第46話 東都強襲 中

「フハ……フハハハハハ。投了だと? ふざけるなっ!!! 見よっ!」


 私は、リンスターのメイド長を名乗る不届き者へ周囲を取り囲んでいる『紫備え』と公爵家親衛騎士団の精鋭を手で示した。数は少なくても、軽く百を超えている。


「貴様等は、私を追い詰めたつもりかもしれぬが、この騒ぎを聞きつけ、続々と増援もやって来る! そうなれば、貴様等など問題にならぬわっ!!!」


 不届き者は、一瞬、虚を突かれた表情となり、老ハークレイへ向き直った。顎に人差し指を付け、小首を傾げる。


「これで、『オルグレン』と?」

「…………グラント公子殿下は、オルグレン公爵家の長子であられる」

「なるほど。……心中、御察します。御嬢様方、そちらはお任せ致します。本気の老ハークレイとやり合える機会など、滅多にあるものではございませぬ。アレン様がお聞きになられたら、さぞ、お喜びになろうかと!」

『! 分かりましたっ!!』


 不届き者が不快な問いかけを発したかと思えば、徒手で我が戦列に向き直った。長槍の穂先が揺れている。……臆している、だと、馬鹿なっ!!

 ステラ・ハワードと獣が号令をかける。


「カレン!」「ティナ、エリー、行きますよっ!!」

『はいっ!!!!!』 

「――改めて名乗ろう、ハーグ・ハークレイである。王国の未来を担う方々、いざ!!!!!」


 獣が雷光となって突撃し、老ハークレイと凄まじい速さで打ち合う。

 少し遅れて、ステラ・ハワードが短杖を振り、無数の氷弾を放ちながら接近、細剣を瞬かせ打ち合いに参加。そこへ、メイドが放った無数の風魔法が襲い掛かる。

 老ハークレイは悉くを捌きながら、急速後退。瞬時に『氷雪狼』が距離を詰め、襲いかかる。

 長槍に凄まじい魔力が込められ、激突。視界が一気に白く染まる。

 ……あ、あの小娘共がこれ程の技量――ゾクリ、背中が粟立った。

 剣槍と戦斧、大盾の戦列へ向かい、メイドが一人、歩を進めて来た。嗤っている。左手の人差し指を立てた。


「折角の機会ですので、グラント公子殿下へ、故事を話させていただきます」

「故事、だと? 貴様、私を馬鹿にして」

「私、前職時代に、オルグレンが様、そして、先代様と戦場でやり合う機会があったのですが……どちらも、それは、それは恐ろしい御方達でございました。あの御二方であれば、私達が接近する前に迎撃をなさったことでしょう。また、着地した後、間髪入れず『雷王虎』を放たれ、今、貴方様が手に持たれている『深紫しんし』で、私共を両断しにかかられたことと存じます。『たとえ、それが、己よりも強くても関係なし! 王国に仇名す者を滅する……それが、オルグレンなのだっ!!』。嗚呼! 私、今、思い出しても、胸がときめいてしまいます♪ それが……何というザマでしょう。青春を汚された思いでございます。よよよ」

「!?」


 父はともかく、先々代とやり合った、だと?

 こ、この女……。

 『深紫しんし』を握りしめ、魔力を込める。しかし、反応はない。

 すぐ傍で、笑い声がした。


「動きませんよ。それは、貴方様程度が御せる代物ではございません」 

「! なっ!! がはっ!」


 何が起こったのかも分からぬ内に、地面へ叩き伏せられる。激痛。

 顔を上げるも、その場に不届き者の姿は無し。ど、どういうことなのだっ!!

 騎士達は、主君である私を助け起こそうともせず、前方を見て硬直している。

 ――不届き者が、『深紫しんし』を片手で回していた。

 そして


「カレン御嬢様、これをお使いください」 

「なっ! や、止め」


 女は、オルグレン公爵家を象徴する魔戦斧を老ハークレイと相対している獣へ放り投げた。怪訝そうな顔で受け取り、視線を笑みを崩さない不届き者へ向けてくる。


「……これは?」

「お使いください。残念ながら、オルグレン公爵家には過ぎたる物となってしまったようですので。よろしいですね、ハークレイ卿」

「…………使えるのであれば、な」

「だ、そうです。カレン御嬢様。アレン様を御想いください。それを使いこなせば」

「こなせば?」

「きっと、お褒めくださることでしょう♪ 『僕の妹は世界で一番凄いね』と」

「――……分かりました」

「なっ!? なっ!! なぁぁっ!!? 己、貴様!!! それは、獣風情が使って良い物ではないのだっ!! ええぃ、何をしているっ!! 一斉に魔法を放てっ!!!!

「ですがっ!」「それでは、ハークレイ卿に!!」


 『紫備え』の女騎士と、副官が抗議してくる。

 怒鳴りつけようとすると、老ハークレイが静かに告げた。


「クローディア、スラヴァリン、良い。お前達も指揮官ならば、決断出来るようにならねば、ならぬ。……が」

「少々、遅かったようで。ハークレイ卿、我がリンスターの御嬢様の一撃も、御賞味あれ♪」

「ほぉ……」

『!?!!』


 上空から突如、死の凶鳥が老ハークレイ目掛けて、急降下してきた。

 『氷雪狼』に続き、『火焔鳥』だ、と!?

 老騎士は感嘆を漏らし、長槍で迎撃。周囲に炎羽と凄まじい衝撃波。

 前方に、片手剣を抜き放った赤髪の少女が降り立った。

 ハワードの忌子が、大声を出す。

 

「リィネ、遅刻です!!!」

「首席様と待ち合わせしたつもりはありません。ステラ様、カレンさん、エリー、会えて良かったです。急がないと!」

「む! どうして、そこで私も呼ばないんですかっ!!」

「他意はあります。おっと、言い間違えました。ありません」 

「……決着つけても、いいんですよ?」

「今はいいです。それどころじゃないので。アンナ!」 

「はい、リィネ御嬢様♪ この場は、お任せを――と、言っても、時間切れのようでございます。私の出番はないようですね。あちらをご覧ください」


 不届き者が手をかざした。何――上空に無数の巨大な魔法陣。あ、あれは、いったい、何だ? 何だというのだっ!?

 魔法陣が光輝き、次々と多数のグリフォンと飛竜を吐き出して来る。

 身体が震えた。


「ル、ルブフェーラの大規模転移魔法陣、だと!? た、対魔王軍用の戦略魔法を、使用してきたと、いうのかっ!? 馬鹿なっ!!!」

「戦場では理不尽な事が起こるのでございますよ? 『オルグレン』を名乗られるのであれば、この程度で動じられてどうしますっ! 『死んでも敵に遅れは取らない』それが御家の家訓でございましょう?」 


「――アンナ、武門であっても、手を打たねば衰えるものよ」

「そうだな。……よもや、これ程、軟弱になっているとは思わなんだが」


 上空のグリフォンから、深紅の日傘を持ち、戦場にそぐわない黒のドレスを身に纏った紅髪の女と、飛竜から、美しい槍と、薄翠色の髪をした女が降り立った。

 その後方に、次々と騎士達が降りてくる。

 深紅と翡翠の軽鎧姿。軍旗は紛れもなく、リンスターと……ボロボロの古めかしい物。翡翠の軽鎧を身に付けている者達は、明らかに歴戦の古強者達。

 老ハークレイが、感嘆の声を漏らす。


「これは『血塗れ姫』『翠風すいふう』殿、御久しい。そして……『流星』の同胞はらからの方々までも、来られようとは!」

『!?!!!!!』


 今日最大の衝撃が周囲に走った。目に見えて士気が落ち、怯えが走る。


『血塗れ姫』――リサ・リンスター公爵夫人の異名。その剣に斬れぬモノなく、その炎に焼けぬモノなし、と謳われた、紛れもなく王国最強の剣士にして魔法士。

『翠風』――ルブフェーラ公爵家史上最強の使い手と謳われ、魔王戦争にも従軍した、勇士の中の勇士。と、いうことは……あのボロボロの軍旗の者達は、魔王戦争従軍者!!!


 夫人は日傘をさしながら、小娘共へ声を発した。


「アレンは、ここにはいないわ。先へ進みなさい。此処から先は私達が。……急ぎなさい。危ないかもしれない」 

『! は、はいっ!!』

「アンナさん、これは……」

「カレン、振ってごらんなさい」


 夫人へ頷き、獣が『深紫しんし』を軽く振った。

 ――瞬間、雷光と雷鳴が走り、公爵家親衛騎士団の戦列を吹き飛ばした。


「なっ!?」

「その子は、貴女の物よ――行きなさい。貴女の兄が待ってるわ」

「はいっ!」

「カレンさん! こっちです!!」


 小娘達が武器をひき、次々とグリフォンへ飛び乗っていく。

 ……が、老ハークレイも戦列も動けない。動ける筈もない。

 二人の怪物が微笑を浮かべた。


「さぁ、これからは大人の時間」

「種明かしを聞くとしよう。なぁ……ハークレイよ」

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