第30話 神の滅んだ日

 まず問おう。

 アレン、お前は何処まで『歴史』を知っている?

 ……ふむ、そうか、なるほど。

 よくぞまぁ、数度の抹消を受け、殆ど残っていない記録の残滓からそこまで推察したものだ。

 ――そうだ。

 この世界に『神』と呼ばれる存在はいない。

 最後の神――世界樹の頂点にいた【龍神】が去って幾星霜。ロートリンゲンに遺る古文書であっても、それが何年前なのかは分からぬ。

 千年? いや間違いなく、それ以上であろうな。

 龍神が去った後……人は数多くの大乱で大地を、海を、空を自らの血で汚し続けて来た。


 今より数百年前、現侯国連合から更なる南方には巨大な大陸があり、大統一帝国が築かれていた。

 そして、極東では強大な武力を誇示した帝国が大陸にも出兵し、龍すらも断つ、と称された『刀』を用いた侍達が、暴威を奮った。


 だが、今の時代にその両帝国の名は伝わっていない。何故だと思う?

 ――そうだ。

 両帝国は龍神が去りし後、我が先祖が築き上げたロートリンゲン帝国と世界の覇を競い、大戦争を起こし……【魔女】の逆鱗に触れ、滅んだ。

 我が家に伝わる古文書において、一連の大乱は『魔女戦争』と形容されている。

 ああ、すまぬ。少しばかり先走り過ぎたな。この話はもう少し後で、詳しく話すとしよう。

 まずは……そうだな、【神】と『七竜』の話からするとしよう。

 アディソン家が秘匿保管していた【龍】の話は聞いたな?

 かつて、この世界には【龍】と呼ばれる神の眷属が存在したのだ。

 そして……それは『竜』と単語を同じくしても、意味合いは大きく異なる。

 黒竜と交戦したお前ならば理解出来ようが……『竜』とは、人の身でまともに相対出来る存在ではない。

 あれと、真正面から戦えるのは、唯一にして理外の存在だった【勇者】の心を受け継ぎ、【雷姫】の技を修めたアルヴァーンの者。

 生き残っているかどうかは知らぬが……【魔女】。

 もしくは――世界最強にして、何時の時代も、世界で最も平和を希求して止まぬ魔王のみ。

 ――話を戻そう。


 この世界に神はおらぬ。


 【女神】は人を信じ過ぎた故に滅ぼされた。

 【魔神】は人を愛し過ぎた故に滅ばされた。

 【龍神】は人に対し愛想を尽かし、消えた。


 無論、この逸話が本当かどうかなぞ、最早分からぬ。

 魔王に尋ねれば知っているかもしれぬが……魔王戦争に従軍した我が先祖の日誌を読む限り、彼の者は殆ど戦場に出て来ぬようだ。

 ――うむ。

 『流星のアレン』が『彗星』『三日月』と共に交戦し生き延びたからこそ、人族側は『魔王健在』の情報を得た。

 私見だが、『流星』がその生涯で得た最大の武勲はこの点だな。

 そもそも二百年前の『魔王戦争』自体も、聖霊教の連中が『魔王の存在はこの数百年判明していない。おそらく死んでいるのだ。今こそ聖地の奪還をっ!』と叫び始めたのが発端だったと聞いている。

 が……知っての通り、蓋を開けてみれば生存していて、聖地での会戦において降臨。数多の英雄、勇士、豪傑、諸将を槍一本で薙ぎ払い、全滅させかけたそうだ。

 『流星』は、その死戦場で魔王本人と相対しながらも情報を持ち帰った。

 故に魔王戦争以降、人の中で『対魔族戦争の再開』を扇動する輩は現れなかった。

 

 『流星』は死してなお、人族の平和を固守したのだ。


 ……嗚呼。またしても話が逸れた。

 すまぬ。このような話を理解してくれる者は周りにいなくてな。

 人に愛想を尽くした【龍神】が世を去った後――世界には異変が生じた。

 当然だ。我等の遠い先祖達は当初、簡単な魔法すら扱えず、矮小な存在だった。

 それが、魔法の技術を得て数を増やし、時に【三神】の加護を受けながら勢力を拡大していったのだ。


 しかし――人は三神を喪い、同時に世界を支えていた世界樹をも喪った。


 その意味を理解出来ていた者が果たしてどれ程いたのか……。

 我が先祖の遺した書物によれば、真に理解していたのは、おそらく世界で唯一人しかいなかったと言う。

 名前は伝わっておらぬその者は、神と世界樹を喪った世界を憂いた。


 そこで彼は――ある決断を下したのだ。


※※※


 アーサーはそこまで話し終えると、マグカップのお湯を捨て、ティーポットから紅茶を注いだ。

 王国産とはまた異なる豊潤な香りが周囲に立ち込める。


「――東方の少数民族が作っているお茶だ。以前、少しばかり助けたことがあってな。律儀に毎年送ってくれる。飲んでみてくれ」

「ありがとうございます」


 僕はマグカップを受け取る。温かい。

 一口飲むと、豊かで素朴な味が広がった。素直に感想を述べる。


「美味しいですね」

「だろう? ララノアの『七天』なぞと過剰に持て囃されて以降、無駄に物を贈られるようになったが……結局、幼い時分に飲んだこれが一番だ」

「……分かる気がします」


 王立学校に入学して以降、リディヤに連れられ様々な場所に行ったけれど、結局、母さんの料理や紅茶が好きなのだ。

 アーサーが頭上を見上げた。


「このように、静かな夜を迎えたのは何時以来か……。無論、都を強引なやり方で奪い、アーティ達の未来を歪めた連中は許せるものではないが、そうでなければ、歴史の話なぞ出来なったのも事実だ」

「奇妙な話ですが、確かに」


 アーサーが脇の石に、マグカップを置いた。

 僕を見つめ、話を再開する。


「彼は、全てが終わった後――我が祖先に対してこう言ったそうだ。『神は去った。帰って来るかは分からない。けれど、世界を支える存在は必要だ』と」

「……それが、『竜』だと?」

「ああ」


 英雄様は立ち上がり、屈んで小石を手にした。

 弄りながら教えてくれる。


「どうやったかまでは分からんが――遺された神の力を用いて、炎竜、水竜、土竜、風竜、雷竜、花竜、黒竜の七竜を生み出し、こう命じたそうだ。『新たな世界樹が育つまで、どうか世界を守護してほしい』と。故に……『竜』は時に人にも牙を剥く。世代交代を繰り返しながらも、彼等は未だに『彼』との約束を守り続けているのだ」

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