特別版 IF『アレン・リンスターは忙しい』②

※もう少し補足。この世界線だと、リディヤ、アレンは姉弟です。このままだと(公爵家の外聞上)結婚出来ません。……が、そこはリンスター。既にアレンが独立した際に名乗る別姓を用意し、戸籍上は別にしています(王家、非公式に承認済み)。アレンはこのこと知りませんが、リディヤは知っていて、嫁に行く気しかないです。

※ただし、これ、獣人他種族だった場合はその限りに非ず。本編だと、カレンはアレンとそのまま合法的に結婚出来ます。……カレンは知ってます。

※本編でもそうですが、リディヤ、リィネへの婚姻申し込みは、リンスターが悉く拒絶しています。あくまでも第一候補はアレン。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「でぇ~。今日は~?」

「あ、こら。動くなー」


 お風呂から出てきたリディヤの髪をブラシで梳く。

 相変わらず綺麗な紅髪。腰近くまで伸ばしたこの髪は、目の前で椅子に座りながら足をぶらぶらしている姉の自慢なのだ。

 記憶にある時からずっと長い。そして、髪を整えるのもずっと僕だ。

 この習慣、最近はリィネまで真似して僕に要求するようになったので、一日毎の交代制にしている。今日は、我が儘お姉様の番、というわけだ。

 リィネは「…………明日は私の番です。だから、平気です。平気なんです」と呟きながら、アンナ先生に整えてもらっている。昨日の、何処かのお姉様を見るようだなぁ。上機嫌なリディヤが振り返った。


「質問に答えなさいよぉ~」

「ったく。……今日は何件か、取引候補と面会をして、その後は教授に会って来るよ。何か面倒だけど面白そうな文献を、ハワード公爵家から押し付けられたんだってさ」

「厄介事の気配! 断りなさい!!」

「同意するけど、見てから決めるよ」

「うん。分かった。その後はぁ~?」

「その後は」


「私とお昼を食べる予定になっているわ。おはよう。リディヤ、アレン、リィネ」


「! ……御母様」

「「おはようございます!」」


 僕とリィネは挨拶。

 部屋に入って来たのは長身で紅髪の女性。母上であるリサ・リンスターだった。

 僕等の様子を嬉しそうに眺めつつも、リディヤを見て意地悪な表情に。

 お姉様が足をバタバタ。


「お、御母様は、お、お忙しいのでは? アレンとお昼を食べている暇なんてない、と思います!」

「忙しいから食べるのよ。息子と一緒に、二人きりで美味しい物をね。最高の息抜きでしょう?」

「うっ! …………ちょっとぉ」

「感想は教えるよ」

「……はくじょうものぉ。世界で一番、貴方を大事に想ってる私より、母親を取るって言うのぉ!?」

「だって、お昼の為だけに王宮へ行っても、絶対にそのまま帰してくれないじゃないか。リディヤもシェリルも、あーだこーだ、言って」

「? そんなの当たり前じゃない。だって、アレンと一緒にいたいんだもん! よし、決めたわ! 私、今日、王宮へ行くの」

「休めません」

「…………ケチぃ。少しは飴をちょうだいよぉ」

「飴ねぇ」


 髪を梳き終わり、脇机に置いておいた精緻な刺繍が施されている二本の純白のリボンを後ろ髪の左右に編み込んでいく。

 ん~……リィネが僕をちらり、と見た。瞳に少しの訴え。

 リボンを結び終わり、リディヤへ告げる。


「良し、完了! あと、今日は王宮へ迎えに行くよ」 

「! ほんと!?」


 振り返ったリディヤの表情には心底からの喜び。

 梳いたばかりなのに、前髪がぴょこぴょこ動いている。

 僕は頷く。


「うん。ただ、シェリルにお願いはしておいてね。少し早めに王宮を出たいから」

「りょ~かい♪ はぁ……今日は良き日ね。炎曜日からこんなに幸せで、私、大丈夫なのかしら? ダメだったら、アレンに慰めてもらうからいいけどっ! いいけどっ!! 具体的には、夜、一緒に寝」

「と、いうわけです、母上。構わないでしょうか?」


 言葉を遮り、向き直って確認。

 母上は僕へ慈愛の視線。


「――アレンは、本当に、うちの家には過ぎた子ね。優しい子に育ってくれて私は幸せだわ。リディヤを甘やかし過ぎなのは、要改善だけれど」

「改善の必要性がないでーす! アレンには、甘さが足りないと思いまーす!! ……あと、自覚も。もっともっと、私を大事にして、意識しなさいよぉぉ。ほら、撫でるのぉぉ」

「撫でてるじゃないか。それと」


 肩越しに顔を近づけ、耳元で微かに囁く。


「――……世界で一番、大事に想っているのはリディヤだけじゃないよ?」

「!?!! そそそそ、それってっ!?」

「リィネ、王宮帰りに王立学校にも寄るからね?」


 喜色満面で身体を揺らしているリディヤはそのままに、何処か落ち着かない様子の妹へ片目を瞑りながら、告げる。


「! あ、兄様…………はい。はいっ! ありがとう、ございます……」

「僕はリィネのお兄ちゃんだからね。ほら、リディヤ、立ってー」

「♪」


 立ち上がると、すぐさま抱き着いてきた。余程、迎えに行くのが嬉しいようだ。

 ……最近、色々忙しくて、行けてなかったからなぁ。

 母上が手を叩いた。


「さ、食事にしましょう。朝食はしっかり、食べないといけないわ。家族みんなでね」

 

※※※


 リンスターの商品を卸す取引先候補との面会を片付け、所見を記した後、僕は大学校へやって来ていた。

 去年まで通っていた巨大な門を潜り抜けると、リディヤが着ている深紅の護衛官服に似通った淡い赤と黒の魔法士姿のせいか、学生達の視線が集まってくる。

 まぁ、何時もの事なので気にせず歩を進め、僕とリディヤの恩師である教授がいる『竜魔』の塔へ。

 魔力からして、後輩達は研究室内にいないようだ。

 いたらいたで、色々と大変だから時間をずらしてくれたのだろう。

 研究室の扉をノックし、開ける。


「教授、来ましたー、おっと」


 すぐさま黒猫姿なアンコさんが飛びついて来られたので受けとめ、右肩へ。

 書類の山の中から、手が伸びた。


「アレン、よく来てくれたね」

「教授……どうしたんですか? この荒れ具合……はっ! もしや、またしても後輩達に、教え子裁判を起こされましたか!?」

「…………あれは、君とリディヤ嬢が裏で手を回していた、とギルが白状したが?」

「まさかまさか。僕達姉弟と、教授を捨ててララノア共和国へ走った男。どちらを信頼すべきかは、自明でしょうに」

「間違いなく、彼の方が信頼出来るな。――来てもらったのは、他でもない。これだ」


 教授が古い文献を放り投げてきた。

 手に取ると――禍々しい魔力の鼓動。

 訝し気に尋ねる。


「……これが、ハワード公爵家から届いた、という?」

「ああ。あそこのティナ嬢が見つけたそうだ。知っての通り、僕は君の御父上だけでなく、ワルター・ハワード公爵とも昵懇でね。若い時は……ふっ。今となっては全てが懐かしい……」

「父から聞いています。……教授、学生に手を出されるのは、少しばかり」

「待て。君は何を言っているのだっ!? …………まったくっ! これだから、リンスターはっ! いや、君が、と言うべきだろうな、アレン」

「八二、じゃないでしょうか。二の内、九割五分はリディヤのせいです」

「そうかもね。君の大好きな、ね?」

「…………それで、解読をするんですか??」


 戦局不利を悟り、撤退。

 教授は、ひらひら、と手を振った。


「……したいね。が、少々、時間がかかりそうだ。アレン」

「嫌です」

「……まだ、何も言ってないだろうに」

「どうせ、解読しろ、と仰るんでしょう? 申し訳ありませんが、諸々、抱えているので……」

「時間は作るもの、と豪語した教え子がいたように記憶しているが?」

「知らない子ですね。……最近、リディヤが前以上に構わないと拗ねるので、時間がないんですよ」

「うん、アレン。全部、任せたよ! リディヤ嬢と仲良きなことは分かった。結婚式には呼びたまえ。解読した中身はワルターへ。魔法式等は自分の物にして良いそうだ。話はしておく」


 僕は顰め面をし、アンコさんを撫でる。

 ……教え子裁判を近々開廷する必要がありそうだ。

 教授が、少しだけ真面目な顔になる。


「ああ、それと……まだ、何時になるかは分からないんだがね、ワルターが君に会いたがっている。娘さんのことで相談したいことがあるそうだ。機会があったら、相談にのってやってくれ。僕からもお願いする」

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