第10話 書簡
敬愛するシェリル・ウェインライト王女殿下
定期報告を送ります、アレンです。
僕達は予定通り、ララノア共和国の魔工都市に到着しました。
先程、光翼党党首オズワルド・アディソン閣下との面談も終え、この手紙を書いています。
同行してくれたみんなも元気です。
何故か今、僕が寝る筈だったベッドでは、ララノアの『七天』様が鼾をかいて寝ていて、酔っぱらった『剣聖』リドリー・リンスター公子殿下には「これからの新しい菓子について」、意見を求められていますが……僕自身も元気ではあります。
ああ、予め書いておきます。
ティナ、エリー、フェリシア、リリーさんが着いて来てしまったのは、僕のせいじゃありません。あの子達の行動力を甘く見ていました。
きっと、リディヤは怒っているでしょうし、ステラとカレンは拗ねているかもしれませんが、宥めておいてください。優秀な王女殿下なら出来ます。
僕達が戻るまでの引き留めも、お願いします。
――此処からは少し真面目な話を。
ララノア共和国の国内情勢は、王都に伝わっているよりも深刻かつ、緊急性が増しつつあります。
先方からの要求は事実上の『白紙委任』。
アディソン家の長男と一族の王国亡命のみで、他は全てを王国へ引き渡す、との言を受けました。
閣下は政権交代でなく……『亡国』を考えておられます。
加えて、英雄『七天』が、対ユースティンの前線を離れ、魔工都市にいること。
『七天』と客人として『剣聖』(御本人の話によると、菓子修業の為、とのことでしたが)を、戦力として抱えていながら……アディソン閣下は怯えていました。
最悪の場合、ティナ達を先に脱出させる必要があるかもしれません。
明日以降も交渉は継続する予定なので、アンコさんの遣い猫に託して逐次書簡を送ります。
怖い話も書きましたが、心配はしないように!
僕には、頼りになる大学校の後輩達と――何よりアンコさんがついています。
では、今晩はこの辺でペンを置きます。
アトラとリアをよろしく。
何故かリドリー様から『菓子作りの好敵手』扱いされているアレンより
追記
リディヤ、カレン、ステラには、交渉が終わるまでは手紙の詳細をぼかしておいてください。
あの子達も行動力の塊なので、こっちへ来てしまうかもしれません。
勿論、シフォンは何時でも歓迎です。
※※※
「…………う~」
ララノアから届いた、アレンからの手紙を読み終え私は呻き、目の前のテーブルに突っ伏した。遣い子猫が、仕事をやり遂げて満足そうに鳴いた。
王都王宮最奥にある内庭に夏の名残の風が吹き、私の金髪を通り抜けていく。
……彼が無事なのは嬉しい。とても嬉しい。
でも――顔を上げ、手紙を指でなぞる。
「『敬愛する』かぁ…………そこは『愛しい』とか、『大好きな』とか……書いてくれればいいのに。しかも、『シフォンは歓迎』……アレンのバカ」
「?」「バカー?」
「!」
突然、二人の幼女が可愛らしい顔をテーブルの上に乗せてきた。
――大精霊『雷狐』のアトラと『炎麟』のリアだ。
後ろでは、神狼のシフォンが『ごめんなさい……』という風に頭を下げている。どうやら、アトラとリアを止められなかったようだ。
私も詳しくは知らないけれど、シフォンとアトラ達では明確な『格』の差があるようだ。
まぁ、幼女二人は気にしていないようだけれど……。
アトラが目を瞬かせ、リアが子供特有の意地悪な顔になった。
「アレン?」「バカ、っていったぁ?」
「――……こほん」
咳払いをし、上半身を起こして手紙を丁寧に畳み、封筒へ。
人差し指を立てて、幼女二人へ微笑む。
「そうよ、アトラ。彼からの御手紙が届いたの。リア、私の『バカ』は愛情の裏返しなの。リディヤ達に言っちゃダメよ?」
「――……腹黒王女、二人に変なこと教えているんじゃないわよ」
親友兼恋敵の少女の声。幼女二人も振り返り、駆けていく。
視線を向けると、紅髪で剣士服姿の美少女が目を細め、私を見ていた。
その後方にいるのは、長く美しい薄蒼髪で、ハワードの軍服を着た美少女と、王立学校の制服を着ている狼族の少女。
私は声をかける。
「あら、リディヤ、ステラ、カレン。どうかしたの?」
「……白々しい。あんたが呼んだんでしょう? アトラ、リア、この王女様の言うことは聞いちゃ駄目! 整っているのは外見だけなんだから」
「失礼ねぇ。数少ない同期生兼友人にかける言葉がそれなの? はぁ……アレンがいないと、す~ぐ、そうやって余裕がなくなるんだから。いい加減、アレン離れしたら?」
「ふんっ。言ってなさい。大丈夫よ。今のところ――あいつに問題は全く起きていないわ」
「……む」
普段、こういう風に言えば狼狽えるリディヤは腕組みをし、微かに表情を崩し自分の左手を握り締めた。
アトラとリアに抱き着かれた、ステラとカレンも「「…………」」無表情になっている。
ただでさえ、この子の方が先行しているのに、アレンったら、また何か……あ、そうだ。
私はにこやかに、頬を薄っすら染めている美少女へ告げる。
「来てくれてありがとう。――ララノアにいるアレンから手紙が届いたの」
「「「!」」」
リディヤとステラが瞳を大きくし、カレンの尻尾が大きく揺れた。それを面白がり、アトラとリアの身体が右へ左へ。
私はテーブルの上にいる子猫を降ろした。
すぐさま、控えていたメイド達がやって来て、お茶の準備を始める。
カレンの尻尾を追いかけるのに飽きたアトラとリアは、子猫と一緒にシフォンのお腹に飛び込み、笑い合う。とても心が和む。
三人を促す。
「さ、座って。楽しくお茶会をしながら話しましょう。御父様や教授、学校長も動いておられるし、私達も情報共有を行っておきましょう。――何時、アレンが私達に助けを求めても動けるように、ね」
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