第40話 決戦! 魔工都市!! その④

 先にアディソン侯爵邸に辿り着いたのは僕達だった。

 さっきまで飛んでいた骨竜は、アーサーとリドリー様が向かった議事堂へ集結しているらしく、上空に姿はない。

 人気がなく、不気味な様相の屋敷前で、周囲の骸骨兵を一掃したゾイとギルが訝し気に呟く。


「……敵兵がいない?」

「此処まで、住民もいなかった。これだけの都市なのにか……?」

「二人共、油断しないように」


 僕は魔杖の石突きで地面に触れ、広域探知魔法を発動。

 氷風が吹き荒れ、キラキラとした雪の結晶が広大な屋敷全体に降り注いでいく。

 ……ふむ?


「アレン先輩?」「何か?」


 後輩二人が呆れ半分、不安半分といった様子で尋ねてきた。

 僕は魔杖を振り、屋敷を囲むように対骸骨兵用の浄化結界を張り巡らせながら、探知結果を教える。


「屋敷内にさっきまでいた、桁違いの魔力を持つ者、その数が減った。いるのは一人だけだ」

「……例の使徒、っすか」「望むところだぜっ!」

「いや」


 頭を振り、閉ざされている巨大な正門へ左手をつける。

 力を入れて押すと、音を立て開き始めた。


「使徒達でも、『賢者』でもないみたいだ。骸骨や魔導兵の魔力も無いね」

「じゃあ……」「あいつか……」


 ギルとゾイが顔を顰め、斧槍と大剣を握り締める。

 ――イゾルデ・タリトー。

 アーティ・アディソンの為、自ら『吸血鬼』に堕ちた少女。

 正門を開け終え、僕は後輩二人へ左手で指示を出した。

 すぐさま、ギルとゾイが僕の前へと進む。


「イゾルデの魔力は確かに強大だ。けれど……彼女自身に戦闘経験は殆どなかった。そして、強いだけの魔力を行使する相手なら、どうとでも対処出来る」

「なのに、単独で残っている」「つまり……罠だ!」


 後輩達が身体強化魔法を更に重ね掛けしていく。

 アーサー達との連絡用魔法生物が肩に停まり、状況を教えてくれる。


『議事堂制圧するも、骸骨兵無数。アディソン邸、到着若干遅れる見込み。敵、何かしらの企ての兆候。くれぐれも用心されたし』 


 どうやらララノアの英雄様も、同じ判断をしているようだ。

 おそらく、使徒達は広域探知魔法で自分達が感知されることも承知して、屋敷に留まっていたのだろう。

 ……じゃあ、奴等は何処へ行ったんだ?

 シェリルがいてくれたら、都市全体を覆う規模の光属性探知魔法で、人数を把握出来るんだけど、ない物ねだりだな。


「アレン先輩、どうしますか?」「……強攻、しますか?」


 ギルとゾイが振り向き、不安そうに僕へ尋ねて来た。

 他の大学校生に比べれば、僕の後輩達は修羅場を潜り抜けている。

 半分は教授。残り四割はリディヤによるものだけれど……そんな二人でも、今回の戦場は嫌な感覚が抜けないのだろう。

 魔杖を一回転させ、苦笑。


「本当は、アーサー達の到着を待ちたい所だけどね……そうもいかないみたいだ。彼女が来たよ」

「「!」」


 前方の屋敷、その屋根上で先程までいなかった少女が佇んでいた。

 純白だが、深紅に縁どられたフード付きローブを身に纏い、裸足。

 手には何も持っておらず、凄まじい殺意を僕へ叩きつけてきている。


 ――イゾルデ・タリトー。


 ギルは雷属性極致魔法『雷王虎』を紡ぎ、ゾイは大剣を両手持ちにして、突風を見に纏っている。僕の命令があれば、即座に突撃を敢行する構えだ。

 少女へ素直に告げる。


「止めましょう。僕達には、貴女と戦う理由がない。……使徒達は何処です?」

「……貴方にはなくても、私にはあります……」


 イゾルデの魔力が高まり、髪が浮かび上がっていく。

 確かに強大。

 けれど……『賢者』や『腐竜』と比べれば、劣る。

 そして、イゾルデ・タリトーは戦闘の素人であり、時刻も昼間。

 僕達三人を相手には出来ない。 

 再度、通告する。


「……もう一度だけ聞きます。使徒達は何処です?」 

「知りたければ、私を倒して聞くことですっ!」


 そう叫ぶと、イゾルデは屋根を砕きながら跳躍。

 僕目掛けて急降下してきた。


「いかせるかよっ!」「舐めんなっ!」


 ギルが『雷王虎』を解き放ち、ゾイが大剣に纏わせている風を少女へ叩きつけた。

 吸血鬼特有の、人の域を遥かに超えた魔法障壁が展開され、無理矢理二人の魔法を抑え込み、着地。

 地面スレスレを疾走し、僕目掛けて突っ込んで来る。


「だからっ!」「舐めんじゃねぇっ!」


 ギルとゾイが即座に反応。

 少女を迎撃し、斧槍と大剣を同時に叩きこんだ。


「私の邪魔をするなぁぁぁっ!!!!!!!」

「「!」」


 魔力の衝撃で二人を弾き飛ばし、イゾルデは無理矢理、僕へ突進。

 右手を槍のように突き出し――


「なっ!?」


 氷の枝に四肢を絡め取られ、空中で停止した。

 枝は次々と砕かれていくも、それを上回る速度で数を増し、恐るべき吸血鬼の動きを止める。

 ……おっかない魔杖だ。

 しかも、この感じ。おそらく、銘が判明すれば更に力を引き出せるんじゃないか?

 この戦いが終わったら、アーサーに返さないとな。

 そんなことを思いながら、僕は瞳に憤怒を浮かべている少女と向き直った。


「……アーティのことは残念でした。ですが」 

「黙れっ! お前が、アーティ様の名前を口にするなっ!!!!!! お前が、私のアーティ様を殺したんじゃないかっ!!!!!」

「? 何を――」

「アレン先輩っ!」「空がっ!」


 陽が突然、陰った。

 太陽が欠け、血に染まったかのような月へと変わっていく。

 まさか……


「こ、これはもしかして……戦略禁忌魔法!? 使徒達が屋敷にいなかったのは、まさか! ギル、ゾイ! 後退をっ!!」

「「は、はいっ!」」


 すぐさま、僕達はイゾルデと距離を大きく取り、後退した。

 少女の瞳と髪が深紅に染まり、魔力が一気に膨れ上がっていく。

 ギルとゾイが絶句。


「こ、これが……」「月夜の下のっ……!」

「まずいね」


 氷枝の悉くが砕かれ、ふわり、と背を逸らし、瞳を閉じたままのイゾルデが空中に浮かびあがっていく。

 無防備だけれど、手は出せない。それ程までに……魔力の桁が違うっ。

 少女が瞳をゆっくりと開けていく。


「……アーティ様は私の半身。私の命。私の……最愛の人……」 

『っ!』


 凶風が吹き荒れ、魔工都市全体が紅く、紅く、染まっていく。

 少女の背に蝙蝠のような翼が埋めれていき、両手に血の剣が顕現した。

 凄まじい憎悪の発露。

 かつて、調べた文献の一節を思い出す。吸血鬼は憎悪で力を増す。


「そんな御方を、奪った貴様を許せるものかっ!!お前は、私の手で殺すっ! 殺してやるっ!! たとえ、私の命がここで砕けようともっ!!!」 

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