第7話 『七天』
「遅い……遅すぎます。ま、まさか、先生は捕まってっ!?」
「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様、落ち着いてくださいぃぃ」
魔杖を手にして立ち上がり、今にも部屋の入口へ向かおうとした薄蒼髪のティナ嬢を、エリー嬢が抱きかかえて止めた。
その左隣に座り、アンコさんを抱き締めているフェリシア嬢も「アレンさん……」と浮かない表情だ。
相変わらずというべきか、リディヤ先輩がいなくて良かったというべきか。
言えるのは――俺は肩を竦める。
「はぁ……流石、『天性の年下殺し』。モテる男っすねぇ。普通だったら、嫉妬心が湧くとこなんすけど、アレン先輩相手だともう何も……あ~、ゾイ。何処へ行こうとしてるんすか?」
「べ、別に、何処にも行くつもりなんてねぇよ! ……てめぇこそ、どうして扉へ少しずつ近づいていやがるんだ? ええ? ギル・オルグレン先輩?」
「……ちっ」
思わず舌打ちが零れた。
この口の悪い御令嬢は、ほぼ同期生であるにも関わらず、変に義理堅く、俺、イェン・チェッカー、テト・ティヘリナ、を頑なに『先輩』呼びしようとするのだ。
曰く『……先輩が、親しき仲にも礼儀、って言ってた』らしい。
アレン先輩、影響を与え過ぎです!
珍しい服装の長い紅髪メイドさんが、優雅な動作でティーポットから紅茶をカップへ注いでいく。
「まぁまぁ~。皆さん、紅茶でも飲んでゆっくり待っていましょう~☆ お茶菓子もとっても美味しそうですよぉ~♪」
「……リリーさん」「あ! わ、私もお手伝いしましゅ! あぅ……」
ティナ嬢が不服そうな表情になり、エリー嬢は慌てて立ち上がり噛んでしまい、恥ずかしそうに俯く。
畏怖すべき『剣姫』の従姉であるという、このリンスター公女殿下は俺とゾイへも目を向けた。
花の咲いたような満面の笑みだ。
――しかし。
「「…………」」
俺とゾイはお互い目配せし、扉の傍から豪華なソファーへ。
教授の研究室で磨かれた危険察知能力が、告げている。
『どういう格好をしていようが、リンスターはリンスター。侮るべからず』
侮り、リディヤ先輩に真正面から挑みかかった結果、どうなったかは……思い出したくもない。
俺とイェン、そしてゾイの首がまだ繋がっているのは、アレン先輩が『剣姫』様の手綱を握っていてくれたから。
それ以上、それ以下でもない。
ティナ嬢が唇を尖らせながら、羽の彫刻が施された白磁のカップを手に取り、紅茶を飲んだ。
「――あ、珍しい味」
「ふ、普段飲んでいる紅茶とはちょっと違います」
「王国産よりも、味は薄いですけどその分、飲みやすいですね。これなら、紅茶嫌いの人に売れるかも……」
さっきまでの不機嫌さは何処へやら。
年下の少女達は口々に感想を口にし、興味津々な様子だ。
――これもまた、アレン先輩の薫陶、か。
「――うむうむ! 好奇心を持つのは良い事だな! 向学心があって、大変結構。うちの部下達にも見倣わせたいところだ」
『!』
突然、若い男の声が耳朶を打った。
――いつの間にか、窓の近くに若い男が立っていた。
輝く金髪と金銀の瞳。悔しい位の美男子で、俺よりも背が高い。
純白の軍服とマントを身に着け、両腰には白鞘に収まっている双剣。
この底知れない魔力。明らかに……魔剣。
リディヤ先輩の『真朱』に匹敵するか、もしくは勝る程の。
俺とゾイ、そしてリリーさんは咄嗟に立ち上がり、臨戦態勢を取る。
当然だが……俺達は十重二十重に感知結界を張り巡らせていた。
それに一切触れず、侵入を果たす。
只者じゃないっ!
「……ああ」
男の姿が唐突に消失した。
後方から、カップへ紅茶を注ぐ音。
『!?』
振り返ると、男は椅子に腰かけ足を組んでいた。
ど、どうやって移動したんだ!?
ゾイとリリーさんへ目で尋ねるも、微かに首を振る。
……この二人でも分からない、か。
男がカップを掲げ、困った顔になる。
「すまない! 驚かすつもりはなかった。ウェインライトから珍しい客人が来る、と聞いていてな。アディソン閣下には『来る必要無し!』と言われていたのだが……好奇心に負けたっ! 悪い癖だという自覚はあるのだ。うん? そこにいるのは――ほぉ、夜猫ではあるまいか? 初めて見たぞっ!」
唯一動じず、フェリシア嬢に抱き締められているアンコさんを見て、青年は目を輝かせた。
……この男、何となくだけれど、状況を楽しんでしまっている時のアレン先輩に似ているような。
エリー嬢と手を握り締め合い硬直していた、ティナ嬢が口を紅茶を飲み干し――おずおず、と尋ねた。
「え、えーっと……貴方はいったい」
公女殿下が最後まで言い終える前に、室内にノックの音が響いた。
全員の視線が集中。
入って来たのは――
「先生!」「ア、アレン先生!」「アレンさん!」
「おっと。ティナ、エリー、フェリシア、どうしたんですか? ……おや?」
黒茶髪で魔法士姿の青年――『剣姫の頭脳』アレン先輩だった。左肩にアンコさんが乗っかる。
少女達に抱き着かれている先輩は戸惑いながらも男に気付き、小首を傾げた。
謎の男はカップを高く掲げ、ニヤリ。
「お戻りか! やぁ、貴公が『剣姫の頭脳』殿か?」
「……そう呼ばれてはいますね。狼族のアレンです。ティナ、エリー、フェリシア」
「「「……は~い」」」
アレン先輩が少女達に声をかけると、不服そうに背中へと隠れ、ちょこんと頭を出して男へジト目。
カップをテーブルへ置き、男が嘆息。
「……嫌われてしまったか! 悪気はなかったのだぞ? 信じてくれ!!」
「悪気がないのは分かります。あったら、アンコさんが容赦されなかったでしょうし。……御名前をお聞きしても?」
「うん? ――……おお! すまんすまん。名乗っていなかったな」
男は頬を掻きながら立ち上がり、アレン先輩へと向き直った。
――白のマントに描かれているのは精緻な七角形と二振りの剣。
訝し気なアレン先輩へと手を伸ばし、相好を崩した。
「アーサー・ロートリンゲンだ! 『七天』と呼ばれている。戦友から貴公の話を聞いていてな、王国の新しき英雄殿と膝詰めで話してみたかったのだ。我が家名は、今は歴史の片隅に残るのみだが……多少ウェインライトとも関係しているからな」
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