第47話 東都強襲 下

「た、種明かし、だと? な、何のことだ! 何を言っているっ!!」


 人とは思えぬ美貌の翠風すいふうへ私は怒鳴る。

 が、返答は無し。

 老ハークレイが槍を握り直し振り向きもせず、厳かに命じた。

 静かな、しかし、それはまるで老獅子の咆哮。戦場全体へ響き渡る。

 

「我が『紫備え』達よ、オルグレンの騎士、兵士達よ……この戦、最早これまでである! だが、汝等が死すべき戦場は此処にはあらず!! 新しき世で、新しき王国を、オルグレン公爵家を守れ! 此度の馬鹿げた戦で死んだ者達の責と、旧時代の殿しんがりは……この老人が、全て引き受けん!!!!」


 『紫備え』の最前列にいた、女騎士と副官が叫ぶ。


「御祖父様っ!!!」「師父!!!」

「クローディア、スラヴァリン――……そして、我が掛け替えのない、オルグレンの騎士、兵士達よ、オルグレン公爵家とそれに列なる家々は王国の剣にして盾! 守るべき対象を間違うことなかれ。努々……二度と忘るることなかれ。皆、すまなんだの。許してくれとは、言わぬ。むぅん!!!!」


 槍が振るわれ、轟音。数十の竜巻が巻き起こり、視界が閉ざされる。

 ――訳が分からず、頭が混乱する。竜巻の中では紅と翠が踊っていた。


※※※


 槍を振るい、『嵐帝竜巻』を多重発動し、血塗れ姫と翠風殿と自らの周囲一帯を完全に閉ざす。この程度で良かろうて。

 左手で白髭をしごき、御二方へ向き直る。


「お待たせした」

「いいのよ」「オルグレンが忠臣の頼みを聞かぬ程、耄碌しておらぬ」

「ありがたく。……此度の件、全ての責はこの私にあり」 

「嘘ね」「そのような戯言を聞くと、今更、思うか? ハーグ坊よ」

「はは、ハーグ坊ですか。……幼きあの日、先代様と父に連れられ、ギド様と共にレティシア様の膝上で教わりました、騎士としての心得、忠義の在り方、『流星』殿の最期の逸話、しかと、しかと、この胸に。けれど…………」  


 病床に伏す我が唯一の主――ギド・オルグレン公爵殿下の無念を想う。


『……ハーグ、このような仕儀を、お前に頼まねばならぬ、儂をどうか、どうか、恨んでくれ。だが、お前以外には頼めぬのだ。本当に、すまぬ。すまぬ……すまぬ……』


 握りしめた手は、枯れたようであった。

 しかし、何処までも、何処までも――この国を想われていた。

 目を暫し閉じる。身体が震える。


「情けなき、情けなき事ながら……我等は、貴女様の教えを次代へ繋ぐことが出来なかった。結果、このような愚かな仕儀になり……死んだ者達に申し開きも出来ませぬ。ですが!」


 槍を血が出る程、握りしめ、全身の魔力を活性化。大気が震動し、土煙が巻き上がる。

 御二人へ訴える。


「我が唯一の主――ギド・オルグレン公爵殿下は王国の、王家の、大忠臣であられます。ギド様が王家へ謀反など……あり得ませぬっ!! そのこと、どうか、どうか、どうか……! 御二方、そして三公爵殿下、畏れ多きことながら陛下にも、全てが終わりし後、お伝え願いたく……」

「分かったわ」「了解した。必ず伝えよう」  

「嗚呼……有難く。これで、肩の荷が降り申した」


 身体が一気に軽くなる。愛槍を構え、魔法式を敷き並べていく。

 血塗れ姫が日傘を閉じ、口を開いた。


「アンナ」

「はい、奥様!」 


 いつの間にか、現れた死神が恭しく布袋を何処からともなく取り出した。

 布袋を取ると現れたのは深紅の鞘。抜き放つ。

 漆黒の剣身。浮かぶはまるで大鳥が羽をひろげたかのような紅の刃紋。

 

「ほぉ……それが、かの獣人族の名も無き名工が鍛えたと聞く『紅鴉べにからす』ですか! この老人には過ぎたる得物ですな!」 

「リサ、『真朱』ではないのか?」

「レティ、あれはもう娘に渡したわ。ああ、そうだ――ハーグ、始める前に一つだけ聞いておくわ」

「何でしょうか?」


「――私の息子とアレン、それと娘達は、貴方の目から見てどうだった?」


 血塗れ姫は、四羽の『火焔鳥』を次々を展開、発動。自らの背中にも炎羽を出現させながら問うてきた。

 近衛騎士団副長は分かる。先程の娘達も。

 だが、何故、あの青年のことをこの御方がここまで気にされて?

 いや……そうか、あの青年の異名は『剣姫の頭脳』。

 にも関わらず、これまで、王国内にそこまで名が広まらなかったは、リンスターの手が回っていたか。

 破顔一笑する。


「リチャード公子殿下の振る舞われよう、御見事の一言! 近衛騎士として、あれ程、見事な騎士、我が生涯においても、数える程しか知りませぬ! そして、アレン殿は――あの御方は、王国の次代を間違いなく担われる。このような馬鹿げた事に、巻き込んでしまったのは慚愧に耐えませぬが……我が人生の最終盤において、あのような御方と槍を交えられたは、誉れ以外、何物でもございませぬ。……安全を確保出来なかったこと、申し訳なく。アレン殿に加え、先程の公女殿下方、それにあの狼族の娘――最早、この老骨なぞ王国には不要でございましょう」

「そう。ありがとう。伝えておくわ」

「……アレン、やはり、アレンと言うのだな。ふふ、ふふふ……良い名だ。とてもとても良い名だ! 会うのが楽しみになってきたぞっ!」


 翠風殿が、左手を軽く振った。

 暴風が吹き荒れ、翡翠色の風が形を変えていく。

 ――四頭の風属性極致魔法『暴風竜』が顕現。

 更には、持たれている美しい槍の穂先が、壮絶までに美しい翡翠色へ変化。身体にも、圧倒的な翠風を纏われる。ルブフェーラが秘伝『翠槍すいそう』をこうも軽々と。流石は歴戦の勇士と言うべきか。

 おそらく、この御二人ならば、小国を落とすことすら容易かろうて。

 ……馬鹿馬鹿しい程の戦力差に苦笑する他はなし。

 だが――愛槍を両手で握り、突撃態勢を取る。


「改めて、名乗りもうそう。――ギド・オルグレン公爵殿下が第一の臣、ハーグ・ハークレイである! 御二方には恨みはなけれども、オルグレンの、ハークレイの騎士をお見せいたす!!!!!」 

「リサ・リンスターよ」「レティシア・ルブフェーラだ」

『いざ!!!!!』


 用意していた上級魔法を発動させつつ、おそらくは生涯最後の戦場を駆ける。

 ――思えば、良き人生であった。

 主と共に学び、主と共に戦場を駆け、時に殴り合いの喧嘩をし、それ相応の名声も得た。最後の戦場では、次世代を担う方々とも槍を交えることが出来た。これ以上を望むは、求めすぎであろう。

 此度の仕儀は、私もギド様も耄碌――否、所詮は凡百の人の親、教師であった、ということだろう。無論……死んだ者達には、あの世で詫びねばならぬが。

 ――しかし、これで王国に巣食う寄生虫達を一掃出来るのであれば、我が命をくれてやっても十分に御釣りは来よう。うむ、悪くない。

 迫りくる『火焔鳥』と『暴風竜』、そして二人の軍神を立ち向かいつつも、我が心は澄み渡っていた。

 

 ギド様……ハーグは、任を、しっかと果たしましたぞ!!!!!

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