第50話 強制戦略拘束魔法

 出口を抜けると、視界が一気に広がった。

 目の前に広がっているのはおそらく四英海しえいかい

 周囲には、樹木らしい樹木はなく、まるで荒野。こんな場所に出てくるなんて。

 ここはいったい――上空から急降下してきた十数の騎士剣を躱し、後方へ跳ぶ。背中のアトラははしゃいでいる。

 敵は頭まで完全に覆い、騎士剣と盾で武装した重装騎士。数は思ったより少ない。騎士の後方に灰色のフード付き外套を纏った魔法士が同数。

 予想通り、オルグレンのそれではない。


「聖霊騎士団、か」

「御明察だ。『獣擬き』にしては多少、知恵がある」


 魔法士の一人がフードを外した。

 髪色は薄紫。

 ……オルグレン公爵家が聖霊教にここまでねぇ。

 皮肉を述べる。


「それはどうも。お褒めいただき、恐悦至極です。グレゴリー・オルグレン元公爵殿下?」 

「言ってくれる。……『炎魔えんま』が遺しし資料、そして、大魔法『雷狐』を渡せ。そうすれば、実験動物として多少の延命を認めてやろう」 

「…………それを目的に、ここまでの叛乱を起こした、と? お兄さん達や、ジェラルドまで焚き付けて?」

「出来の悪い人形達で苦労した。ここまでお膳立てをしてやってもなお、余りにも脆すぎる。もう少し遊べると思ったが……幾ら私でも蛮族共の思考までは分からんからな」

「ふむ、なるほど――三公が王都奪還をし、最精鋭部隊に東都を軽く奪還されましたか。それは焦りますね」

「! ……何故、貴様がそれを知っている」


 グレゴリーが驚く。

 アトラの頭を撫でながら、淡々と返答。


「簡単です。貴方達が相手にするには、リンスターもハワードも少々強過ぎる。三公が王都にいない時、叛乱を起こしたのだけは評価出来ます。それ以外は落第ですね。貴方の火遊びのせいで……戦後世界は荒れますよ? 侯国の幾つかと、帝国南部の経済支配、ついでに聖霊騎士団領及び諸同盟国の併呑まであり得ます。だからこそ、極致魔法や秘伝、あの人が遺した資料を欲したんでしょうが……たとえ、それを入手しても無駄です。貴方では三公爵家には勝てません。子虎が、狼と大鷲と竜に勝てるとお思いですか?」

「っ! ……人にも獣にもなり切れない、獣擬きの分際で言ってくれる。レフ!」

「はっ! かかれ!! どちらも殺して、構わんっ!!」


 グレゴリーの背後に立っていた魔法士が号令を下した。

 ……この声、僕を牢へ叩き込んだ男の。

 数名の重装騎士達が、装備とは裏腹に高速機動で間合いを詰め騎士剣を僕へ振り下ろした。


『!?!!』

「馬鹿なっ!?」


 兜の隙間から覗く騎士達の目に動揺と恐怖が浮かび、グレゴリーの驚愕が響き渡る。

 ――

 紫電が周囲一帯を威圧。

 慌てて後退しようとした重装騎士達の後方へ回り込み、背中をそれぞれ撫でる。アトラは「♪」。上機嫌で何より。

 全ての魔法障壁を瞬間で分解し、生身に電撃。

 隙間から煙を出し、ばたばた、と騎士達が倒れていく。

 グレゴリーが呻いた。


「なっ!?!!」

「悪いですけど、一々関わってられないので」

『!!!!!』


 痛む右腕を高く掲げる

 

 ――雷属性極致魔法『雷王虎』が雷鳴と共に顕現。


 大咆哮すると、それだけで騎士達の掲げている盾が震動した。

 数名の騎士達と魔法士の剣や長杖が揺れる。

 全員が全員、聖霊騎士団、というわけではなく、オルグレンを裏切った者達もいる、と。

 ……情報としてはこんなところでいいだろう。僕は結構疲れている。

 気怠く、『雷王虎』を解き放つ。

 魔法士の一人が必死の形相で叫ぶ。


「グレゴリー公子殿下! お逃げくださいっ!! あの魔法の規模……老公を超えておりますっ!!!!!」

「黙れっ!!!! 一発の極致魔法に狼狽えるなっ!!!! 織り込み済みだ。レフ!!!」

「耐雷結界だ! 急げ!!」


 肝はそれなりに座っているようだ。

 ――取りあえず、追撃で三頭程、『雷王虎』を増やす。


『!?!!!!』

「グレゴリー坊っちゃまっ!!! お逃げ、お逃げくださいっっ!!!!」


 先程、進言した魔法士が再度、グレゴリーに縋りつく。

 ――フードがとれた。老婆だ。

 顔面を蒼白にした子虎は老婆を振り払うも、動かない。

 後方にいた魔法士が呟いた。


「――……ここまでか。所詮、牙を喪った虎ではこれが限界。使えぬ」 


 咄嗟に『雷王虎』の目標をレフと呼ばれた魔法士へ変更する。

 ――先程、倒れた筈の重装騎士達が次々と立ち上がり、食い止める。

 身体からは、灰色の炎――拮抗。信じ難いことに『雷王虎』が消滅した。

 明らかにまともな人間の魔力ではない。 

 アトラが嫌がり背中を降りた。足に抱き着いてくる。

 グレゴリーは呆気に取られた様子で動いていない。叫ぶ。


「馬鹿! 逃げろっ!! そいつは、お前の味方じゃないっ!!!」 

「? 何を言――……ごふっ。えっ? ……レ、フ?」

「私の名を呼ぶな。愚物が。お前はただ、『血』だけを寄こせば、ちっ!」

「ぼっちゃっまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 横から老婆が、グレゴリーを短剣で深々と刺したレフを長杖で攻撃。

 掠り、後退。その周囲を騎士達と魔法士が囲む。

 オルグレンの騎士と魔法士達は、皆倒れている。

 老婆が必死の形相で、グレゴリーへ治癒魔法を連続使用。

 ……あの傷では。


「ごふっ……レ、フ、何故、何故だ……?」

「決まっているだろう? お前もまた、我が主がこの国を呑み込む為の『贄』に過ぎぬのだよ。グレゴリー・オルグレン公子殿下? なんとまぁ、愚かな兄弟であったことかっ! 人形として扱うにしても、粗雑過ぎてどうにもならぬ、ということがあるのだな」

「レ、フ……」 

「貴様貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 老婆が憤怒の表情を浮かべ、雷属性上級魔法『雷帝轟槍らいていごうそう』を構築、発動。唇からは血が流れていく。

 風魔法で老婆とグレゴリーを四英海へ吹き飛ばす。

 レフが冷たい賛辞。


「よく気付いたものだ。獣擬きにしてはやる」

「……取りあえず、貴方達を潰せば終わり、という認識で?」 


 騎士達の前面に構築されている見慣れぬ魔法式。

 おそらく、反射系魔法式。

 明らかに対魔法士戦闘を極めている戦闘集団。

 今まで、読んできた文献を思い出す。


「――……そうか、貴方達が、聖霊教の暗部。『異端狩り』か」

「……やはり、貴様は危険だ。傷を癒せば何れ必ず、我等の悲願達成の妨げとなろう。傷ついている今、ここで、殺す!! 『雷狐』さえ、入手出来れば、最低限の成果となるのだからな。『血』が少々足りぬが致し方あるまい。――同志達よ、殉教の時、来たれりっ!!!!!!」


『オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!』


 先程、グレゴリーを刺した短剣を掲げると、巨大な魔法式が浮かびあがってくる。その色は深紅。

 魔法を紡ごうとするも、殆ど動かない。

 ……あの引き籠りめ、とんでもない魔法を創り出したものだ。

 数名の騎士と魔法士達が膝を着き、祈りの姿勢。

 魔力が吸い上げられ、次々と倒れるも――立ち上がり、供給機関と化す。

 大魔法『蘇生』の乱造品、か。 

 レフが短剣を僕へ向けた。


「さぁ……受けてみよ。かつて、大魔法を捕らえし伝説の強制戦略拘束魔法――『八神絶陣はちしんぜつじん』だ。人の身で受けたは、史上でも八異端のみ。死ね!!!!」 

 深紅の菱形が八つ浮かび上がり、僕等へ迫る。アトラが僕に強く強く抱き着いた――頭を左手で優しく撫でる。


「……大丈夫だよ。大丈夫。君は――何があっても僕が守るから!!!!!!」


 

 次の瞬間、僕は右手を突き出し強制戦略拘束魔法を受け止めた。

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