第26話 策謀

 二人を連れて、僕は花畑を歩いて行く。咲き誇る白い花は、既存種ではない。

 魔剣『篝狐』を油断なく構えながらリディヤがポツリ。


「……ねぇ、此処って」

「うん、僕等の世界と【黒扉】の先にある世界との狭間だろうね」


 キョロキョロしながら僕の後をついて来ているティナは、緊張した面持ちながら元気よく自分の胸を叩き、宣言。


「大丈夫ですっ! 何があっても先生は私がお守りしますっ!!」

「ティナ、ありがとうございます。でも――」

「小っちゃいの、そういう台詞は『氷鶴』を顕現出来るようになってから言うことね。レナが随分と拗ねていたわよ?」

「ぐぅっ!?」


 リディヤが口を挟み指摘すると、薄蒼髪の公女殿下は呻いて視線を彷徨わせた。

 周囲に『その通り!』と言わんばかりの雪華が舞う。

 ……アトラとリアはともかく、あの子を外に出すのはちょっと危ないかもなぁ。今回のはしゃぎぶりを見るに、ティナと親和性が高そうだし。

 そんなことを考えていると、【黒扉】がいよいよ近づいて来た。

 リディヤが立ち止まったので、僕は再び外へ連絡を試みるも……駄目だ。

 魔法に関して言えば、王国どころか大陸西方屈指の存在と断言出来る、教授と学校長がいながら状況に変化なし。


 ――つまり、僕等で打開する他は無し。


 すると、右手薬指に嵌っている指輪が『当たり♪』とばかりに光を放った。

 薄蒼髪の公女殿下が、白いリボンを靡かせながら僕の前へ進み出る。


「ティナ」

「先生は後ろです! リディヤさん、良いですよね?」

「当然よ。少しは分かってきたようね。褒めてあげるわ。アレンはあげないけど」

「そう言っていられるのも今の内です! 私だって、す~ぐ! 大人になるんですよ? ……十六歳になったら。えへへ♪」


 リディヤの揶揄をティナが受け流し、さらっととんでもない発言を口にした。

 ……この子、自分が『公女殿下』っていう、王国でも指折りの御嬢様であることを忘れがちな気がする。王国へ戻ったら、きちんと教えておかないと。

 未だ髪が伸びたままの『剣姫』様は、ティナの言葉を聞いて字義通り鼻で嗤った。


「――……はっ。何を言うかと思えば。寝言は寝て言うから寝言なの。そんなことも分からないなんて、ハワード公爵家の教育はどうなっているのかしらねぇ」

「今は先生の教えを受けていますから」

「「っ!」」


 リディヤとティナが視線をぶつけ合い、炎羽と雪華がぶつかり合う。

 ……この二人は本当に。

 僕は片目を瞑りながら、窘める。


「はいはい、そこまでにしよう。今は目の前の問題を――」

「「はい、は一回っ!」」

「…………」


 仲が良いのか、悪いのか。

 苦笑している中――風が吹いた。

 白い花が舞い上がり、視界を閉ざす。

 リディヤとティナは魔剣と魔杖に魔法を紡ぎ、何があっても対応出来る体勢を取った。

 やがて……風が止んだ。


「え?」「……リディヤ」「気配は感じなかったわ」


 目の前の光景を見てティナが困惑。

 僕はリディヤに目配せするも、相方は頭を振った。

 ――そこにいたのは、さっきまでなかった古い木製の椅子に腰かけ本を読んでいる初老の男性。丸テーブル上には本や資料が乱雑に置かれている。

 髪は白く、眼鏡をかけていて、纏っているのは黒の魔法衣。表情には生真面目さと苦労人であることが滲み出ている。読んでいるのはどうやら魔法書のようだ。

 僕達が視線を向けていると、男性は顔を上げた。


「……ああ、来たんですか。御苦労様でした。戦闘の意志はありません。どうぞ、此方へ」

「「「…………」」」


 男性が手を振ると、三脚の椅子が現れた。

 僕達は視線を合わせ、歩を再開。

 座る前に問う。


「貴方はいったい?」

「僕の名前に価値などありませんし、知られているとも思いません。貴重な時間の無駄――……と、言いたいところですが、名乗っておきましょうか」


 男性は書物を閉じ、穏やかな表情を崩さぬまま僕を見た。

 ……少しだけ、父に似ている。


「僕の名前はロス。ロス・ハワード。そこの御嬢さんは――どうやら遥か先の時代に生きている子孫さんみたいですね」

「「「っ!?」」」


 僕達は絶句し、言葉を喪った。

 ティナは僕の左腕に抱き着き、戸惑った表情を浮かべる。

 眼鏡を外した初老の男性は、軽く左手を振った。


「戸惑うのも無理はありません。いきなり、そんなことを言われても納得出来ないでしょうし、僕自身も『ハワード』じゃありません。……だって、きっと。いや? 師や兄弟子、姉弟子に言われたら信じたかもしれませんが」


 そう呟くと、ロスはぎこちなく右足を動かした。……義足だ。

 敵意は無し。魔法の展開も、魔力の乱れも感じ取れない。

 加えて――『生前』。

 つまり、このティナの先祖を名乗る初老の男性は。


「リディヤ、ティナ」

「ええ」「は、はい」


 二人の名前を呼び、椅子に腰かける。

 すると、ロスは微かに表情を崩した。


「当たりです。今の僕はただこの場に残っているだけの思念に過ぎない。戦闘は勿論、魔法の一つとて使えませんし、もうすぐ消えます。なに……生ける【黒扉】に辿り着く人と話をしてみたかったんですよ。何しろ、手の込んだ事だったのでね……。同志である【不倒】も最後には納得してくれました」

「……【不倒】?」


 僕は聞き返しつつ、リディヤとティナへ目配せ。二人は知識面でも才女なのだ。

 すると、紅髪の公女殿下は微かに首を振り、薄蒼髪の公女殿下は「……北方のロストレイに『不倒の丘』という場所があったと思います」と小さな声で教えてくれた。

 ロスがテーブルへ左肘をつけた。


「君達の時代に伝っているかは分かりませんが――【不倒】【理外殺し】【龍滅者】タチアナ・ウェインライト。世界を救いし最後の大英雄にして、世界に対する叛逆者。まぁ、本人は師から与えられた【星楯】の称号を誇っていましたがね」

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