第10章

入学式の朝に:首席の少女と少年と

「ん……こんなものかな?」


 良く晴れた春の朝。王都、リンスター公爵家御屋敷。

 朝食を食べ終えた僕は自室に戻り、姿見に自分を映し小首を傾げていた。

 頭には制帽と上着はブレザー。王立学校の制服。

 ――今日は王立学校の入学式なのだ。

 見慣れないせいか、どうにも違和感あり。

 ……あんまり似合ってないかも。 


「うふふ♪ アレン様、とてもお似合いでございます☆」

「!」


 いきなり、後方から声がした。

 振り返るとそこにいたのは――


「ア、アンナさん……その……ノックもなしに部屋へ入るのはですね……」

「致しましたよ? 静音魔法付きで★」

「…………」


 リンスター家メイド長のアンナさんが悪戯が成功した子供みたいに笑う。

 ……この人には勝てない。

 そのことはこの数日、御屋敷に滞在し、十二分に理解したので沈黙。

 胸元の赤ネクタイを微調整。すぐさま、手が伸びてきた。……気配すらない。


「アレン様♪ ネクタイが曲がっております。――はい。これで大丈夫でございます♪」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ドキマギしながら、どうにか御礼を言う。

 頬を掻き、質問する。


「えっと……リディヤ様はまだ……」

「おやおやぁ~? アレン様、私、耳が悪くなったようでございます。はい★ もう一度、でございます」

「……リディヤはまだ着替えているんですか? そろそろ、向かわないと時間がないんじゃ……」


 メイド長さんの圧力に屈し、今年度の王立学校首席合格者にして、王国四大公爵家の一角、南方を統べるリンスター公爵家長女、リディヤ・リンスター公女殿下のことを尋ねる。

 王立学校入学生は、原則として入学式に制服を着用するのだけど、は別。

 そのたった二人だけは礼服やドレスを着て壇上へ登り、王立学校長『大魔導』ロッド卿から直接、首席と次席の証である銀飾りを受け取るのが慣例なのだ。

 アンナさんが困った顔をする。


「それがでございますねぇ……駄々をこねておいでで~。アレン様、お願いいたします♪」

「……いや、僕が説得しても状況が改善されるとは」

「お・ね・が・い、でございます★」

「…………はい」


 僕は、この数日で何度目か分からない敗北を喫し頷く。

 ……でも、臍を曲げているんだよなぁ。

 頬を掻き、制帽のつばを下ろして、アンナさんへお願いする。


「一応、話してはみます。駄目だった場合は御助力ください」


※※※


 自室を出て、隣の部屋をノック。

 中からは不機嫌そうな声。


「……何? まだ、準備は出来てないわ」

「あ~……僕だけど」

「!? 痛っ!」


 物が倒れ、バタバタと駆ける音が扉に近づく。

 ほんの少し扉が開いた。

 隙間越しにの美少女が僕へ問う。何を着ているのかは見えない。


「な、何よ?」

「そろそろ時間だけど……準備は出来たかなって」

「ま、まだって、言ってるでしょう?」

「そっか。なら、僕は先に行ってるね」

「! ま、待ちなさいっ!!」

「わっ」


 扉が更に開き、細い手が僕の腕を掴んだ。

 そのまま、無理矢理、部屋の中に連れ込まれる。

 扉が荒々しく締められた。

 僕は文句を言おうとし――


「………………」


 息を飲んだ。

 訝し気に公女殿下が僕の顔を覗き込んでくる。


「? どうしたのよ?? 変な顔して」

「あ、い、いや……その、ね……」

「??? 何よ。はっきり言いなさいよっ! ……に、似合ってないって言いたい」

「違うっ!」

「!」


 思わず大声が出てしまった。

 そっぽを向き、たどたどしく褒める。


「ご、ごめん。だけど、似合っていると思う、よ?」

「あ……う、うん……あ、ありがと…………」


 ――リディヤ・リンスター公女殿下は、淡い紅のドレスを身に着け、薄くお化粧をしていた。

 ただでさえ、この子は喋らなければ完全無欠な美少女なのだ。

 そこに大人の雰囲気が加わりとても蠱惑的に見えてしまい、心臓に悪い。

 部屋の中に変な空気が満ちる。

 僕は手を振り質問。


「着替え終わってるみたいだし、何か問題があるの?」

「…………」


 すると、公女殿下は頬を膨らませて、不機嫌そうに僕をじっと見た。

 手を伸ばし僕の制帽を取ると、深く被る。


「…………本当はあんたが首席なのに」

「あ~……それは仕方ないよ」


 ――入学試験の結果だけならば、僕は首席だったらしい。

 けれども、今年度の入学生には目の前でむくれている公女殿下の他にも、幾人か高貴な出の人達がいるらしく、狼族の養子である僕が首席になるのは難がある。

 まぁ、辞退する代わりに学費免除を貰ったし、僕は満足している。

 でも……紅髪で、僕よりも背の高い美少女は不満気。


「な・に・が、よっ!!! 私が首席で挨拶するのはあんたへの貸しだけど」

「貸しなの?」

「茶々を! 入れる! なっ!」


 公女殿下の手刀高速三連撃が容赦なく襲い掛かってくる。

 ひょいひょいひょい、と躱し制帽を奪還。


「あ! こ、こらっ!!」 

「それはもう納得したじゃないか? 他、何が気に喰わないのさ??」

「………………」


 むすっとし、美少女が僕を睨みつける。

 その表情は何処となく、拗ねている妹に似ていて――自然と、頭をぽんぽん。

 公女殿下が後退る。


「っ!?」

「あ、ごめん。つい癖で……」

「い、いきなり、そ、そういうこと、するのは、反則、反則よっ!」

「うん、ごめん。嫌ならもうしないから」

「え……」


 途端に公女殿下はしゅんとし、僕を上目遣いで見る。

 思わず、噴き出す。


「ふふっ」

「な、何よっ! き、斬るわよっ!!」

「折角の入学式なのに、斬られるのは嫌だなぁ。――大丈夫だよ。でも、僕が三席になったことを気にしてくれてありがとう」


 頭を下げ、謝意を示す。

 ――そう、僕の王立学校入学の席次は、当初、学校長と話した『次席』ではなく、『三席』となった。

 何でも、とんでもない御家柄の方が同級生にいるらしく、数日前、次席を譲るよう依頼があったのだ。

 条件は『返済義務無しの奨学金』。

 公女殿下は反対されたけど、僕はあっさりと受諾した。両親への仕送りを増やせるのなら、是非もないのだ。

 紅髪の美少女が頬を赤く染める。


「っ!!! き、気にしてなんか……そ、その……わ、私は、じ、自分の下僕が不当に貶められたのが、気に喰わないだけで…………ほ、ほらっ! い、行くわよっ!!」

「うん。それじゃ、はい」

「……え?」


 手を伸ばすと、公女殿下は呆けた顔をした。

 まじまじと、手を見つめ、次いで僕を見る。微笑む。


「今日はドレスだし、転んだら大変かなって」

「! そ、そうね……うん。そうね。す、少しは、わ、分かってきたじゃない」


 おずおず、と手を伸ばし僕の手を握った。

 僕は制帽を取り、少女に被らせる。


「わぷっ!」

「緊張してるなら、王立学校に着くまでは被っていていいよ」

「……ふんだっ!」


 そう言いながらも、公女殿下は制帽を深く被りなおした。

 その頬は、林檎みたいに赤くなっていた。   

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