第8章

第30話 水都騒乱 序

 講和案を策定し、王国の偉い人達から内諾を得た僕は翌日、みんなと一緒に大議事堂へやって来ていた。


「「わぁぁぁぁ!」」


 ティナとリィネが入口に立ち並ぶ十三の石像を見て声をあげた。二人共、前髪が左右に揺れ、手と手を取ってその場で跳ねている。

 カレンがたしなめる。


「ティナ、リィネ、落ち着きなさい。……既にここは戦場です。油断しないように。もしも、あちらが兄さんに手を出そうとしたら」

「「やっつけます!!」」

「よろしいです」

「? カレン、アトラもする??」


 二人の公女殿下を煽っていた妹と手を繋いでいる幼女が、純心な瞳を向けた。

 僕は妹の頭をぽかり。


「!」

「こーら。喧嘩しに行くわけじゃないんだからね? アトラ、おいで」

「♪」


 幼女を抱き上げつつ、過激派三人を注意する。

 カレンは不満気。


「……兄さん、酷いです」

「酷くないよ。まったくもう……やっぱり、アトラをリディヤやカレンの傍にいさせるのは悪影響かな? と、なると――……ステラかエリーしか候補が……フェリシアの傍は別の意味で危険だし……」

「む! 先生、酷いですっ!」「兄様、リィネも、ですか……?」

「なっ!? どうして、私がリディヤさんと同格なんですが! 兄さんは何でも斬って燃やす! な人と可愛い妹、どっちが大切なんですかっ!!」


 三人が文句を言ってくる。

 一応、僕等はこれからとても面倒な交渉しないといけないんだけどなぁ。

 リリーさんに日傘をささせている、剣士服姿のリディヤ微笑。


「…………カレン、義姉に対する態度の教育が必要みたいね? この場で泣かしてあげてもいいのよ?」

「私にっ、義姉は、いませんっ!」


 炎羽と紫電が舞い散る。

 遠巻きに僕等を見ている議事堂の警護兵達が怯えている。

 僕の右肩でくつろがれているアンコさんが、一鳴き。あ、はーい。本当に伝達任務、御苦労様でした。

 指を鳴らして炎羽と紫電を消し、みんなを促す。 


「行きますよ。リディヤ、カレン。喧嘩するならここで待っていてくれても」

「「!」」


 即座に腐れ縁と妹の怒気が鎮まった。

 近づいてきて僕に対して上目遣い。


「べ、別に喧嘩なんて、してないわよ。ね? カレン」

「そ、そうです」

「本当かなぁ。リリーさん、どう思いますか?」

「ん~……私とぉ、アレン様で行った方がぁ、平和だと思いますぅ★」

『!?!!』


 日傘を持ち一見、深窓の麗人にも見えるリンスター家の出来るお姉さんが、悪い笑顔を浮かべ意見を述べた。この反応。何処かのメイド長の薫陶だな。

 まさかの裏切りに公女殿下三人と妹が右往左往。まず、リリーさんへ鋭い眼光を飛ばす。お姉さんは鳴らない口笛を吹きながら僕の後方へ回り込み、腰を掴んだ。

 肩越しに勝ち誇る。


「必殺っ! 絶対! 最強! 無敵! なアレン様のたてぇぇぇぇ!! ……ふふふのふ~。御嬢様達では手も足も出ないでしょうぅぅ。私を虐めてきたからですぅ~★」


 このお姉さん、ノリノリである。

 アトラも楽しそうだからいいけれど。

 対してリディヤ達は愕然。


「なっ!? リ、リリー、あ、貴女……!」「ひ、卑怯なっ!」「リ、リディヤさん、リィネ、リンスター家はどういう教育しているんですかっ!」「か、勘違いしないでください。あ、あれはリリーだけですっ!」


 楽しく言い合いつつも、大議事堂の入口へ。

 ――みんなの空気が変わる。

 少し考え名前を呼ぶ。


「リディヤ、カレン、手を」

「ん」「はい」


 間髪入れず、手を伸ばしてくる腐れ縁と妹。予想してたのか。

 苦笑しつつもその手を取り、浅く魔力を繋ぐ。

 リディヤとカレンは満面の笑み。


「ふふ♪」「兄さんは私が守ります!」

「! せ、先生、わ、私も!!」 

「ティナ」


 手を挙げた少女に近づき、耳元で囁く。


「(君は『最後の切り札』です。三人と繋げっ放しだと僕が長く持ちません。危ない時はよろしくお願いします)」

「(!!! ……分かりましたっ! 任せてくださいっ!!)」


 薄蒼髪公女殿下が目を輝かせ、高揚。

 ……そんなことはないといいなぁ。

 左袖を引っ張られた。


「…………兄様ぁ。リィネだけ仲間外れですか……?」

「まさか。リィネは、この中で一番冷静でいられるだろう? 僕やリディヤは万能じゃないんだ。見落としがあったら教えておくれ」

「! は、はい!」


 赤髪公女殿下が大きく頷いてくれた。いい子だ。

 リリーさんが呟いている。「……流石、『天性の年下殺し』ですぅ~。年上の私だけ放置するとか鬼畜……ひゃん!」水滴を首元へ落とす。まったく、困った人だ。

 ――大きな入口の扉が開いた。

 中では顔を顰め頬を青白くし、忙しなく眼鏡を触り、床を何度も踏みしめているニケ・ニッティが待っていた。見るからに苛立っている。


「……遅いぞ。急げ。既に統領も帰国され、此方へ向かわれている」

「それはそれは。ああ、人が増えたんですが、構いませんか? 皆、僕の身内です」

『!』

「…………構わん。今更、怪物の一人や二人、増えたところで我等の立場はどうもこうもならんからな。来い」


 ニケ・ニッティは、ニヤニヤしているティナ達を見た後、あっさりと応じ、歩き出した。

 おそらく、ティナ達が誰かも薄々勘づいているのだろう。

 思わず呟く。


「……『伏竜鳳雛』……か」

「? 先生??」「兄様?」

「ああ、何でもないよ。――アンコさん、リリーさん」

「はい~♪」


 黒猫な使い魔様とメイドさんの姿が掻き消える。

 周囲に潜んでいる兵士達が慌てるのが分かった。

 ――ふむ。

 リディヤとカレンへ目配せ。

 二人は微かに頷き、腐れ縁は先頭、妹が最後尾へ。

 僕は幾つかの魔法式を静謐展開させ即応態勢。

 アトラが僕を、じー、っと見た。

 小さな手を伸ばし、僕の頬に触れてくる。


「ん? どうかしたのかな?」

「――忘れないで。私もいる」


 一瞬、大人びた表情になった幼女が美しく微笑んだ。

 僕も釣られて笑顔になる。本当にいい子だ。

 ――大議事堂奥、大扉が見えてきた。

 この魔力は。

 ……ニケ・ニッティが立ち止まり呻いた。「……馬鹿共がっ。ここで、起こすかっ!!」。振り返り、険しい顔を僕等へ向け叫ぶ。


「逃げろっ! 伏兵だっ!!」


 瞬間、大扉が吹き飛び、無数の『水神矢すいじんや』が殺到。

 ニケ・ニッティの表情には諦念。魔法を発動しようとしているものの――間に合わない。

 ――リディヤが疾走。

 剣の一閃で魔法矢が薙ぎ払われ、斬撃はそのまま大会議室内へ。悲鳴と苦鳴が大量生産され、建物全体が大きく揺れる。

 カレンの鋭い注意喚起。


「兄さん! 後ろからもです!!」


 後方から完全武装の兵士達が殺到してくる。

 ティナとリィネは、長杖と片手剣を構えた。

 僕はニケ・ニッティに尋ねる。


「……で? これが侯国連合の総意と考えても?」

「この状況でなお、余裕か……。リンスターとハワード、何より――貴様を、『剣姫の頭脳』を敵に回すなど、正気の沙汰ではない。我等は貴様に比べれば矮小で愚かかもしれぬが、狂ったつもりはないのだっ!!」

「なるほど。……ティナ!」

「はいっ!」


 ティナが長杖を振り下ろし、後方へ天井まで覆う巨大な『氷神壁』を多重発動。

 兵士達が怒鳴っているのが微かに聞こえるものの、込められている魔力量が違い過ぎる。突破には時間がかかるだろう。

 前方へ向き直り、大会議室内へ。

 カレンが見慣れぬ戦斧を空間から顕現させた。……うん?

 ――中は既に戦場だった。

 円卓や椅子は破壊され、奥には先程、リディヤが放った斬撃の痕跡。会議室奥の壁が崩壊し、新しい部屋が見えている。秘密の部屋がもう一つ、と。

 左側で戦列に守られている中に北部四侯国の侯爵達がいる。

 右側にいるのは残りの侯爵達とその護衛。ただし、人数は足らず、ロンドイロ侯爵や統領の姿もない。

 そして――ニケ・ニッティが呻く。


「……父上。何故、何故ですっ! このようなことを? いったい何が!?」


 戦列の先頭で年代物の魔杖を構え、魔法を紡いでいたのは統領代行、ニエト・ニッティだった。昨日までの憂い顔ではなく、歴戦の魔法士のそれ。その後方には、決死の表情をした、青のローブを纏った十数名の魔法士達。老人が多い。長杖をニエト・ニッティの魔杖に重ねている。

 統領代行は淡々と息子へ回答。


「ニケよ。最早、この後に及んで言葉は不要。昨日、会話をし確信した……その者達は危険過ぎるっ。たとえ、ここで講和が成立しても、それは一時。何れ侯国は戦わずして乗っ取られてしまうだろう。……そのようなこと看過は出来ぬっ! 今ならば間に合う。侯国連合全体の力を結集さえすれば、リンスターにも対抗は出来よう。その為の捨て石となるのであれば……本望!」


 魔杖の先端に巨大な魔力が集結。統領代行へ魔力を集めているのか。

 ――水流が渦を巻き、形を構築していく。

 後方にいる、四侯爵の兵士と魔法士達も一斉に剣や長杖を向けてくる。

 剣と戦斧を構え、突撃しようとする腐れ縁と妹を目で制し、僕は前へ。

 老魔法士へ問う。


「……これが、の……いえ。の結論、ですか? 御言葉を返しましょう。。こんなこと、本意ではありません」

「――……貴殿に恨みは全くない。ないが、最早、退けぬ。せめてもの手向け。我がニッティ家の極致、御見せせんっ!!!」


 ――魔法の姿が定まった。

 澄み切った青。蜥蜴のような頭に無数の牙が並ぶ大顎。四つの鰭と巨大な尾鰭。

 僕は呟く。


「これが……水属性極致魔法」

「『水牙鯨みずきばくじら』だ!! 喰らうがいいっ!!!」


 リディヤ達が迎撃せんと動く。

 僕も――その時、笑顔のアトラが突然、僕にキスをした。


「っ!?」「アレン、アトラが守る♪」


 ――魔杖の先端から巨大な『水牙鯨』が解き放たれた。

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