第49話 脱出路

 解放された『火焔鳥』は八つに分かれ、縦横無尽に飛翔。少女が遺した物全てを燃やし尽くしていく。

 世の魔法の研究者であれば、全てを投げ出してでも読みたいだろう魔法書。

 悪口や愚痴、罵倒が殴り書きされた無数のメモ。

 たくさんの服や家具。

 ありとあらゆる物が炎に呑み込まれていく。

 けれど、熱くもなく、息苦しくもない。『燃やす』という概念より、浄化、消滅だな、これは。

 アトラの手を引き、部屋を歩きつつ呟く。


「……ここまでくると、もう魔法というより生き物なのかも?」

「!」

「そうだね、進もうか」

「♪」


 幼女が楽しそうに、声なき歌を歌い始めた。

 それは、優しさ、嬉しさ、楽しさ――別れの悲しさを歌うもの。

 炎の中、僕達の周囲に、キラキラ、と光が踊るかのように舞う。

 嗚呼――おそらく、僕が見ている物は、僕がずっとずっと見たい、と念願していたものなのだろう。 

 手を伸ばし、光に触れる。

 温かい。同時にそこにあるのは、深い深い悲しみと、強い強い悔恨。

 ――頬を涙が伝っていく。


「あ、あれ?」


 慌てて、袖で涙を拭う。

 けれど、拭っても拭っても、涙は溢れ出て止まってくれない。

 アトラが、歌うの止め、心配そうに仰ぎ見て来た。


「?」

「……大丈夫だよ。うん、大丈夫。ありがとう。君は優しい子だね」 

「♪」


 笑みを浮かべ、再度、歌い始める。

 これだけ、慕われたのなら……あの少女も本望だろう。

 ――遺物を燃やし尽くしながら、更に部屋を進んでいく。

 途中、少女の鞄とリボンが入った小箱を拝借。

 アトラがせがんだので、両手両足と前髪に濃い紫色リボンを着ける。

 まぁ、あの少女もこれくらいは許してくれるだろう。……多分。

 鞄の中に、果物を数個入れどんどん進む。

 『火焔鳥』は、僕の意思通り植物達は一切燃やしていない。とてもいい子達だ。

 やがて、一羽戻り、二羽戻り……遂に、八羽全てが戻り使命を終えたことを悦ぶかのように僕とアトラの周囲を舞った後、虚空へ消えた。感謝を呟く。


「――ありがとう。アトラ、背中に乗るかい?」 

「! ?」


 僕等が入って来た入口の反対側――出口の前で『火焔鳥』へ手を振っていた、幼女へ尋ねる。

 すると、頭を抱えて考え込み始めた。

 どうやら、手を握ったままか、背中に乗るか、を悩んでいるらしい。

 くすり、と笑いつつ、出口へ触れる。

 魔法式が瞬時に蠢き――すぐさま、大人しくなった。

 静かに声をかける。


「君達の主は逝ったよ。ここにもう彼女はいない。彼女が遺した物もない。けれど、彼女と長い時を過ごした子達は生きている。これからは、どうかその子達を守ってほしい。僕はアトラを引き受ける。約束する。――僕の両親と妹、僕の名に誓うよ」 


 魔法式が少しだけ紅く光を放ち――扉が開いた。

 外は漆黒の闇。

 奥の方から、燐光が次々とついていき路を淡く照らす。

 随分と長い。何処まで続いているのやら。

 まだ悩んでいる幼女を抱きかかえる。


「!」

「さ、行こうか」

「!!」 

「すぐに決めない悪い子には、こうだっ!」

「!!! ♪」


 アトラをぎゅーっと抱きしめる。幼女は腕の中で、笑う。

 部屋を出て歩き出す。

 ――この笑顔を守る為、戦火の中で恋人を喪ったことで一度は狂いかけ、半ば東都を焼き、強制拘束戦略魔法式すら構築してみせた、あの少女は全てを差しだした。

 地位。名誉。財産。家族。故郷。

 果ては――……自らの命までも。


 『炎麟えんりん』『石蛇せきへび』『雷狐らいこ


 彼女の実験記録に書かれていた三つの大魔法達。

 国家による四つ目の捕獲は阻止したようだ。

 内、『炎麟』そして『石蛇』は……『奴等』に奪われた。

 この『奴等』というのが何を指しているのかは不明。しかし、彼女が守護に失敗する相手。余程の化け物だろう。

 けれど、この子だけは、この子だけは……守り抜いたのだ。

 この塔は彼女の墓所であり、この子を守る最後の場所。

 けれど、彼女とて人の身。時間が経てば少しずつその魔力も弱る。

 僕が放り込まれた際、アトラを縛っていた鎖は、その『奴等』が近付いたこの子に無理矢理、はめたのだろう。牢などの設備もおそらくは。

 それでも……この子を守りながら、自らの記録、その大半を数百年、渡さなかった。そこにあったのは、きっと贖罪なのだろう。

 何にせよ――心の底から感嘆する。


「…………大した人ですよ、貴女は」

「?」

「ん~何でもないよ。そうだ。外に出たら、僕の腐れ縁と妹、それに教えてる子達を紹介するよ。『炎麟』と『氷鶴』を宿してもいるんだけど……君みたいになるのかな??」

「! !! !!!」


 よじよじ、とアトラが背中へ移動し、身体を左右に振る。

 獣耳と尻尾が動き、とても嬉しそうだ。

 ――この子を解放出来なかった理由は書かれていなかった。

 けれど、想像はつく。

 おそらく、本物の大魔法は一度この世界に顕現してしまうと存在し続ける為には、近くに人の存在が必要不可欠なのだ。

 しかも、無理矢理、力を使わせない人が。

 この塔の壁の隅々に描かれた精緻極まる魔法式は、元々はこの子の為に、この子が生き続けられるよう描かれたもの。……自分亡き後も。

 大魔法に命がある、か。 

 手を伸ばし、幼女の頭を撫でる。


「♪」


 ああ……信じるさ、この子を見れば。

 同時に、覚悟を決める。

 ――おそらく、今回の黒幕は僕がこの子を解放すること、そして、少女の部屋すらも開けることを想定している。

 

 いや、違う。


 今回の大規模叛乱。それすらも、この子と部屋の中身を手に入れる手段。

 つまり、禄でもない人物であると同時に……魔法が衰えつつあるこの時代に、大魔法のことを知っていて、かつ、そうまでしてこの子を手に入れたいと思っている、ということでもある。激突は避けられないだろう。

 少々、身体は痛いけどそれ自体は別に構わない。

 何しろ、僕は約束したのだ。違えるつもりは微塵もない。

 でも……困った。呟く。


「……リディヤへこの『火焔鳥』を渡したら、勢いに任せて一木一草の悉く、全て燃やしてしまいそうだなぁ」

「!」


 アトラが強く抱き着いてくる。余程、怖いらしい。

 まぁ、不完全とはいえ『炎麟』を斬りそうになる子だしなぁ。


「!!」

「大丈夫だよ。……怒られるのはきっと僕だから。他の子達は多分」


 ――遠方に外光が見えて来た。アトラの抱き着く力が強くなる。

 さて、何処へ出るんだろう。

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