公女殿下の家庭教師
七野りく
第1部
プロローグ
「アレン……信じられないが、君は王宮魔法士の試験に落ちたようだ」
「はぁ……そうですか」
反応に困る。
筆記は自分でも感触が良かったし、魔法の実技でも失敗はなかったと思う。
けれども――結果は不合格。世の中、厳しい。
それよりも、何よりも……。
「教授、何か仕事はありませんか? お恥ずかしい話ですが、帰ろうにも先立つ物がありません」
「故郷へ戻ろうと言うのかね? 君がその気になれば王都で仕事は幾らでも見つかると思うが」
「僕も少しだけそう思っていましたけど、世の中にはもっと凄い人達がいるようですので」
試験後に王立学校以来の腐れ縁とした答え合わせは良かったんだけどなぁ。
やっぱり、苦手な実技が駄目だったんだろう。上には上がいるものだ。残念だなー。
「本当に残念だ。君とリディヤ嬢は近年稀にみる優秀な生徒だった」
「ありがとうございます。あいつは当然受かったと思うので、今後とも助けてあげて下さい」
「勿論だ。仕事の件だが――僕の旧友が、娘さんの家庭教師を探していてね。春までの仕事だが、給金は良い。どうかね? やってみないか」
「家庭教師ですか――」
王立学校、大学校と延々と教え続けてきた苦い記憶が蘇る。
……あ、大丈夫だな、これは。
「是非、お願いします」
「そうか。では、すぐに連絡をしよう。善は急げと言うからね」
そう言うと、教授は備え付けられている電話機に手を伸ばした。
うん? 相手はまだまだ一般家庭に普及していない電話を持っている家なのか。
……なんか嫌な予感が。
「教授。やっぱり」
「もしもし――僕だ。そうだ、例の件なんだがね。今なら、一人紹介出来る。優秀かって? 僕の30年に及び教師人生の中でも指折りの逸材だよ。うん、そうか。分かった。では、細かい事は後で使い魔に託すよ」
電話機を置き、満面の笑みを浮かべる教授。
「大歓迎とのことだよ。君の生徒はハワード公爵家のご息女で、今春、王立学校への進学を控えられているティナ嬢だ」
「……はめましたね?」
「はは、なんのことかな? とびきり優秀な教え子が田舎に引き籠って楽をしようとしている。そんな勿体ない事を、担当教授として見過ごす訳にはいかないじゃないか」
「別に栄達を望んでいる訳じゃないのですが……ここまで来れたのも奇跡的だったんですから」
「それを正直に言えてしまうのが君の良い所であり、悪い所でもある。なに、君ならばすぐに王都へ舞い戻って来る事になるだろう。僕には分かる」
そんな自信満々に言い切られてもなぁ……公女殿下の家庭教師とは随分と難易度が高――くもないのか。リディヤと同じなんだから、何時も通りにしていれば良いのだろう、きっと。
なお、王国の四大公爵家には、建国時にそれぞれ王族が嫁いでいる関係から、尊称は特別に『殿下』が使われている。他国だと普通は『閣下』だよね。
「分かりました。お請けします」
「そうか。では、早速向かってくれ。場所はハワード公爵家――王都よりも大分寒いぞ。気を付けたまえ」
「教授、汽車代をお借り出来ると」
「これが今日発のチケットだ。一等車を取っておいた。そして、餞別の昼食だ」
「……やっぱりはめましたね?」
「はは、可愛い子には旅をさせねばね。人生とは驚きの連続だよ、アレン君」
そんなに、にこやかな笑みを浮かべられましても……。
まぁ仕方ない。お金を稼がないと田舎に引き籠る――もとい、帰れないし。今から約3ヶ月お仕事頑張ろう。
丁度実家に帰ってるリディヤには、置手紙を残しておこう。向こうは南だから暖かそうでいいなぁ。
生徒はどんな子だろう? 良い子だといいんだけどな。まぁ何とかなるだろう。
今から思えば……そう楽観的に考えていた自分に、目を覚まして! と言いたいところだけど、こればっかりは経験してみないとね、うん。
基礎魔法すら使えない子を王立学校に首席入学させるまで後100日。
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