公女SS『アレン・ハワードはちょっと意地悪 続々』

※アレンは結構な頻度で、モデルに駆り出されます。お人好しな為、基本断らないんです。

※そこで撮影されたものは、リディヤがせっせと収集しています。これは13歳で出会って以降、ずっと続けていて、あの子の趣味でもあります。書籍版で、ちらっとリィネが触れているのはそのアルバムです(映像宝珠もある)。

※王立学校に入った後はカレンも密かに協力していて、数少ないアレンの小さい頃の映像と交換したりしています(当然、アレンは知らない)。

※ステラはそれを知りません(※実は、エリーがこっそり集めていたりする)。


※※※


「はい! お疲れ様でした~♪ これで、本日予定していた撮影は全て終了となります。ありがとうございました!!」

『ありがとうございましたっ!!!!!』


 心底満ち足りた表情の店長達が、長椅子に座る私達へ一斉に頭を下げた。

 私はアレン様の膝を枕に眠るアトラを優しく撫でて、微笑む。


「いいえ。とても楽しかったです。緊張するアレン様も見られましたし」

「今日のステラはちょっとだけ意地悪ですね。僕なんて、苦手なことだらけなんですよ?」


 獣耳幼女を挟んで座る礼服姿の家庭教師様が、苦笑した。

 撮影を開始して随分と時間が経ったのに、たったそれだけのことで心臓が早鐘のようになってしまう。

 嗚呼……私、今晩眠れるのかしら? 


『ステラ! 店長への念押しを忘れないでっ!!』

『今日撮った映像は、ぜっったいに手に入れなきゃダメっ!!』


 脳裏で白と黒の天使達が、頬を上気させ翼を羽ばたかせている。

 た、確かにそうね。

 基本的には三人の構図が多かったけど、中にはステンドグラスの下、私とアレン様の、ふ、二人きりで取った映像もあったし……。

 もじもじしながら、店長へ視線を向ける。

 すると即座に目で答えてくれた。


『分かっております。万事、御任せ下さい!』


 ――神様は本当にいるのかも。

 嬉しくなってしまい、私は子供のように身体を揺らした。キラキラと無数の白氷華が舞う。


「おっと。ステラ、疲れましたか? 魔力が漏れていますよ」

「あ……」


 アレン様が左手を軽く握ると白氷華は消失した、私は頬を赤らめる。

 い、いけない。いけないわ。ステラ、貴方は次期ハワード公爵にして、栄えある王立学校生徒会長なのよ? 

 たとえ、どんな状況でもそのことを忘れるなんて……。


『そうよ! 流石はステラだわ!!』

『はぁ……本当に甘いわね。だから、リディヤさんやカレンに負けるんじゃないの? 恋は戦争なの! そう古に書物に書かれているのっ!!』

『! あ、貴女、何を言っているのよ!? ステラにはステラの進み方があって……』

『恋敵は強大なの!』


 黒の天使が、脳裏で白の天使に指を突き付けた。

 次いで、厳しい戦況を口にする。


『リディヤさんはアレン様の相方。カレンは世界に一人しかいない妹。フェリシアはアレン商会の番頭で、全権を委任されているわ。シェリルさんやリリーさんに到っては、実家の力を使う事に躊躇いがない』

『そ、それは……そ、そうかもしれないけれど……。で、でも』

『今、勝負すべきだわっ! 今なら、『剣姫』や『雷狼』はいないんだからっ!!』

『そ、そんなこと、出来るわけないでしょう!?』『やるのよっ!』


 白と黒の天使が取っ組み合いを開始してしまった。

 えっと……この後、私はどうしたら?

 もじもじしていると、アレン様が窓の外を見つめられた。


「雨が降ってきたみたいですね」


 何時の間にか天候が変わっていたようだ。

 ステンドグラスの下、二人きりで撮影した時は晴れていたのだけれど……良かった、あの映像は絶対に欲しいし。

 アレン様は少しの間だけ黙考されると、立ち上がられた。

 そして、ほくほく顔の店長へ思わぬ言葉をかけられる。


「ごめんなさい、まだ、撮影は出来ますか?」


※※※


 小雨の降る内庭の石畳を、礼服姿のアレン様に傘を差されゆっくりと歩いて行く。

 建物の壁には先程までなかった植物の枝が這い、足下には露に濡れる無数の花々。水魔法と風魔法の併用で周囲の小雨は制御され、濡れることもなく、雲間から微かに覗く陽光に時折反射し、煌めく。

 とても幻想的な光景だ。 


『僕の我が儘にステラを付き合わせているので、多少の演出が必要かな、と。借り物のドレスを濡らすわけにもいきませんしね。あ、植物魔法のことは、店長達に内緒ですよ?』


 そう言って、隣を歩く礼服姿の魔法使いさんが生み出してくださったのだ。

 何度見ても、本当に、本当に凄い。そうとしか言えない。

 やや離れた場所で撮影中の店長達も興奮しきりで、映像宝珠を構えている。何処から持ち出して来たのか、乳母車に乗ったアトラは未だおねむなようだ。

  

「懐かしいですね」

「?」


 アレン様が立ち止まられ、微笑まられた。

 ――ドキン、と心臓が高鳴る。

 その横顔から視線を外せない。外したくない。


「出会った頃、カフェの帰り道でステラとこうして帰りましたよね?」

「――はい。覚えています」


 嘘だ。忘れる訳がない。忘れる筈がない。

 私は……私はあの時から、貴方のことが!

 傘を差しだされ、優しい笑顔のアレン様が私と向き合われる。

 ――陽光が差し込み、私達を包み込んだ。


「遠い昔のようですけど、僕は君の家庭教師を引き受けて良かったと思っています。これからもどうかよろしくお願いします」

「アレン様……」


 胸の中に歓喜が巻き起こる。

 嬉しい。嬉しい! 嬉しいっ!!


『『抱き着いてっ!!!!!』』


 白と黒の天使が同時に叫び、私は自然とアレン様へ両手を伸ばし――


「ステラ!」「きゃっ」


 先に抱きしめられてしまった。身体が宙を舞い、髪が風で靡く。

 ――陽光が消え、無数の炎羽が舞い散った。

 こ、これって!

 地面へ降り立つと、戸惑う私を背中に回し、アレン様は傘を手渡してくださった。

 軽い足音がし、紅髪の獣耳幼女――大精霊の一柱『炎麟』のリアが私に抱き着いてくる。ちゃんと可愛い雨具姿だ。


「ドレス、ずるーい! リアも、リアも~」

「リ、リア!? じ、じゃあ、やっぱりこの炎は……」


 アレン様が獣耳幼女の頭を軽くぽんぽんとされ、嘆息された。

 額に手をやられ、紅の傘を差し微笑む美少女の名前を呼ぶ。


「……取り合えず、落ち着こうよ、リディヤ」

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