』って、言うのを、騙――……こほん。秘密を教えて。まぁ、皆さんが着ているのとは少し違いますけど……。なので、以後は私がお淹れしますっ!」

「ええ!? ……リリーは、私の楽しみを……奪ってしまうの?」

「! そ、そんなことは」

「なら、いいじゃない♪ はい、御茶菓子も美味しいわよぉ」

「あ、美味しそう――お、御祖母様ぁぁ」

「うふふ。リドリーからの御手紙に書いてあったのよ。『紅茶、茶菓子、共に良です』って。色々な国に行ってるみたいで、毎回、楽しみにしているわぁ♪」

「…………お兄ちゃん」


 私は、頭を抱えて、テーブルに突っ伏しました。胸が当たりますが、知ったことではないのです。

 いったい、何をやってるんですかぁぁぁぁ!!!!!

 剣術修行は建前で……まさか、まさか……趣味のお菓子作りの見聞の旅に!?

 ……いけません。これはいけません。一大事です。

 こんなことが、メイド長に知られたら……嗚呼。

 あ、あれ?

 周囲を見渡すと、先程まで、歩いていた多くの人々の姿がありません。しかも、この気配って。


「お、御祖母様?」

「あらあら、まぁまぁ。怖いわねぇ」

「お、驚かれている場合じゃないですぅぅぅ。か、囲まれちゃってるじゃないですかぁぁぁ!!!!」


 私達が座っていた、外に置かれたカフェのテーブル席をぐるち、と完全武装の騎士と魔法士が囲んでいます。その数、百に届きそうです。

 えーっと、こういう時は……立ち上がり、両手を挙げて叫びます。


「ま、待ってください! わ、私達は怪しい者じゃありません! あ、あと、わ、私は来たくなかったんですっ。気付いたら、何故かここにいて……しくしく……」

「黙れ! ……緋色のドレス姿を着た長い紅髪の美女と、薄赤髪の怪しげな女。そのような者、我が水都にはいない!」

「あ、怪しげっ!? こ、このメイド服の何処が怪しいんですかっ!! 可愛いじゃないですかっ!!! ……え? か、可愛いですよね??」

「リリーはとっっても可愛いわよぉ。ただ」

「た、ただ?」

「それは遥か東国だと、女学生さんが着る服だったと思うのだけれどぉ。矢の形が素敵だわ♪」

「!?!!」


 脳裏に満面の笑顔を浮かべている、メイド長と、同僚の皆さん達が浮かびます。


『リリーは可愛いですよ。……ただし、胸の件は許しません★』


 うぅぅぅ。酷い、あんまりです。

 信じて、信じていたのに。ちょっと特別なメイド服だって……。

 乙女の純情を踏みにじられました……絶対に許しません……。

 突っ伏していると、薄い水色を帯びた金髪の偉そうな青年が冷たく告げます。


「……リンジー・リンスターだな? 大人しく、来てもらおうか」

「あらあら。それが、水都の結論、ということでいいのかしら?」

「無論! 我が名はピエトロ・ピサーニ!! 水都を継ぐ者だ!!!」

「あらあら、まぁまぁ。それじゃ、仕方ないわねぇ。リリー」

「あ、は~い。んしょ」

「何を、する気!?!!」


 囲んでいる騎士さんと魔法士さん、の剣、槍斧、片手杖、そして盾を小さな炎羽が舐め、悲鳴と苦鳴が周囲に響きます。

 うぅ……あんまり、好きじゃないんですよね、この声。

 盾に隠れつつ、青年が目を見開き、歯軋り。

 う~んと、御祖母様じゃなくて、幸運だと思ってほしいです。


「馬鹿なっ! の『火焔鳥』だと!? 炎属性の極致魔法をこうも簡単に!!?」 

「う~ん……私のは『火焔鳥』と言えるんでしょうか? 小さいですし、火力もないですし。あ、申し遅れました」


 人差し指を顎に当てて、小首を傾げた後、深々と頭を下げます。

 これでも、私、きちんと礼儀作法は習っているんです。分家ですけど、公爵家の一員ですし?



「――私、リリー・リンスターと申します。リンスター公爵家メイド隊第三席です。……ここ、一番大事なところです。私は、メイドさん、です!! 以後、お見知りおきくださいね? 出来れば、一番偉い人の所へ連れて行って、ほしいかな~って♪」

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