第25話 侵入者

「♪」


 頭の上で、アトラが楽しそうに歌っている。どうやら、肩車が気に入ったようだ。

 大学校を出た僕達は今、王都の下町にある下宿先へ向かっている。

 既に、太陽は沈みかけ、星が瞬き始めている。

 シェリルには『今晩も王宮に泊まればいいじゃない? ね? ねっ?』と言われたのだけれど……どう考えてみても、また夜、お酒をたくさん飲んでしまいそうなので固辞した。

 ティナ、エリー、リィネはハワード家でお泊り。リリーさんはその護衛。

 カレン、ステラは王立学校の寮へ。

 まだまだ、学内も混乱しているようなので、使えなかった場合、もしかしたら、後で此方へ来るかもしれない。

 フェリシアは実家へ。

 当然、一人では危ないので、エマさんと他のメイドさん達も付き従っている。

 幸いな事に、王都で大きな被害を受けたのは極限られているから、おそらく被害はないと思うけど……幾らエルンスト会頭から勘当扱いを受けていても、心配なのだろう。フェリシアは優しい子なのだ。

 ――で、僕の腐れ縁は、というと。

 下宿先の扉を開ける。

 予想通り、鍵と魔法式も開錠済み。まったく。また、勝手に上がり込んだな。

 中に入りアトラを降ろす。


「♪」


 嬉しそうに手を握りしめ、僕を先導する。

 ――いい匂いがしてきた。

 キッチンでは、紅の短髪美少女が、紅のエプロンを身に着けて料理をしていた。

 その隣の椅子の上でリアが楽しそうにそれを眺めている。

 リディヤが僕を見もせず、声をかけてきた。


「おかえり。遅かったわね」

「……ただいま。また、鍵開けたね? あれだけ厳重に封じておいたのに。あと、リディヤさ……あえて聞くけれど、何をしているのかな?」

「決まってるでしょう? 夕食の準備よ――ん。こんなものかしらね」


 鍋をかき混ぜ、味見をし、頷くとリディヤは炎の魔石を止め、僕へ向き直った。

 そして、近づいて来て、上着に手をかけた。


「…………ほんと、おそかった。小さい子達には甘いんだからぁ。上着、貸しなさいよ」

「色々あってね。ありがとう。アトラ、手を洗いに行こうか」

「♪」

「リアも、リアも!」


 上着をリディヤに渡し、アトラに声をかけると、リアが僕の足に抱き着いて来た。

 頭を撫でて、上着を抱きしめている公女殿下へ声をかける。


「もう全部、出来たのかな?」

「――……まだ。いっしょにつくりたい」

「了解」


 腐れ縁の頭を、ぽん、とし幼女二人と洗面台へ。

 はしゃぐ二人の手を洗ってやり、キッチンへ。


「うふふ~♪」


 エプロン姿のリディヤは依然として僕の上着を抱きかかえたまま、ソファーに寝転がっていた。幼女二人が僕を上目遣いに見つめる。

 額に手を置き


「アトラ、リア――良し!」

「「♪」」

「きゃっ! ア、アトラ? リ、リア!? ち、ちょっとっ!!」


 幼女二人は楽しそうにソファーへ飛び込み、リディヤに抱き着いた。

 リンスター公女殿下にして『剣姫』様が戸惑うという、珍しい光景を眺めつつ、氷冷庫を開ける。

 中にはリディヤが持ちこんだのだろう、紙に包まれたお肉と冷やしてあるサラダ。

 それに、作ったらしい果実水が入っている硝子瓶に赤ワインが数本。使いかけの料理用の白ワインが一本。

 僕はお肉と料理用白ワイン、バターを取り出し、戸棚から香辛料や香草類が入った硝子瓶も準備。

 後ろから手が伸びて来て黒のエプロンをかけられ、結ばれる。


「シチューとサラダは作っておいたわ」

「ありがとう。あとは、お肉とパンかな?」

「ん……」


 ちょこん、と僕の肩にリディヤが頭を乗せ、引っ付く。

 アトラとリアも跳ねるように近づいてきて、僕を見上げた。そこにあるのは、純粋な好奇心。

 浮遊魔法を発動。覗き込ませる。


「♪」「おにく♪」

「そうだね。さて――それじゃ、焼いていこうか。リディヤはパンを切っておくれよ」

「んー」


 僕はフライパンを炎の魔石にかけ、よく温める。

 引っ付いたままのリディヤは小さなナイフを手に取り、僕へ甘えた視線。困った公女殿下だ。

 浮遊魔法でテーブル上に置かれたパン籠を動かし、リディヤの下へ。

 風魔法でパンだけを空中へ吹き飛ばし――ナイフが煌めいた。

 均等に切れたパンは白布を敷いた籠の中に落下。そのまま、再びテーブルへ戻す。


「! !!」「リアも! リアもしたい!!」

「ダメだよー。リディヤも、バターを落とすから離れようか」

「いやっ!」


 強い拒絶。

 肩を竦め、バターを落とす。

 幼女二人はフライパンから漂う良い匂いに、獣耳と尻尾を動かしている。

 よく溶けたら、焦げる前に分厚く切られた肉を投入。

 リディヤが器用に片手で、香草や香辛料を振りかける。

 僕はスプーンでバターをかけながら焼いていき――幼女二人へ微笑みかける。


「アトラ、リア。もう出来るよ。その前にきちんと座れるかな?」

「♪」「リア、良い子! 良い子!!」


 浮遊魔法を解いた二人は、椅子に着席。「「♪」」楽しそうに歌っている。可愛い。

 肉を裏返すと、再びリディヤが香草と香辛料を振りかける。

 ――いい匂いがしてきた。

 リディヤは、シチューの鍋下にある炎の魔石を再度動かす。


「スープ皿は」

「分かってるわよ。右上の戸棚ね。お肉のは、少し大きめのお皿がいいわよね?」

「そうだね。アトラとリアが食べやすいように」


 意地でも僕から離れたくないのか、リディヤは珍しく魔法を繊細に操作。

 風魔法で戸棚を開け、浮遊魔法でお皿を取り出し、準備していく。

 お肉を取り出すと、すぐさまナイフが煌めき、切り分けられていく。

 シチューもよそわれ、次々とテーブルへ。炎の魔石を停止。

 ナイフを流し台へ置いたリディヤが、僕の右腕に遠慮なく抱き着いて来た。


「こらー。まだ、サラダを出してないだろー」

「かたてでーとれるでしょぉー。……いま、ほじゅうちゅーなのぉ。だまっててぇー」


 本当に困った公女殿下だ。

 仕方なく、片手で氷冷庫を開けサラダと果実水を取り出す。

 すると、アトラが小さな手でグラスを取り、硝子瓶から果実水を注いでくれた。

 そして「♪」とにっこり。

 僕は隣の子にジト目。


「ねぇ……今の見たかい? アトラですら、こうなのに……君ときたらっ!」

「シ、シチューと、サ、サラダ、作ったもの。わ、私が料理をする相手なんて、あんただけなんだからっ! こ、光栄に思いなさいよねっ! ねっ!!」

「はいはい」

「はい、は一回っ!」


 そのまま、幼女二人に挟まれる形で席へ座り、アトラの頭を撫で回す。


「ありがとう。偉いね」

「アトラ、いい子♪ リアよりも」

「!? リ、リアも、リアも、いい子、よ? ほ、ほんとうよ??」


 必死で僕へ訴えるリアの頭も撫で回す。


「大丈夫だよ。リアもいい子だね。リディヤは悪い子だけど」

「リディヤも、いい子! だって、アレン、大大好、みぎゅ」

「リ、リ、リア! そ、そういうことは……その……あんまり、言っちゃダメなのよ? ……なによぉ?」

「あ~うん……食べよう、か?」


 前まではこういう時、お互いの感情までは分からなかった。

 けれども――まぁ、今は『誓約』の魔法がかかっているので、魔力が激しく動揺し、同時に嬉しがっているのが分かってしまうのだ。

 リディヤはゆっくり、とリアの口から手を離し俯き、唸った。


「うぅぅ~…………い、いじわるぅ。い、いじめっこぉ。ば、バカぁ……。ば、罰として、た、食べさせてっ!」

「ダメです」

「な、何でよっ!? い、何時もは、食べさせてくれる――……」


 そこでようやくリディヤは、自分を興味深げに見つめる幼女達の視線に気づいた。

 隣のアトラが僕を見上げ、小首を傾げ――そして、口を開けた。


「♪」「あーあー。リアも、リアも!」

「……リディヤ」

「……あ、あんたが悪いっ! …………私にも、食べさせて、ね?」


 ――この後、アトラとリア、時々、リディヤに夕食を食べさせることになってしまった。は、早くもアトラ達に悪影響が。早急に対策を立てないと。

 なお、僕も食べさせてもらった。

 うん。リディヤ、料理、上達したなぁ。昔じゃ考えられないや。

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