第4章
第39話 汽車
トンネルを抜けると――深い緑が広がっていた。
汽車は森林の合間を縫って進んで行く。
周囲から歓声。王都みたいな都市しか知らない子達には驚きだろう。
僕にとっては懐かしい光景。何しろ、こっちへ来るのは一年ぶり。
既視感があるなぁ……考えてみると、去年の冬も汽車に乗ったんだっけ。
あの時は一人。しかも、王宮魔法士の試験に落ちたばかりで、少し自暴自棄になっていた気がする。リディヤとカレンに何も相談せず、置手紙を残して汽車へ飛び乗ったのはその表れだったのかもしれない。
中々危ない橋を渡っていたんだなぁ……。
首尾よく、家庭教師の任は果たせたから良かったけど、失敗してたら――今頃は、東じゃなくて南の方にいたかも?
両脇から袖を引かれ、右斜め前から声。
「先生? どうかされましたか?」
「兄様? 何か心配事でも?」
「アレン先生、あの、何でも仰ってくださいっ」
僕が黙り込んでいたのを心配したのだろう、ティナ達が声をかけてくる。
今回は落ち込んでいる暇もなさそうだ。
「大丈夫ですよ。窓の外を見て少し懐かしくなったんです」
「ええ、兄さんは懐かしいでしょうね。そうでしょうとも。何しろ、今年の冬も、春も、私と一緒に帰らなかったんですから」
「カレン、虐めないでおくれ。僕だって」
「何ですか」
「……降参。僕が全面的に悪い。言い訳も出来ない。ごめん。反省してる。許してほしい」
「あ……」
この件に関しては勝ち目がないのだ。不義理をしているのは僕なのだから。
真正面に座っているカレンの目には動揺の色。耳は半ばから折れ、見るからにしゅんとしている。言い過ぎた、と思っているのだろう。口調が少しキツイ時もあるけれど、とても優しい妹なのだ。
微笑み少し頷く。大丈夫だよ、気にしてないからね。
「アレン様、本当に私も付いて来てしまってよろしかったのですか? 御迷惑では……」
「気になさらないでください。両親からも『是非是非、連れていらっしゃい』とすぐに返信がありました。古い家ですが、その分部屋は多いんですよ。ただ、ステラ様とティナ、リィネ、そしてエリーがうちを見たら驚くとは思います。本来なら、皆さんには東都にあるホテルへ泊まってほしかったのですが」
「先生」「兄様」「アレン先生」「アレン様」
「「「「絶対に嫌です」」」」
そんな満面の笑みで言われても……カレン、わざとらしく溜め息を吐かないでおくれ。
『公女殿下四人と、それを支える子とカレン。将来的に王都の話題をさらうだろう可愛い女の子ばかりを引き連れて実家へ――断言します。近い将来アレン様は女性に刺されますね。私、この賭けになら自分の全財産を投資しても勝つ自信があります。何なら賭けましょうか?』
今頃は、王都で悪い顔をしながら仕事をしているだろうフェリシアの言葉が脳裏に蘇る。
なお、当たり前だけど除け者にしたわけではなく、きちんと誘ったのだ。
が、今年はあくまでも仕事優先らしい。その割には、汽車の切符予約最終日まで迷っていたようだったけれど。
『来年は私も行きます。万難を排して。その為には、今年一年、手段を選びません。選びませんともっ!』
あの子は性格も真面目だし、仕事も恐ろしく出来るし(そうじゃなかったら当初の1週間どころか10日間も夏季休暇を取れなかったろう。このお礼はしないと)可愛いとも思う。
けど、何処に着火点があるのかが未だに分からない。
王立学校を中退した挙句、実家から勘当まで受ける要因を作ってしまった以上、彼女のしたいようにさせてあげたいとは思っている――右側からまた袖を引かれた。
「兄様、他の方、しかも違う女性のことを考えておられますね?」
「リィネ、そんなことはないよ」
「嘘です。罰として頭を撫でてください」
「おや? 甘えん坊なんだね?」
「私だって、今回の旅行は楽しみにしていましたから」
「仰せのままに、お嬢様」
「先生」
ゆっくりとリィネの赤い髪を撫でる。相変わらず光り輝いていて綺麗だ。
左側からティナの声。ここはあえて無視。
羨ましそうに見ているエリーは後で撫でてあげよう。
カレンも? ……仕方ないなぁ。
ステラ様は流石に恐れ多い――分かりました。だから、泣きそうにならないでください。
「先生っ!」
「少しは静かにしてなさい。幾ら、此処が特等席でこちらを気にする人がいないからといって節度は必要なのだから」
「なっ!? ……いいでしょう。いい加減、我慢の限界です。貴女との決着、今ここでっ!」
「今はいいです。兄様に撫でてもらってますから」
「…………先生ぃ」
この二人とエリーは本当に仲良しなのだけれど、僕を挟んでじゃれ合うのはそろそろ止めてほしいなぁ。
空いているティナの頭を、ぽんぽん、と軽く叩く――機嫌は回復したようだ。
「ところで兄さん」「あの、アレン様」
「なんだい? 二人して」
「……あそこに座ってるのは誰?」
「……とても優雅でお綺麗で、知的に見えるのですが。いや、何時もお綺麗なんですけど、そのご様子が違うと言いますか」
「?」
不思議な事を言うね。
僕達から少し離れた席に座り、静かに本を読んでいるのは赤髪の美女。
此方にはまるで関心がない風。
僕が口を開こうとした時、一気に視界が開け、天まで届きそうな巨木が見えた。
そろそろ到着するね。みんなの視線――ちらちら此方を窺ってるの、さっきからバレバレだよ? 僕にしかバレないだろうけどさ。
「ようこそ東都――『森の都』へ。折角の夏季休暇、楽しもう」
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