第51話 約束

 父が話し終え、夜の静寂が周囲を包む。

 僕は今、聞いた話を考え込み――微笑んだ。


「……やっぱり、僕はとても運が良かったんだね。父さんと母さんが僕を拾ってくれる可能性って、天文学的な確率だと思うし」

「……そうだね。僕はともかく、エリンは昔からとても運が良かったよ。半妖精族の人に魔法を教えてもらったり、花竜を見たり、帝国では当時の『勇者』様とお茶も一緒に飲んだりもした」

「それは……凄過ぎるね」


 苦笑し、ワインを飲む。

 年齢的におそらくアリスではないだろう。先代かな?

 そう言えば、父と同じ言葉を彼女も言っていた気がする。もしかしたら。

 父が穏やかに僕を見た。


「――でもね? 僕等にとって、間違いなく生涯最高の幸運は――アレン、君を拾ったことだったよ。君の存在が、どれだけ僕達を支えてくれたことかっ! 君は、本当に……本当に、良い子に育ってくれた。何回でも、何十回でも、言おう。君は僕とエリンの誇りだ。多くの人達が君を慕っているし、これからも、多くの重責を担っていくだと思う」

「…………」


 気恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 間違いなく頬が赤くなってるな。

 手で扇いでいると、父の声が真剣味を増した。


「――同時に、危険な目にも遭遇するだろう。僕には戦う力がない。ただ、多くの本を読み、多くのことを経験してきた。力有る者にはそれ相応の役割があるとも思う。……けれどね? 僕は君の父親なんだ。これだけは言っておかなくてはならない。いいかい、アレン。危なくなったらすぐに逃げるんだ。臆病者、敗北者と罵られようが死んではいけない。……死んではいけないんだっ」


 僕は顔を上げ、父と視線を合わせた。

 その瞳には涙。自嘲を零される。


「……古い考えかもしれない。でも、死ぬのなら歳の順番であってほしいんだよ。君は今や多くのものを背負っている。その一部は……僕とエリンが背負わせてしまったものでもある。時折、思うんだ。君が『姓無し』でなければ、今頃どれ程、先へ行けたんだろう、かと……」

「父さん」


 思わぬ告白に、僕はその場を立ち上がった。アンコさんが跳び上がって、テーブル上に着地し、丸くなる。家の方から複数の気配。

 右手を心臓に押し付け、首を振る。


「そんなこと……そんなことはないよ。僕は、狼族のナタン、エリンの子、アレンだ! そのことが……今まで、どれだけ僕を支えてくれたか!」

「……アレン」

「大丈夫だよ。僕は一人じゃない。親不孝者にもなりたくないし、強い相手と遭遇したら逃げることにも躊躇はないから。約束する」

「……ふふ、そうか。ありがとう。そろそろ、僕は寝るよ。エリンに気付かれてしまったら後で怒られてしまう」


 父さんが立ち上がった。

 まだ、ワインは残っている。


「父さん、ワインは?」

「……飲んでいいよ。もう二本、残っているからね。君とカレンの結婚式用に」

『!』


 家の方から、物音がした。……まったく。

 父さんも楽しそうに笑い、僕へ手を振り家へ戻って行った。

 ……さて、と。


「ティナ、エリー、フェリシア、眠れないんですか?」

「「「!」」」


 気配がし、寝間着姿の少女達が顔を覗かせた。

 目で『そっちへ行ってもいいですか?』と聞いて来たので、頷く。

 すると、少女達はいそいそと内庭へやって来た。

 椅子が足りないので、植物魔法で椅子を足す。


「わーわーわー」「す、凄いですっ!」「アレンさん、その古いワイン……見たことない物ですね? 東方……いえ、西方産ですか?」

 

 番頭さんは平常運転だ。……ただ、その……寝間着が薄い。

 頬を掻き、椅子にかけておいた上着をフェリシアの肩へかける。


「? 別に寒くないですよ??」

「……違います」

「じゃあ、どうして――……あ。きゅう」

「おっと」


 自分の格好によっと気づいたフェリシアは、顔を真っ赤にし目を回した。

 慌てて抱き留め、椅子に座らせる。困った番頭さんだ。


「「…………」」


 教え子達がジト目で僕を見ているのには気づいている。正直、エリーも何か羽織ってほしい。アンコさん、ケープか何かを届けてくれませんか?

 すると、黒猫姿の使い魔様は一鳴き。エリーの背にケープがかかった。


「わっ! あ、あれ? 私のケープ??」

「ありがとうございます、アンコさん。さ、座ってください」

「は、はひっ!」

「……先生、どうしてぇ、私には何も羽織らせてくれないんですかぁ? これは、贔屓ですっ! 贔屓は良くないと思いますっ!!」

「ティナはとっても元気じゃないですか。フェリシア、ワイン」

「――……飲みます」


 目を回していた番頭さんが復活し、上半身を起こした。

 そして、自分が上着を羽織っていることを認識し「あぅ……」ほのかに頬を染め両袖を掴んだ。

 そんなフェリシアを、ティナとエリーは何故か羨ましそうに見つめている。

 グラスへワインと水を注ぎ、少女達へ渡しながら、微笑みかける。


「それじゃ、少しだけ僕の夜話に付き合ってください。――王都のリディヤ達には内緒ですよ?」


※※※


 翌朝。

 僕達はララノア行きの準備を整え、内庭へ集まっていた。

 ティナ、エリー、フェリシア、そしてゾイは次々と母さんと抱きしめ合っている。

 ……人見知りなゾイが、あそこまで懐くなんて、母さん恐るべし!

 グリフォンの世話をしているギルが話しかけてきた。


「アレン先輩、此処からは予定通りでいいんすよね?」

「うん。まずは四英海へ出よう。そこでララノアからの遣いが来る筈だ。――ギル、君は」

「仲間外れは無しっす。名ばかり公爵ですし、権益そのものも全部アレン先輩にあげるっすよ」

「……仕方ない公爵殿下だなぁ」

「大学校の先輩が悪い人なんすよ。――アレン先輩」


 ギルが僕の名前を呼び、注意を促して来た。

 振り返り――父のナタンと視線を合わせる。


「「…………」」


 お互い無言で会釈。

 分かっています。約束は守ります。だって、僕は父さんと母さんの息子ですから。


「あ~! ナタン、アレン、今、何を通じあっていたのぉ?? 昨日の晩も二人でお喋りしていたでしょぉ~? リリーちゃんとゾイちゃんに、聞いたのよっ!」

「……それじゃ、アレン」「はい、父さん」


 父が苦笑し、少し離れた。

 すぐさま母さんが近づいて来て――優しく抱きしめられる。


「もぉぉ~。――……行ってらっしゃい。気を付けてね? 危なくなったら、すぐ逃げるのよ?? 無理無茶しないでね??」

「……はい。行って来ます、母さん」


 少しだけ離れ、母さんに頷く。

 ティナ達が近づいて来た。


「御義母様、大丈夫です! 先生は私が守りますっ!!」

「あぅあぅ……テ、ティナ御嬢様だけじゃなくて、わ、私も頑張りましゅっ! あぅぅぅ~」

「アレンさんの手綱、しっかり握ります。御安心ください……その、お、お義母様」

「アレンさ~ん★ 昨日の夜、私とゾイさんを起こさなかった理由を教えてください~♪」

「…………せんぱぃのバカ」


 みんな、元気いっぱいだ。妙な気負いも無し。

 僕は少しだけ瞑目し――みんなへ告げた。


「良し! それじゃ行こう、ララノア共和国へっ!!」

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