第9話 南の夏 下

 姉様が、双剣を構えられつつ母様を睨まれます。


「……私にも考えがあるんです。御母様は黙っていてくださいっ」

「私は御父様を十六で攫ったわよ? で、リチャードが生」

「あーあーあー! ど、ど、どうして、そういうことを口にされるんですかっ!! リンスター公爵夫人としての自覚を」

「あらあら、私も十六の時だったわねぇ。リディヤは彼のことが嫌なのかしら??」

「違いますっ!!!! 私があいつのことを嫌いになることなんか、世界が滅びてもあり得――……」

「答えは出てるじゃない。意気地がない子ね」

「恋愛は、押して押してよ?」

「うぅ…………」


 俯き、頬を林檎みたいに紅潮されて、身体を震わす姉様。

 普段は凛とされているので、とっても珍しい御姿で可愛らしい――けれど、これはまずい流れです。

 母様とお祖母様相手では、兄様がおられない姉様では太刀打ちは不可能。口で圧倒されてしまいます。

 ……つまり、この後待っているのは。

 アンナ、アンナ!


「はい~アンナさんですよ~」

「耐火結界を増強してっ」 

「かしこまりました。リィネ御嬢様」

「な、何?」

「――大人になられましたね。ついこの間までは、ガタガタと震えておいでだったのに、踏み留まられる決断が出来るようになられるとは。アンナは嬉しゅうございます。やはり、これもアレン様の薫陶によるものでしょうか」 

「当たり前でしょ? だって、私は兄様の教え子だものっ!」


 分厚く張られている耐火結界が更に上書き。

 ほぼ同時に――姉様が顔をゆっくり、と上げられました。

 剣を鞘へ。

 『真朱』を振るうと、炎羽が舞い散ります。

 表情には微笑。


「――御母様、今日という今日は、もう、容赦いたしません」

「へぇ」 

「あらあら。凄い魔力ね♪」

「……有象無象の男からの、婚姻申し出を却下していただいているのは感謝しています。が! それと、私とあいつとの、その……ことは……えっと……」

「リディヤ、聞えないわよ」

「リサ、そう言わないの。恥ずかしいのよ。本当は一日でも早く、彼と一緒になりたいし、子供もきっと、オーケストラが組めるくらいって思っているのでしょう。うふ、うふふ♪ リディヤったら、大胆ねぇ」

「~~~~~~~!!!!!!」


 姉様が『真朱』を直上へ掲げられました。

 ――『火焔鳥』が出現。急降下。

 炎が姉様を呑み込み、集束。

 母様が溜め息。


「はぁ……母親に『紅剣』を向けるなんて。アレンは甘やかし過ぎね」

「まぁまぁ。随分と上達したのね」

「――……御母様、御祖母様。もう、泣いても許してさしあげません……」


 う、うわぁ……か、完全に怒ってます。

 百以上の耐火結界を貫き、肌がチリチリと焼ける感覚。

 こ、これは……そうです。お祖父様! どうか、止め――あ、あれ?


「大旦那様でしたら『ハハハ……こうなったら僕に出来ることは何一つとしてない。夕食前には終わらすようリンジーに伝えておくれ』。流石でございます。旦那様、リチャード坊ちゃまに列なる退避の系譜――見事な御判断。私達も見習わないといけません!」 


 アンナは相変わらず斜め上――メイドが一人近付いて来て、拳を握りしめているメイド長に耳打ち。何かしら?

 ――魔力の奔流。

 姉様が『真朱』を掲げていきます。

 対して、母様はこれ見よがしに日傘を突き出されました。


「仕方ない子ね。だけど――本当にいいの?」

「? 今更、命乞いをされても」

「この日傘は王都でアレンが私の誕生日に、わざわざ選んでくれた物なのよ? その一撃を受けたらもたないわ。そして今度会った時、私はこう言うの。『……ごめんなさい。あの日傘はリディヤが癇癪を起して燃やしてしまったのよ』」

「! っぐっ……ひ、卑怯ですっ! あ、あいつを盾にするなんてっ!!」

「剣を向けて来たのは誰かしらね。さ、かかってらっしゃい。来ないなら」


 母様が一歩踏み出され――次の瞬間には、間合いが殺されていました。

 日傘が突き出されます。姉様は慌てた様子で後退。


「あらあら。注意散漫よ?」

「!」


 お祖母様が、真紅の『火焔鳥』を放たれます。

 ……大きい。余りにも大き過ぎますっ! 

 これがかつて『緋天ひてん』の異名を持ち、戦場を震撼させたリンジー・リンスター!

 回避すらままならず、真正面から姉様と激突。炎が生きているかのように、踊り、両断。


「くっ!」

「まぁまぁ。斬るなんて。リディヤは本当に成長したのね。彼のお陰かしら?」

「――同時に弱さです。リディヤ、後ろががら空きよ?」

「ぐっ!!!」


 咄嗟に姉様は炎で迎撃されようとされましたが、母様の日傘で散らされ――

そこに分け入ったのはメイド長。え? 

 アンナが母様と姉様の手を掴んだまま、蒼褪めた顔で口を開きました。

 

「…………御無礼、御許しください。一大事でございます」

「何があったの?」

「あらあら」

「…………」

「どうか、心を御鎮めになってお聞きを」


 ――身体が震える。

 そんな……嘘、でしょ? どうして、そんなことを。王都には。

 姉様がいきなり駆け出し、母様が止めました。


「リディヤ、何処へ行くの?」

「……決まってます。王都へ」

「もう遅いわ。今は情報収集をすべき時よ」

「ですがっ!!!!」

「…………リディヤ」


 母様が近付かれて、震える姉様を強く抱きしめられます。


「……落ち着きなさい。大丈夫、大丈夫よ。アレンは強い子だもの。そのことは貴女が一番よく知っているでしょう? 大丈夫だから」

「…………御母様、私、あいつが――アレンが、いなく、なったら……これから先、どう、生きていけば、いいんです、か? この世界で、何を……あいつは、あいつはっ、私の、私にとって……唯一の……」

  

 そこまででした。

 姉様は……『剣姫』と謳われ、何処まで気高く、凛々しかったリディヤ・リンスターはその日、一人の少女に戻り、泣き崩れました。 

 ――もたらされたものは正しく凶報。


『王都で守旧派謀反。『剣姫の頭脳』、国王陛下を守護し、叛乱軍相手に勇戦せり――生死不明』

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