第6話 北の夏 下

 お車に乗り御屋敷へ向かいます。

 懐かしい風景。新緑が美しいです。

 ティナ御嬢様が窓を開けられる、気持ち良い風が入ってきました。


「見て、御姉様、エリー! 凄く緑が濃いわっ! 今年は、お天気が良かったのね」

「あぅあぅ、テ、ティナ御嬢様、危ないですよぉ」

「ティナ、グラハムに迷惑をかけたりしたら駄目よ」

「えー。だって、嬉しいんですっ!」

「仕方ない子。後でアレン様へのお返事に書いておくわね」

「!」


 すぐに窓を閉められて、居住まいを正されてお澄まし顔。

 でもでも、その、あの……ステラ御嬢様が、噴き出されました。


「む……何ですか、御姉様。私の顔に何かついてますか? エリー?」 

「えっと……あはは」


 私を見てくるティナ御嬢様の視線を受けて、苦笑します。

 これは、取ってあげて方がよろしい――隣に座られているステラ御嬢様が手を伸ばされて、ティナ御嬢様の頭にくっ付いていた葉っぱを取ります。


「アレン様がいたら、きっとからかわれていたわよ? ティナをからかう機会は逃さない方だし」

「せ、先生は意地悪なんですっ! 御姉様やエリー、リィネには甘いのに。……今度、会ったらお説教しないといけませんっ」

「ア、アレン先生は、ティナ御嬢様にとっても、とっても、あ、甘いと思います!」

「そうね。ちょっと妬くくらい」

「ど、どこをどう見れば、そんな感想になるんですかっ! ……二人して、私をからかってぇぇぇ。もう、知りませんっ!」


 ぷいっ、と顔を背けられてしまいました。

 ティナ御嬢様は知らないんです。普段、御嬢様を見ているアレン先生の優しい瞳を。

 ……でも、少しだけ悔しいので教えてなんかあげません。

 ステラ様が悪戯っ子のような笑みを浮かべられて、私を見ました。


「(ティナには内緒、ね?)」

「(は、はひっ!)」

「………………御姉様、エリー?」

「何でもないわ」

「は、はひっ! な、何でもないですっ」

「う~! 私だけ、除け者にしてぇぇ……二人共、意地悪っ」 

「当然よ。だって、ねぇ?」

「わ、私達はア、アレン先生の生徒ですからっ!」

「私だって、そうだもんっ。……今回の件は、いっぱい迷惑をおかけしたけど。でもでも、私も、私だって、先生のっ」


「――うっほん」


 前から旦那様の大きな咳払いが響きました。

 お爺ちゃんも、苦笑しています。あぅあぅ。


「…………お前達がアレン君を慕っているのは、よくよく分かった。分かったから、少しは慎みを持て」 

「「「はーい」」」


 三人で声を合わせます。

 でもでも、きっとアレン先生は、今の私達で良いよ、と言って頭を撫でてくださると思うんです!


※※※


 御屋敷に到着した後、ティナ御嬢様は挨拶もそこそこに、私を連れて温室へ。

 途中、庭師の人達とお喋りをしながら部屋へ向かいます。

 

 ――見えてきました。

 

 扉を開け、中へ。

 部屋は綺麗に掃除されていました。何時でも、帰ってきても大丈夫なようにしておいてくれたみたいです。

 歩きながら本棚や、机、椅子を指でなぞられ、振り返られました。

 何時もの笑顔です。でも。


「ねぇ、エリー」

「はい」

「信じられる? 私、去年、ここで本を読んだり、植物の世話だけをして過ごしていたのよ?」

「はい」

「それが、今の私は王立学校の首席生徒で、極致魔法を――『氷雪狼』だって使える。去年の私が聞いたら何て言うかしら? 御伽噺? それとも夢?」

「ティナ御嬢様」

「……今でも時々、夢じゃないかしら? って思うの。朝、起きたら、全部全部、夢で、先生と出会えてもいないんじゃないかって」

「――大丈夫です」


 近付いて優しく抱きしめます。

 アレン先生ならそうなさる、と思うから。


「夢でも、御伽噺でもありません。悲しいこと仰られないでください。きっと、アレン先生だってそう言われます」

「……先生は、私を嫌われたんじゃないかしら」 

「そんなこと!」

「……だって、意地悪するし。何時も迷惑ばかりかけてるし」


「――あら? じゃあ、ティナは脱落するの? 確かにそれも選択肢ね。競争は激しいし?」

「「!」」


 いつの間にかステラ御嬢様がやって来られていました。

 つかつか、と近寄って来られると、椅子に座られます。


「私も、ここでアレン様の授業を受けたかったわ。改めて言っておくけれど、私は――本気だから」

「そ、そんなのっ! わ、私だって」

「だって?」

「う~! お、御姉様の意地悪っ!」 

「エリーは?」

「わ、私は、その、あの……テ、ティナ御嬢様の専属メイドなんですけど……でもでも、ア、アレン先生の御傍にも置いて……あぅぅ」

「我が儘ね。だけど、それくらいじゃないと駄目なのかしら?」

「ス、ステラ御嬢様ぁ」

「ふふ、二人共、可愛いから、つい。でもね」


 くすくす、と笑われていたステラ御嬢様が真面目になりました。

 そして、ティナ御嬢様と私へ告げられます。


「分かっていると思うけど、今の私達じゃ――アレン様の隣に立つことは敵わないわよ? 何より、あの方の隣には」 

「……分かってます。でも」

「ま、負けませんっ!」


 思わず大きな声が出てしまいました。

 御二人が、私を見つめ、噴き出されました。あぅぅぅ。

 ティナ御嬢様が宣言されます。

 

「そうね……誰が相手だろうと、負けませんっ!」

「お姉ちゃんには負けてくれてもいいのよ?」

「だ、ダメですっ!」

「テ、ティナ御嬢様、私に負けてくださっても」

「だ、ダメよっ! エリーはただでさえ、先生に甘やかされてるだからっ! むしろ、私にもう少し譲っても」

「い、イヤですっ」



 この後も、三人で楽しくお喋りをしました。

 ――私は、私達はまだ知らなかったんです。王都に嵐が近付きつつあることを。

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