第30話 フェリシア・フォス
「そう、ですか……」
アレン様が出された答えを聞いた私の声はかすれていた。
考えてみれば当然の事だ。
面識もなく、突然押し掛け――しかも友人達の厚意に甘えて――いきなり頭下げられたら困惑する。
私が同じ立場になったら良い気持ちはしないだろうし、信頼しようとは思わない。まして、商取引なんて
リィネ様とティナ様が仰った事は正しい。
……私は此処に来るべきではなかったのだ。
居たたまれず、立ち上がり頭を深々と下げる。
「今日は本当に申し訳ありませんでした……失礼します」
そう言って、逃げ出すように部屋を出る。
……恥ずかしい。
今まで、多くの商談を成功させてきた。会社を発展させた自負は持っている。
でも――今回は、最初から状況が悪過ぎたし、相手も上手。
残念だけど……本当に涙が出る位、悔しいけれど、両公爵家と取引をする事は出来ないだろう。
名前を告げた時に、叩き出されなかっただけでも寛大な事なのは誰にだって分かる。これは明確なルール違反――裏取引みたいなもの。そんな事が通る筈ない。相手はあの『剣姫の頭脳』なのだから。
「――フェリシア」
振り向くと心配そうなステラと、何故か呆れた表情をしているカレン。
二人はこの後、アレン様から指導を受けると聞いてたけど……どうして?
困惑して立ち止まっていると――ステラが抱き着いてきた。
「ち、ちょっと、どうしたのよ?」
「部屋へ戻りましょう。大丈夫、アレン様は力になって下さるわ」
「え?」
「ほら、やっぱり伝わってない……まったく! 兄さんは意地悪過ぎるわね」
「アレン様は本当にお優しい方よ――ふふ、貴女は私よりもずっとよく知っているじゃない。その証拠に、さっきから凄く機嫌良さそうじゃない」
「べ、別にそんな事……」
「ねぇ――その……アレン様が力を貸してくれるっていう話だけど、さ」
私を放置して二人で楽しそうに話す友人達をジト目で見つつ、反論を試みる。 だって――
「……断られたようにしか聞こえなかったんだけど」
「ええ、後半だけ」「後半部分だけ聞けばそうね」
「……どういう意味?」
「アレン様はその前にこうも仰ったのよ。『僕個人としてなら協力は惜しみません』って」
「うるさい子達もいるからそう言っておかないと……兄さんにも立場もあるし」
……何を言っているんだろう?
あんなのは社交辞令じゃないか。
そもそも取引を継続出来もしない条件で契約を結ぼうとしたうちに対して、手を差し出す理由が一切ない。もっと良い取引先は幾らでもある。
アレン様は凄い方だと思っていたし、今日会ってそれは確信に変わったけど……妹と教え子の友人に過ぎない私を、手助けしてくれるなんてあるわけないじゃないっ!
※※※
「農作物の限定的な取引では何が一番の問題でしょうか?」
「新品種は確かに長持ちします。けれど、北の気候に適応させている農作物である事を忘れてはいけないと思います。つまり?」
「……気候に近付ける努力が必要、と。普通の作物とは扱いを変えないといけない訳ですね」
「ええ。これは赤ワインだろうが、果物であろうが、食物ならば全てそうだと思います――あくまでも私見ですが」
「はいっ!」
「他には何かありますか?」
「では――うちがこの取引で主役を得る為にすべき事はなんでしょうか?」
「そうですねぇ――ティナ、リィネ、極致魔法は強力ですが、頼り過ぎるのはそろそろ止めましょう。リディヤとリサさん位になったらそれでもいいです。エリー、静謐性に気を遣うばかりに、展開が単調ですよ。カレン、攻守の切り替え時、利き手を庇う癖が出てる。直そう」
アレン様が、前方の訓練場内にて先程から信じられない速度と規模で繰り広げらている模擬戦――カレン対他の四人――を見て、注意をしていく。
……常識がさっきから崩壊していくばかり。
けれど一番凄いのはこの方だ。私と会話をしつつ、資料も読んでいるのにどうして細部まで把握出来るの?
「ステラ様、そうです。それで良いんですよ。基本に忠実な剣技と魔法――惚れ惚れします。僕は大好きですよ」
だけど――自分の言葉がどれだけ影響を与えるかは分かっていないみたい。
そんな言葉を聞いたら――案の定だ。
ステラが女の私から見ても魅力的な笑みを浮かべ、恥ずかし気に「……ありがとうございます」と俯き、他の子達は嫉妬している……カレン、隠せてないわよ?
「失礼しました――僕ならば諦めるでしょうね。今は」
「今は、ですか」
「フォス商会には全てを管理運営し、販路を拡大していくだけの余裕はないと考えます。ならば――得意分野で勝負し、堅実に商売出来る品物のみを狙う」
確かにそうだ――でも、それじゃ面白くない!
『両公爵家』の名前に泥を塗るような失敗は許されないけど……勝負もしたい。
「全て私見です――もしかしたら、似たような意見を何処かで――具体的には来週中に聞く事になるかもしれませんが、世界は広いですから」
「――正直、意外です。アレン様はこういう事を許されないとばかり」
「誤解されていますが……僕は聖人ではありませんよ。それと休みの日にこうして押し掛けてきたのは貴女が初めてです。勇気には対価が必要、そう思っただけですよ」
「――前言を撤回します」
やっぱりこの優し過ぎる男の人は――『剣姫』にたった一人選ばれた方なんだ。
「アレン様はやはりアレン様です――噂よりもずっとお優しい方でしたけど」
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