第1章
第1話 お迎え
トンネルを抜けるとそこは――とにかくもう白かった。真っ白。
ハワード公爵家の本拠地は、今も昔も変わらず王国北方である。
それにしたって、王都と余りにも変わり過ぎませんかね?
寒いって聞いてたからコートは着てきたし、去年の誕生日プレゼントに腐れ縁から貰った、マフラーもしてきたけれど全然足りない予感。
教授が手配してくれた、汽車は快適(初めて一等車に乗った)そのものだったけれど、先が思いやられるなぁ。
北部の中心都市に定刻通りに到着。案の定、外は寒くて身震い。雪が舞ってない事だけは救いだ。
教授から渡されたメモを見ると――どうやら迎えが来てくれているらしい。
「失礼。アレン様でしょうか?」
振り向くと、初老な紳士と――その足元に隠れるように少女が立っていた。
こんな小さな子がメイド?
「はい。僕の名前はアレンですが」
「やはり。私、ハワード公爵に仕えます執事長のグラハムと申します。この子は――メイド見習いのエリー」
「エ、エリーです……」
そう言うと少女はすぐにまた隠れてしまう。男の人が苦手なのかな。
グラハムさんが僕の疑問を他所に、さっさと鞄を手に取る。
「あ、大丈夫ですよ。それ位、僕が持っていきますから」
「いえいえ。アレン様はこれからティナ様の先生なられるお方。失礼な事は出来ません。それに、執事の仕事ですので」
「そ、そうですか。ではお言葉に甘えます」
わざわざ車を回してくれたらしい。流石、公爵家。王都でも乗る機会は多くないのに。
歩きながらちょっとした会話。天候や、食べ物の話。雪はこれでもまだ降ってない方らしい。もう少ししたら、春先までは本格的な冬籠りなんだそうだ。
「それにしても、よく僕の事が分かりましたね」
「それは当然でございます」
「?」
「我が主とアレン様の師である教授は50年に渡る親友なのです。そして、教授は年に数度、此方に滞在なさるのですよ。ここ数年、お酒を飲まれますと決まって話されるのが」
「――なるほど。僕の恥ずかしい笑い話の数々、と言う訳ですか」
「駅構内でお見掛けした時も一目で分かりました」
あの教授は何処まで話しているのか……よもや、四方八方であることないこと笑い話のネタに使ってるんじゃなかろうか。
――今度、腐れ縁に手紙で報せておこう。
「さ、お乗り下さい。少々狭いですので、エリーはアレン様の膝上でも大丈夫でしょうか?」
「へっ? あ、いや、でも嫌がる」
「嫌じゃ、あのその……ありません……」
いや、凄く嫌そうなんだけど。てっきり四人乗りかと思ってたのに、まさかの二人乗りですか。
「エリーもそう言ってますので」
「はぁ……」
「し、しつりぇい……失礼しますっ」
渋々、車の助手席に乗りこんだ僕の膝上に少女が座ってくる。軽っ。ちゃんと食事をしているのだろうか、と心配したくなる位の軽さ。
車のドアを閉め、いざ発進。
それにしても寒い! ヒーターは一応効いてるものの、寒気に負けてる模様。
膝上の少女も震えている。勿論コートらしき物は羽織ってる(凄く質が良い)けど、薄すぎるよ。 もう少し暖かい恰好をしてほしい。
首からマフラー外し、少女の首にかけてやる。驚いた様子でこっちを見るけど、大丈夫、ちゃんと洗濯はしてるから。
「すいません。少し魔法を使っても?」
「魔法でございますか? 危険な物でなければ構いませんが。炎魔法はご遠慮願います」
「ああ、大丈夫です。ちょっとした温度操作ですから」
「温度操作、でございますか?」
「そんなに驚くような魔法ではないかと思いますが……」
何をそんなに驚いているのだろう? うちの研究室なら誰でも出来る魔法だ。
コツは、炎・水・風の三属性を少しずつ調整すること。一気にやると暴発するからね。
車中の中が少しずつ暖まってゆく。うん。これなら耐えられるかな。
「……聞きしに勝る、とはこの事でございますね」
「す、凄いです」
何故かグラハムさんと少女が褒めてくれたけど、そんなに難しくないからね。
実は誰でも出来る魔法だから。みんな、やろうとしないだけで。
「そう言えば、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「私に答えられる事でしたら何なりと」
「僕にとっては幸いでしたが、どうしてこの時期に家庭教師を雇われたのでしょうか? 王立学校の試験は来春。おそらくですが今まで教えられていた方がいたのでは?」
「教授からは何もお聞きには」
「聞いていません。汽車のチケットと住所と迎えが来る、とのメモ書きだけ渡されてそれきりです」
「……一度、お話しないといけませんね」
「ああ、その時は是非」
どうやら、グラハムさんも被害者だったらしい。同士だ!
膝上の少女は何やらさっきからそわそわしている。暑くなったかな。
「ごめん。ちょっと暑くし過ぎたかな?」
「い、いえ、そんな事はない、です……」
まぁ、初対面の男、しかも膝上に乗ってるんだもんな。そりゃ、緊張するよなぁ……。この事は、誰にも話すまい。これ以上、笑い話を増やしても何の得にもならないし。
そうこうしている内に、公爵家の御屋敷が見えてきた。何度かリディヤの実家へ行ったけれども、それに匹敵する広さ。
守衛さんが門を開けてくれて、そのまま中へ。屋敷表玄関前に止められる。
「お疲れ様でございました」
「いえ、ありがとうございました。公女殿下も申し訳ありませんでした」
「い、いえ、此方こそありがとう……へっ?」
少女が膝上で固まっている。いやいや、気付かない程、鈍くないからね。
バレバレです。
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