第13話 夜猫 下

「…………」


 崩れていく氷棘の上から、幼女が地面へと降り立つ。

 すたすた、と大聖堂奥へと歩く度、黒髪と尻尾、白服の裾が揺れる。

 考え込んでいたアンナが私達を見た。微笑んではいるが――瞳の奥はとても鋭い。


「シェリル王女殿下、リリー御嬢様、『七天』様。私達も参りましょう。今までも、中々御目にかかれない相手ばかりでしたが……最後は、もっととんでもないモノが現れるかもしれません」

「……ええ」「う~! お、御嬢様は止めてくださいぃ~」「了解した」


 私達は意見を了承し、最奥へ向け歩き始めた。

 先程まで、全てを飲みこもうとしていた漆黒の氷棘と氷枝が崩れ、まるで生きているかのように、奥へ、奥へと退いていく。

 アレン達は――肩越しに後方を見る。未だ動きはなく、シフォンとゾイさんが何かの準備をしている。天井に浮かぶ牢の中、ぐったりとした男性の姿が見えた。


「まだぁ~時間がかかりそうですねぇ。アレンさんがここまで時間をかけて組む魔法……うふふ~♪ ちょっと楽しみですぅ~☆」


 大剣を肩に乗せながら、リリーがニコニコ。

 ……戦後は、この子とも『お話』をしなくちゃいけないわね。

 何しろ、リンスター副公爵家長女。

 『公女殿下』の敬称を持つとはいえ、私やリディヤよりも諸々動き易いわけだし……『味方』にするのか。それとも、『敵』にするのかを見極めないと! 

 ただでさえ、私は出遅れているんだしっ!!

 魔杖を握り締め、私がそんなことを思っていると、猫耳幼女の歩が止まった。

 自然と私達の歩みも止まり――前方の【扉】を見る。

 漆黒の氷棘と氷枝が飲みこまれていき、虚空に浮かぶ片刃の短剣が力なく地面と突き刺さった。同時に、ずっと継続していた魔法陣の明滅も止む。


「……終わった、の?」


 油断なく魔法を紡ぎながら、思わず私は独白した。

 信じ難い破壊を振りむいた相手にしては、呆気ない――生ぬるく、気持ちの悪い風が吹き、頬を撫で、私の金髪を靡かせる。


 ――ゾワリ。


 過去経験したことのない程の怖気が走った。

 他の三人も同じだったようで表情を極めて険しくし、臨戦態勢。

 猫耳幼女が魔短銃を【扉】へ向け、呟く。


「むかしむかしの英雄がくる」

『!』「……やはり、でございますか」


 私とリリー、『七天』が絶句し困惑。……英雄?

 アンナは苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めせる。

 ――ギィィ。

 【扉】が軋んだ音をたて、枠にがかかった。

 防がなくてはならない。絶対に、絶対に、防がなくてはならない。

 本能がそう強い警告を発するも、身体が動かない。私……怯えているの?


「駄目」「それはいけません」


 幼女とリンスターのメイド長が、極寒の吹雪を思わせる口調で零し、無数の閃光が【扉】に叩きつけられた。先程まで、底知れない魔力を放っていた片刃の短剣が呆気なく叩き折られ、高く宙に舞うのがはっきりと見えた。

 急速に悪化していく視界の中、ようやく身体が動くようになる。私達もっ!


「待てっ!」


 『七天』が鋭く警告を発し、私とリリーの動きを制止した。

 諸外国に武名を轟かせるララノアの守護神の秀麗な顔に、余裕は全くない。

 直後――


「躱す」「各個散開を!」


 幼女とメイド長が私達に指示を飛ばすと同時に汚れた氷霧を切り裂き、凄まじい横の斬撃が襲い掛かってきた。

 すぐさま防御用の光華を最大展開しながら、全力で回避行動に移ると、


「任せておけっ!!!!!!」


 ララノアの英雄は輝く双剣に魔力を注ぎ込み、斬撃に叩きつけた。

 周囲の大気が一点に集束し――弾ける。


「っ!」「シェリル様っ!」


 衝撃波で体勢を崩しそうなったところを、リリーに左手を掴まれ何とか堪える。

 『七天』の迎撃で分断された斬撃が周囲の切り裂き、破壊していく。


「これは、とんでもないな……」


 今まで、何処か余裕を持っていたララノアの英雄が乾いた声を発した。

 ――氷霧の中に『人』が立っている。

 怖い、怖い、怖い!

 今まで、アレンやリディヤに巻き込まれて、強敵、難敵と対峙してきた。


 けど……今、目の前にいる相手は違うっ!!!!!


 姿が見えなくても、はっきりと分かる。少しでも油断すれば……間違いなくなく殺される。


「――ん」


 壁に退避していた幼女が魔短銃の引き金を引くと、青と翠の閃光が走った。

 狙い違わず『人』に直撃し、


「「「っ!?」」」


 氷霧を切り裂きながら、あっさりと切り裂かれる。

 それを為したのは――


「片刃の長剣?」「シェリル様っ!」


 『人』――ボロボロの外套を纏った白髪の老人の身体が沈み込んだ。

 一瞬で間合いを殺され、神速の斬撃が私へ向けて放たれる。

 リリーの悲鳴を聞きながらも、魔杖で受け止めようとするも、


「なっ!?!!」


 突如、刃が生き物のように動いき、潜り抜けられる。氷枝で形成されて!?

 幼女とメイド長、『七天』の声。


「させない」「通しませぬ」「舐めるなっ!!!!!」


 漆黒の魔弾と不可視の刃、双剣が老人と老人の刃に放たれ、私自身も全力で後方へ跳躍。防御に回した百を超える光華の過半が切り裂かれ、消失する。

 対して、生気のない老人は魔弾を身体を動かすだけで躱し、アンナの刃を腰に差していた片刃の短剣で受け、その場で背筋を伸ばした。


「えぇぇぇぇぃっ!!!!!」


 直後、リリーの『火焔鳥』が襲い掛かり、直撃!

 周囲が燎原と化す中、幼女は猫耳と尻尾を、ぴんっ! と立て、左手にもう一丁の魔短銃が出現させた。

 宝石のような目を細め、呟く。


「……最初の【天下無双】。六波羅ろくはらの鬼神。面倒くさい。何とかして」

「いや、僕が相手に出来る存在じゃないよ? 此処は、天下の『大魔導』殿にだね」

「黙れ、若造っ! 老人を労わらぬかっ!! 相手は神代の英雄なのだぞっ!!」

『!?』


 仲良く喧嘩しながら、二人の男性が上空の大穴から地面へ降り立った。

 私は目を見開き、思わず叫んだ。


「教授! 学校長!」

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