第31話 水都騒乱 続
放たれた『
リディヤとカレンが即座に対応しようとし――漆黒の闇に飲まれた。
「「えっ!?」」
驚愕するティナとリィネの姿も消え、最後は僕。
――ニケ・ニッティと視線が交錯。
歯軋りと、無念の呻き。
「……行けっ! そして、盤面をひっくり返せっ!!」
青の鯨が大顎を開き、僕を捉えようとし
猫の鳴き声――視界が闇に飲まれた。
※※※
僕等が跳ばされたのは、水都の高台にある廃教会だった。
美しい千年の都が一望出来る。右肩に重み。一鳴き。
「おっと。アンコさん、ありがとうございました。絶妙でした」
「リリー、全周警戒! カレン、妨害!」
「はい~♪」「了解です!」
リディヤが鋭くリリーさんとカレンへ指示。
即座に広大な風属性の探知結界が張り巡らされ、微細な紫電が周囲を覆う。
僕は顎に手を置きながら、眼下の都を望む。
――水都が燃えていた。
大議事堂だけでなく、至る所から黒煙が上がっている。
どうやら、北部四侯爵は本気で戦争を継続する腹らしい。命知らずだなぁ。
あの老魔法士……ニエト・ニッティは少し違うのだろうけど。
それにしても、ここで叛乱、か。
……余りにも見事過ぎる。
これ程、機を見るに敏ならばリンスター相手にも善戦出来たろう。いや、追い詰められた故か? 頭に手をやる。
……何なんだろうこの違和感は。
まるで、違う相手と相対しているかのような。
――……それと、この頭とお尻にあるのは。
我に返ったティナとリィネが叫んだ。
「せ、先生!」「あ、兄様!」
「「灰銀色の獣耳と尻尾が生えてます!!!」」
「…………です、よねぇ?」
苦笑し、頬を掻く。
胸に手を置くと――『♪』。
そうだった。アトラは天下の大魔法『雷狐』。こういうことも出来るよね。
興奮する教え子達に対して、腐れ縁は一見冷静。
「……ふ、ふ~ん……」
ちらちら、と僕の様子を覗っている。頬が染まっている。
対してカレンは認識阻害魔法を発動した後、戦斧を抱きしめ
「…………」
ぽ~、としている。
そして、最後のメイドさんは
「いい! アレン様、可愛いですぅ~!! はい~こっちへ視線をくださいぃぃ~♪」
映像宝珠を持ってノリノリ。
くっ……明らかに某メイド長さんの薫陶を受けまくっているなっ!
手を何度か握りしめ、魔力の感覚を確かめる。
とりあえず――相手の戦力を把握しないと。
「カレン、それって『
「――……あ、は、はい! そうです」
「ちょっと貸して」「どうぞ!」
即座に詰め寄ってきて渡される。
瞳は怒ってもいないだろうに、濃い紫。何時になく興奮しているような?
戦斧の石突を地面へ。腐れ縁と妹に注意喚起。
「二人共、少し魔力を借りるからね?」
「ん」「はい!」
「ティナ、リィネ、良く見ておいてください。――雷魔法だってこういう探知は出来るんですよ?」
「「は、はい!!」」
教え子二人へ微笑み、魔法を展開。
石突から閃光が走り『深紫』を経由し、空中遥か高くへ駆け上る。
――閃光が弾け、水都の空一帯を覆いつくす。
ほぼ全ての魔力反応を探知。
前面に水都の地図を投映し、敵側と思われる存在を赤点で記す。当然、多くは侯国連合の軍。そして傭兵達。
……どうして、こんな所に聖霊騎士団らしき存在がいるんだ?
違和感が酷くなる。もしかして、ここもか?
ティナとリィネが手を取り合い、ぴょんぴょん、飛び跳ねている。
「わーわー!」「こ、こんな広域探知魔法が!?」
「普段の僕じゃとても無理です。リディヤとカレン、それに」
心臓に手を置く。『♪』。幼女が楽しそうに歌っている。
『深紫』を妹へ差し出す。
「アトラの力を借りていますからね。カレン、ありがとう」
「いえ。それは兄さんが持っていた方が良いと思います。杖もありませんし!」
「そうかな?」
「そうです! ……ふっ」
「! ……カレン? それで勝ったつもりかしら?」
「ええ。この場では。兄さんが使うのは、私が持っていた『深紫』です。リディヤさんの『真朱』ではありません!」
「…………ねぇ」
「『真朱』は出来る限り抜かないようにね。水都が炎で燃え尽きるのは見たくないから」
「う~!」
先んじて注意喚起すると腐れ縁は頬を膨らませた。少しは緊張感を持ってほしい。
――地図を見やり、みんなに尋ねる。
「さて、どうしましょうか? 見たところ、相手の数はざっと数千。対して――僕等はここにいる、三人の公女殿下と王立学校副生徒会長。我等がアンコさんと、自称メイドさんが一人」
「異議ありですぅ~! 私はメイドさん、メイドさんなんですぅぅ!! アレン様、幾ら私が大好きだからって意地悪する男の子はモテないんですよぉぉぉ!!!」
「僕はリリーさんのことが大好きですけど、そろそろ、次期リンスター公爵候補を真面目に目指してほしいと思ってますからね。その為ならば意地悪になる覚悟です」
「い・や・で・すぅぅぅぅ!!!!」
リリーさんがその場でジタバタ。
仕方のないお姉さんだ。才覚だけならリンスターでも有数だろうに。
――『火焔鳥』が二羽舞い、『氷雪狼』が顕現。無数の雷が轟く。
腐れ縁が微笑んだ。
「…………ねぇ」
「人として、だからね? ――リディヤ、どうしようか? 突破するだけなら訳はないけど」
相方へ念の為、確認。
紅髪の美少女はニヤリ。
「勿論――殲滅するわよ。平和的解決手段を蹴ったのは向こうだもの。何をされても文句は言えない。そうよね? カレン?」
「全面的に同意します。……私は決めたんです。兄さんを害そうとする相手に今後、一切の容赦はしない、と。ティナ、リィネ。貴女達はどうですか?」
カレンが瞳の色をますます濃くしながら僕を見て、ティナとリィネへ問う。
二人の公女殿下は胸を張った。
「当然ですっ! 先生の敵は私の敵ですっ!!」
「兄様、突然、殴りかかってきた相手に手加減する必要はありません。……その上で再度、交渉のテーブルにつけば、今度こそ言うことを聞くでしょう」
……僕の周囲はみんな、物騒な女の子ばかりだなぁ。
ステラとエリーがいてくれたら、もう少し穏便だったろうに。涙が。
リリーさんが指摘してくる。
「アレン様、そういうのを願望って言うんですぅ~」
「良し! なら、物理的交渉へ移ろうか。そろそろ、お客さんも集まってきたようだしね。アンコさん、僕等をニッティ家へ。あ、リリーさんはこのままでいいです」
「!?!! アレン様、意地悪な男の子はモテませ――」
「リリーさん」「はい~♪」
音もなく、廃教会内に侵入してきた相手へ、メイドさんが小振りな『火焔鳥』を放つ。皆、共通して灰色のローブ姿。数は約十数名。
……なるほど、なるほど。
先頭の男が鋭く叫んだ。
「結界発動!」『諾!!!』
周囲の魔法士達が巻物を開き、強力な軍用耐炎結界が即時発動。
……嫌な魔法式だ。アトラを傷つけた戦略拘束魔法式の一部が使われている。
リリーさんの『火焔鳥』と接触、数名を吹き飛ばしながらも、消失。
しかも、吹き飛ばされた男達は起き上がり、見る見る内に傷が癒えていく。身体を魔法式が這いずり回っている。
……『蘇生』の乱造品。既に人間を止めている。長くは生きられない身体、か。
しかも、こちらに『剣姫』がいることを事前に把握、対炎対策をしてきている。
アトラが怯えるのが分かった。大丈夫だよ。
戦闘態勢に入っているリディヤ達を制し、僕は前へ。
メイドさんがむくれる。
「む~! 変な魔法式を使いますねぇ~。気持ち悪いですぅ。でもでも、今のは全然本気じゃ――……ア、アレン様ぁ?」
「――……貴方達が何者か、とか、正直どうでもいいんです。ただですね」
『深紫』を高く掲げる。
灰色ローブの魔法士達は短杖と短剣を構えるも――顔の半分で魔法式が蠢いている先頭の男が呻いた。
「ば、馬鹿な! こ、これ程の魔力、『剣姫』ならともかく、聖霊を信じぬ貴様如きが使いこなせる筈がっ!!!」
「――……あの子の、アトラの前でそんな魔法式を使わせる程、人間が出来ていないんですよ。遠路遥々御苦労様でした。ですが此処で退場です。御機嫌よう」
強大な雷属性極致魔法『雷王虎』が顕現。空間一帯を震わせる。
先頭の男が叫んだ。
「ま、待」
『深紫』を振り下ろす。
巨大な虎は嬉々として男達へ襲い掛かり――男達全員を飲み込んだ。
轟音、突風。ティナとリィネが僕へしがみ付く。
二人を撫でながら、リディヤとカレンへ話しかける。
「どうやら……少しだけ厄介な相手みたいだ」
「方針に変更はないわ」「兄さん、御指示を!」
「ありがとう。ティナとリィネも」
「だ、大丈夫です。私は先生と一緒にいますっ!」「……兄様、リィネはもう逃げませんっ!」
「ありがとう」
リリーさんがニコニコ。
「むふふ~♪ 優しいアレン様もいいですがぁ~ちょっと怖いアレン様もいいですねぇ~♪ ――リンスターの家訓通りに?」
「ええ」
僕はみんなを見渡す。
アンコさんが頭によじ登って来た。
「『まずは敵の頭を潰せ。話はそれから』。指揮中枢を順繰りに全て叩いていきましょう。当然ですが、一人も殺さずに。本気を出していいのは、先程の灰色ローブの連中と、気持ち悪い魔法式を使う相手だけです」
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