第51話 慟哭

 魔法と接触した時に感じたのは――今まであいつに付き合わされて経験してきた中でも最大の激痛。

 感覚として、無数の針で永劫、突かれつづけているようだ。

 そして、一切の容赦なく、こちらの魔法式へ介入。あっという間に、身体の自由を奪おうとしてくる。

 ……あの天才魔法士めっ! 

 こんなとんでもない魔法を創るなんて、天才ってのは本当に質が悪いっ!!!

 介入に抵抗して、片っ端から迎撃、回復し続ける。

 地面はめくれ上がり、湖面には無数の大渦。大渦は空中へと立ち昇り、上空遥か、雲を引き千切っていく。

 前方で祈り続けている、聖霊教の騎士や魔法士の兜からは鮮血。『蘇生』による回復すらも間に合わず、次々とこと切れていく。

 アトラが、ぎゅっ、と僕の足へ抱き着く。左手はそのまま、頭。少しだけ、視線を幼女へやり、微笑む。


 ――永遠とも思える時間が過ぎさり、八つの菱形が崩れ散った。


 防いでいた右手は血塗れ。震えて閉じることも出来ず、動かすのも困難。

 未だ、魔法を使える感覚はない。つまり、まだ……歯を食い縛る。

 拍手の音。

 レフは僕へ向けて、それはそれは楽しそうに笑っていた。

 前方で倒れ動かない仲間に対する気遣いは微塵もない。


「流石だ。オルグレンの『血』では、最大出力はおろか、完成版も発動は出来ないにしても……凌ぎきるとはな。さて、では――二発目といこう」


 再び、短剣の切っ先に『八神絶陣』の精緻極まる魔法式が浮かぶ。

 アトラが、僕を見た。前へ出ようとするのを、左で抑える。


「! !! !!!」

「駄目だよ。大丈夫。これくらいは、慣れっこだからっ!!!」


 深紅の強制戦略拘束魔法が再発動。

 ――ゾワリ、背筋に戦慄が走った。

 アトラを庇い、後方を跳ぶ。身体中に激痛。。


「っっっっ~~~~~!!!」


 苦鳴をあげそうになるのを、歯を食い縛って耐え向きなおる

 ――八つの菱形は形を変化。八本の紅槍へ。形態変化!?

 レフの嘲笑。


「ああ、言っていなかったな。かの『炎魔』が創造せしこの魔法は、進化する。一度凌いだからと言って、二度目も同じ方法で凌げる、と思わぬことだ」


 厄介極まりない。けれど、合理的だ。

 ……困ったことに、発想法には同意してしまう。

 手持ち武器はない。

 魔法も使えない。

 直接触らない限り、介入も出来ず、精々身体強化のみ。

 先程の速度からして、この魔法の影響下で躱し続けるのも困難。

 ふっ、と息を吐く。


 ――結論、八本全て凌ぎきり、直接介入で消す。

 

 左手でアトラの頭を撫で、微笑む。


「! !!」

「ありがとう。でも」 

 

 超高速で僕とアトラを、貫かん、とした紅槍の一本目を見切り、右足で蹴り上げる。次いで二本目も、右腕で叩き落す。

 鬱陶しいことに触った瞬間、浸食を開始。再びの激痛。微笑みは崩さない。

 鼬ごっこを繰り返しながら、紅槍を躱しに躱し、浸食と介入の速度勝負を無数に続ける。

 周囲の荒野の景色は、大きく変容。地面はめくれ上がり、岩は砕け、大地そのものが変質。深紅に染まっていく。

 四英海の湖面も、やはり深紅に。

 レフの前方で祈り続ける、騎士と魔法士の数は既に半数程が絶命。それを『蘇生』が無理矢理起こし、更に絶命。一発目の発動時に倒れた者達は、灰となって消えている。

  ……この光景を『奇跡』と呼ぶのなら、僕は聖霊教の全てを否定するだろう。


 ――――二発目の発動が止んだ。


 膝を着きそうになる自分を叱咤。背筋を伸ばす。

 身体の至る所からは出血。足下には血溜まり。

 ここまでになるのは……懐かしの黒竜戦以来か。四翼の悪魔を相手にした時は、血はそこまで出なかったし。

 後ろで震え、泣いているアトラを見やる。左手を伸ばし頭を撫でる。

 

 ……僕は約束した。約束したのだ。この子を守る、と。 

 

 だから――拍手の音と哄笑。

 レフを睨みつける。騎士と魔法士の数は既に三分の一程だ。


「はっはっはっはっはっ! 見事、見事。如何に『雷狐』の力を借りていようとも、人の形をしていながら、ここまで凌いでみせるとはっ!!! 惜しい、惜しい。実験動物として実に惜しい――……そろそろ、死んでおけ!!!!!」


 短剣が三度、掲げられた。切っ先には深紅の魔法式。

 右手、右腕の感覚は既にない。

 右足も紅槍を掠り続けたせいで負傷。これじゃ、もう躱せないだろう。

 

 けれど……おそらくこれが最後の一発。

 

 一歩、踏み出そうとして抱きしめられる。


「………………」

「大丈夫だよ、大丈夫」


 微笑み、前へ。

 レフが初めて苛立った表情を見せる。


「…………貴様、先程からなんだ、その目は! 忌々しいっ!! 泣き叫び、這いつくばって、聖霊へ慈悲を請えっ!!!」

「断固、御断りします。僕にとっては、そんな物よりも」


 笑みを深めて拒絶。

 無理矢理、右腕を上げ、右拳を握りしめる。


「ある少女との約束の方が、遥かに大事なので」

「ならば、今度こそ死ね!!!!!!!!!」


 三発目が発動。

 深紅の魔法式が浮かびあがり――消えた。

 ……何だ?

 瞬間、地面に叩きつけられつつも、全力で魔法式へ介入。アトラを突き飛ばし、

範囲外へ。


「っぐ!!」


 上空遥かより凄まじい重さ。範囲は僕周辺のみ。

 骨が軋み、身体の裂傷が拡大。

 一気に浸食が進み、身体の自由が奪われていく。

 

「! !! !!!!!」

「アトラ、駄目、だ。…………ごめん、よ。今の内にお逃げ」

「! !!」


 いやいや、と幼女が魔法外で首を振る。

 瞳には大粒の涙。

 ……まったく、僕は駄目な奴だなぁ。女の子を泣かせるなんて。

 唇から血が流れるのも無視し、介入を押し戻し、立ち上がる。

 圧力を受けながらも、眼光をレフへ飛ばす。

 その瞳には――明確な恐怖。

 既に、彼以外の騎士と魔法士は既に、魔法の『贄』となっている。

 

「……ば、化け物めっ! さ、三発もの『八神絶陣』を喰らい、い、生きていられる筈がないっ!!!」

「…………僕からすれば、そんな風に、人を、使い捨てに、する、ことを許容している、貴方達、の方が、余程、化け物、です、よ」

「だ、黙れぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 魔法が更に強まるも――深紅の魔法式が砕け散った。

 サラサラ、と祈りを捧げていた騎士と魔法士達が灰になっていく。レフ以外、誰もいない。

 右膝がつく。もう、殆ど身体は動かせない。

 魔法を発動しようにも、散々、侵入されたせいか末端の感覚が死んでいる。

 …………アトラの魔力の大半も使ってしまった。

 幼女は瞳に涙を溜め僕へ縋りついているが、疲弊も激しい。

 レフは唖然としていたが、すぐさま闇属性上級魔法『闇帝縛鎖あんていばくさ』を放ってきた。

 狙いは……アトラ!

 庇い、自分の身体で受け幼女を遠くへ投げ飛ばす。


「っがっ!」


 一気に漆黒の鎖に囚われる。

 …………リナリアが構築した魔法を防いでおいて、こんな魔法に捕まるなんて、笑われてしまう。

 レフが近付いてくる。手には短剣。

 僕の右腕に突き立てる。


「~~~~~!!!!」 

「…………手間取らせおって。我が主より賜りし不死兵共全てを喪ってしまったではないか。この、獣擬きがっ!」

「がはっ!」


 防御も出来ないまま、腹を蹴られる。

 血反吐。もう、身体で痛んでないところはほぼない。

 

「泣け! 叫べ! 命乞いをせよっ!」

「…………ア、トラ、お逃げ」

「! !!」


 息を切らし、必死に戻って来た幼女へ視線を向ける。

 それでも、幼女は動かず、身体を震わせ、首を大きく振る。

 ――レフが攻撃を止めた。


「はぁはぁはぁ……貴様も『雷狐』も力を使い果たしているようだな。ならば」

「……ぐっ」


 頭を持ち上げられ、狂気じみた視線を叩きつけられる。


「その場で『雷狐』が嬲られ、捕まるところをじっくりと見ておくことだ。その後、『雷狐』の前で貴様を殺してやる」


「――……誰がそんなことさせるかよ。僕は約束したって言ったろうが」


「!?!!!!」


 感覚を無視して縛鎖へ介入。消失させる。

 残り全魔力を注ぎこみ、左手で炎属性中級魔法『炎神槍』を零距離発動。

 レフの身体を炎槍は貫き、吹き飛ばした。

 左腕が落ちる。

 ……駄目だ。ここで、意識は喪えない。 

 荒く息をしながら、立ち上がる。

 視界は赤黒く濁っている。レフは。

 思考が警報を鳴らす。

 

 ――奴は狂信者だ。


 倒れた筈の男は、むくりと立ち上がり疾走。腹に開いた傷がみるみる内に塞がっていく。『蘇生』の乱造魔法式を体に埋め込んでいる!

 反応は最早出来なかった。

 短剣の剣身が鈍く光り


 ――――僕を庇うアトラに突き刺さった。


 時は止まり、言葉を喪い、感情が沸騰、

 幼女は振り返り、微笑み。


「アトラ、アレン、好き。大好き。ありがとう。いっぱい、いっぱい、ありがとう――……生きて」


 手を伸ばそうとする僕の前で……幼女の身体はこの世界から消滅した。

 血塗れの口から、絶叫が迸る。 



「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

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