第29話 南都狂騒

 皆さん、また、お会いしました。リンスター公爵家メイド隊第四席にして、『フェリシア御嬢様を応援する会』会長のエマです。

 今、私は南都、リンスター公爵家の御屋敷に設けられた大会議室にいます。目の前にはうず高い書類の山。

 此度の腐れ外道――こほん。侯国連合との戦役、既に決着はついています。

 公爵家及び幕下の最精鋭は東都駐留中ですが、南方に残りし部隊だけでも、侯国連合の北部五侯国を蹂躙することは左程難しくありません。

 リリーの実家である、公爵家の分家筋も残留していますし、既に各家の総動員も済んでいるからです。

 

 そして、何より――この場には私達が愛し、此度、満天下に名を轟かせたフェリシア御嬢様がおられます!

 当の御嬢様は、というと


「むふ……むふふ……むふふ~♪」


 大会議室中央の執務机に座られながら、物凄い速度で書類を片付けられつつ、ニヤニヤされています。私達が髪型を変え、二つ結びしているのに特段抵抗もされず。

 昨晩、アレン様より書簡が届いて以降、ずっとこうです。

 これはこれでとても愛しいのですが……あまり、人前でやってほしくはありません。ここ最近、内々に『フェリシア・フォス嬢に我が息子を!』という申し出が多くて、対応に苦慮しているところですし。

 とりあえず、大旦那様の許可をいただき


『では、まずアレン様のお墨付きをいただいてきてくださいませ。決闘でも、業績でも、手段は問いませぬ』


という、無理難題で対応していますが、そろそろ、真に受けて行動を起こしそうな方々も……。

 まぁ、アレン様ですし。どうにかしてくださると思っています。

 フェリシア御嬢様の隣に置かれた執務机で作業されている、薄蒼髪の美少女が呆れたように声をかけられました。


「フェリシア、浮かれ過ぎよ。ここ、間違えているわ。ここもよ。落ち着いて作業をして」


 凛とされた立ち振る舞い。

 流石は王国四大公爵家の一角、ハワード公爵家の御嬢様であられる、ステラ・ハワード公女殿下です。

 先日来、フェリシア御嬢様の補佐をされていますが、ただでさえ『リンスター公爵家史上最良』と謳われていた兵站効率は更に向上。その御美しさも相まって、本営に詰める者達や、前線で侯国連合軍と睨み合っている部隊にすら、その名が聞こえ始めています。

 フェシリア御嬢様の作業速度に劣らないばかりか、間違いまで的確に指摘されるなんて……ステラ公女殿下も、アレン様の教えを受けられている、と聞いていますが、冷静に考えてみると、あの御方って、本当にとんでもないですね。

 リディヤ御嬢様唯一の相方さんを務めているだけで、もう常人の域を遥かに超越しているのは間違いありませんが『魔法だけじゃない』というのは、この御二方――いえ、御三方を見れば、容易に理解出来るというものです。


「ス、ステラ御嬢様、フ、フェリシア御嬢様、兵站物資の資料の纏め、終わりましたぁ。つ、次の御仕事がほしいです!」


 ステラ様の隣で、黙々と作業をされていた、メイド服の少女が笑顔でお代わりを要求しました。リンスターのメイド服ではありません。

 この少女の名前は、エリー・ウォーカー様です。アレン様の教え子でもあります。

 必死に書類の山を崩していた、私達、リンスター公爵家メイドにして、『フェリシア御嬢様を応援する会』の同僚達と、兵站士官の顔が引き攣ります。

 え、えーっと……あの量って、私達に分配された書類の軽く倍はあったんですが?

 

 こ、これが……これが、ハワード公爵家を長きに渡って支え続けている、ウォーカー家の力っっ!!!

 

 唇を噛み締め、同僚達と目を合わせ頷き、奮起します。

 私達はリンスター公爵家のメイド。敗北なんていう言葉は存在しませんっ!

 気合を入れなおしていると、入口の扉が開き、大旦那様――リーン・リンスター様と、黒髪で礼服姿の美女が入って来られました。

 美女の髪には所々に羽。グリフォン便の総元締め、鳥人のエルゼ様です。

 慌てて立ち上がろうとする私達を手で制し、中央の執務机前へ。


「フェリシア嬢、ステラ嬢、エリー嬢、お待たせしたね。彼女がエルゼだ」

「初めまして、エルゼと申します。――アレン様の御指名で、私も楽しい悪巧みに加わることとなりました。よろしくお願いいたします」


 エルゼ様の挨拶にフェリシア御嬢様とエリー御嬢様が動揺されます。

 御二人共、少々、人見知りなのです。


「フ、フェリシア・フォス、です……ス、ステラ」

「エ、エリー・ウォーカー、です……あぅあぅ、ステラ御嬢様……」


 立ち上がり、何とか挨拶。

 けれど、その後が続かず。困ったようにステラ様を見られ、背中に隠れられました。公女殿下は苦笑され、立ち上がり優雅な仕草で頭を下げられます。


「ステラ・ハワードです。アレン様からの名指し……これから大変ですね。あの御方は、とても意地悪ですから」

「はい、色々な方々からそう聞いております。私個人は、アレン様と面識はない筈なのですが……まさか、私の名前を挙げてくださるとは思いませんでした。少々、戸惑っております」


 ステラ様は微笑を浮かべられました。

 ……心なしか、冷気を感じるような?

 公女殿下は淡々と意見を述べられました。


「嫌なら抜けても大丈夫だと思いますよ?」

「御冗談を。たとえ名指しがなくとも、このような壮挙――大陸南東部の新たな大商圏構築、に携われる機会など、一生の内で何度もあるものではありません。我が商会は総力を挙げる決意を固めています」

「その御言葉を聞いて安心しました。――アレン様の推薦を受けた方に、失望したくありませんから」


 ひ、火花が、火花が見えますっ。

 と、とても、こ、怖いです。

 ……それにしてもアレン様とエルゼ様は面識がないのですね。意外です。


『あいつは、一度話した相手の名前を忘れないわ』


 リディヤ御嬢様の言葉が蘇ります。

 つまり、何処かでお会いになられている?

 私が考え込んでいると、大旦那様がにこやかに話を再開されました。

 

「我がリンスターとしては、アレン君が提案してきた講和案を受諾するつもりだ。一見甘そうに見えるが……中長期的に見れば大きな益を期待出来る。彼の案通りになれば、王国、侯国連合全土、そして、南方島嶼諸国と連邦を含めた大陸でも最大規模の巨大商圏が構築される。そして、当面、王国の主要窓口になるのは」

「アレン商会」


 ステラ様が振り返り、フェリシア御嬢様へ笑いかけられます。

 もう、先程の怜悧さは何処にもありません。


「フェリシア、大変ね。十年もしたらきっと教科書に名前が載るわよ?」

「の、載るのは、アレンさん、だし。私は少しだけお手伝いするだけだし!」

「そうだといいわね」

「うぅ~ステラの意地悪っ! そういうところ、アレンさんと似てきたよっ!」

「私にとってそれは……最高の誉め言葉ね」

「うぅ~!」「あぅあぅ……ステラ御嬢様、う、羨ましいでしゅ……あぅ……」


 御嬢様達が戯れられます。

 はぁ……とても華やぎます。

 今回の件は、今まで経験したどの戦場よりも激戦になるのが目に見えているので、こういう潤いは必要なのです。

 エルゼ様が大旦那様へ提案されます。


「我が商会は全力を傾けますが、おそらく、単独では力不足です。西方の方々にもご尽力をお願いしたいのですが……」

「アレン君がもう手を打ったようだ。『申し訳ありませんが、グリフォン便単独では力不足と考えます。西方の飛竜便も必要となるでしょう。また、今回の経験は……何れの際にも活かせるものと確信します』とね。……いやはや、私のような老人はもう引退すべきだな。あの子の頭の中には、王国全土だけでなく大陸全土が入っている! リディヤが離さないわけだ」

『!?!!!』


 大会議室内が静まり返ります。

 ……アレン様は、人類の宿敵たる魔族との講和まで見据えている?

 思わず同僚達と顔を見合わせます。

 こ、構想が壮大過ぎて、ついていけません。

 あの御方、まだ十七歳と聞いているんですが……。

 御嬢様達を見ます。


 フェリシア御嬢様は、瞳の奥を爛々と輝かせ、両拳を握りしめられています。

 ステラ御嬢様は、瞳に隠しようがない敬慕とそして愛情を浮かべられています。

 エリー御嬢様は「えへへ……アレン先生は凄いんです♪」と幸せそうです。 


 う~ん……本当に『天性の年下殺し』ですね。

 エルゼ様は一見、冷静。

 ですが、頬を紅潮させています。商人ならば胸躍る大構想ですしね。

 ステラ様が、大旦那様に尋ねられました。


「リーン様、侯国連合側は講和を結ぶのでしょうか?」

「ピサーニ統領と南部六侯国は飲むだろう。北部もこれ以上の交戦は無意味、と分かっている筈だ。無論、こちらは問題ない。頭の固い者達は私とリンジーとで説教をする。……が」

「連合内の強硬派は分からない、と」

「うむ……まぁ問題はないだろう。何しろ」


 大旦那様は演技じみた御様子で両手を挙げられました。

 本気で苦笑されています。



「水都には『剣姫』と『剣姫の頭脳』がいる。リリーや、ティナ・ハワード嬢とリィネもだ。アレン君の義妹であるカレン嬢もリディヤが認めた猛者と聞いているし、教授の使い魔もアレン君の用向きが済み次第、戻るそうだ。……むしろ、水都が心配だな。ああ、伝えておこう。公式書類に記載はされないが、此度の件において、アレン君の立場は『リンスター公爵家特命全権委任者』となる。今回の件が終わった時、多少なりとも外交に関わる者達の間に、彼の名は轟くことになるだろう」

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