第39話 決戦! 魔工都市!! その➂
「今だ! 突撃せよっ!!」「容赦をするな」
『おおっ!!』
ミニエーとスナイドルの指揮の下、戦列を乱した叛徒へ兵士達が突撃を開始。
敵軍は泡を喰い、議事堂内へ後退していく。
私は周囲を警戒しながら独白した。
「……脆い、な」
確かに数だけは多い。
味方を明らかに上回り、築かれた陣地も中々のものだ。
――が、その抵抗は微弱。
士気も低く、ララノア共和国御自慢の魔銃兵による一斉射撃も乱れがちで、脅威にはならない。
事前にアーサーから聞かされた話とは大きく異なる。都市全体に立ち込めている、どんよりとした空気も気持ちが悪い。
ふと、幼き頃に祖母――『緋天』リンジー・リンスターから聞かされた、戦場の話を思い出す。
『いい~? リドリー? 戦場で違和感を覚えたら、警戒しないと駄目よぉ? ――リンスターの持つ最大能力。それは、剣技でも魔法でもないの。戦場における勘こそが、私達の血に宿り、誇れるものなのだから』
かつては理解出来なかった。
炎属性極致魔法『火焔鳥』。そして――秘伝『紅剣』。
私が焦がれ、取得できなかったリンスターの象徴。
それらよりも、『戦場における勘』が重要とは思えなかったのだ。
が……敗北と死の狭間を超えて来た今の私ならば理解出来る。
この戦場は奇妙だ。奇妙に過ぎる。
アーサー達を魔工都市から追い落とすまでの経緯。
幼きアーティとイゾルデを堕とした悪辣さ。
聖霊教の使徒と自称『賢者』。更には『竜』という、大駒の投入時期。
全てを見通すかの如きだった。
……そのような者ならば、我等の反攻を予期している筈。
にも拘わらず、微弱な抵抗。
先行しているアレンの報せによれば、主戦力はアディソン侯の屋敷に集結しているようだが……。
私が黙考していると、議事堂内から勝鬨が轟いた。
敵兵が降伏したようだ。……早過ぎる。
「リドリー、どうしたのだ! まるで、菓子作りに失敗した時のような顔をしているなっ!!」
「…………アーサー」
普段ならば最前線で剣を振るう、ララノアの英雄に肩を叩かれた。
私は振り返り、懸念を素直に伝える。
「おかしくはないか? 話とまるで違うぞ?? 天地党とはこれ程までに脆い連中だったのか???」
「アレンもそう言っている。『罠ではないか?』とな」
「…………」
普段通りの快活さのまま、我が親友はそう淡々と口にした。
リディヤに敗れ、王国を出て幾星霜。
異国で出会ったこの男との付き合いも長い。言わずとも――理解出来る。
鞘を叩き、私は首肯した。
「罠があろうと、なかろうと――全て斬れば良い、か」
「ああ。所詮、私は剣士なのだ。それしか出来ん。聖霊教の使徒。自称『賢者』。『竜』――祖国の敵は全て、私『七天』アーサー・ロートリンゲンが斬り伏せて見せようっ!」
「了解した」
同時に思う。
アーサーは強く、誰よりも優しい。紛れもなく――英雄である。
それ故に、『吸血鬼』に堕ちた悲しき少女を討つことは出来まい。
頑なに自らを『一介の家庭教師』と呼称する妹の想い人の少年も。
古の英雄譚は、数多の英雄、勇士が、邪悪な搦め手によって命を落とすことを教えている。
あの少女は、イゾルデ・タリトーは、私が討たねばなるまい。
……リリーは間違いなく怒るだろうが、理解はしてくれよう。
我が妹は、自ら望みさえすれば次期リンスター公爵の地位にすら登り得る、一族内で最も『緋天』と似ている者なのだから。
親友が訝し気に私へ尋ねてきた。
「……リドリー、どうしたのだ? まだ、納得出来ぬか?」
「――……いや、戦後に作る菓子について考えていた」
「はっはっはっ! それでこそ、我が友、リドリー・リンスターだっ!! ――毎回すまんが、此度も付き合ってくれ」
「無論だ」
即答する。
私は故国を離れた。
が……リンスターの家訓に『友を見捨てよ』なぞというものは端から存在しない。
たとえ、敵方が得体知れず、強大な力を有していたとしても、全力で剣を振るうのみ!
奇妙な胸騒ぎを振り払い、決意を固めていると――
「お?」「ほぉ」
上空を白蒼の閃光が駆け抜けた。
氷風が吹き荒れ、肌を刺すような凍気と無数の氷華。
議事堂を覆っていた気持ちの悪い空気が消え、清冽さを覚える。
アーサーが楽しそうに笑った。
「くっくっくっ……今のを見たか、リドリー?」
「アレン殿であろう。おそらくは例の魔杖の力か。そもそもだが……あの杖は何なのだ? 貴様のことだ。本当は知っているのだろう?」
「無論だとも、我が友よ!」
ララノアの『七天』はニヤリ。
……こいつがこういう顔をする時は、大概とんでもない。
議事堂に掲げられていた天地党の旗が引きずりおろされていくのを見ながら、アーサーは大袈裟に肩を竦めた。
「あれの銘は私も知らん。本当だぞ? 銘が分かれば、力を更に引き出せようが、失伝している。長い時間に耐えられなかったのか、意図的かは分からんが」
「…………これ程の魔力で、『抑えられている』だと?」
私は上空を見上げる。
未だ氷風は止まず、濁った魔工都市の空気を浄化している。
尋常のそれではない。
我が友は苦笑した。
「あの魔杖は今より遥か昔、この世界に未だ『神』がいた頃に作られた、【天魔士】の使った物だ。何を起こしても不思議ではない。ああ、ついでに言っておくが、歴代のロートリンゲンで使いこなせた者は一人としておらん。私も、幼き頃に持ってはみたが……冗談抜きで死ぬかと思ったものだ」
「…………相変わらず、無茶苦茶だな。そのような代物をあっさりと渡すとは。彼の身に何かあったらどうするつもりだったのだ?」
「『剣姫の頭脳』が使いこなせない? はっはっはっ! リドリー、相変わらず冗談が巧いなっ!」
「……冗談では」
ないのだが?
と、告げる前に、嫌な気配を感じた。
石畳の上を赤黒い魔法式が走り回り、無数の骸骨が這い出て来る。
――禁忌魔法『故骨亡夢』。
アーサーと目を合わせ、頷き合う。
「来たかっ!」「うむ。行くとしよう」
私達は同時に剣を抜き放った。
目指すはアディソン侯爵家。
英雄の露払い、此度も務めて見せようぞっ!
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