第10話 片鱗

 凄まじい魔力が、部屋全体を覆い尽くす。

 殿下の周囲が白く染まり、次々と凍結していく。


「ハワード家の『氷』!?」


 この1ヶ月、全ての属性魔法を試した。

 勿論『氷』もだ。

 しかし、殿下は魔法を使えなかった。それがここにきて何故?

 ……原因究明は後にしよう。これ程の魔力、今まで一度も魔法を使った事がない殿下が制御出来ているとはとても思えない。

 

 ――暴走している。


 今の状態は、全開になっている水道管だ。

 幾ら魔力が膨大でも、そんな事を続けていればいずれ枯渇し、最悪の場合――


「ティナ!」

「―――――――!」


 近づこうとするが障壁と化した吹雪を突破するのは至難。

 『氷』の侵攻を遅延させるので精一杯。

 しかも、さっきから炎を展開しようとしても全く発動せず。

 

 ……この、心臓を握り締められているような嫌な感覚は……得体の知れない『何か』がそこにいる。相対すべきじゃない『何か』が。

 

 状況を把握したくても、殿下からの声は猛烈な吹雪に阻まれている。

 ……八方塞がりだ。このままでは先に僕の魔力が尽きるだろう。

 どうする、どうすればいい。考えろ、考えろ――考えるんだ!

 そんな時、部屋の扉が突然、開いた。


「ア、アレン先生、きゃっ!」

「アレン様、こ、これは一体!?」

「エリー! 駄目だ!! グラハムさん! 離れを軍用結界で隔離して下さい。このままでは、全て飲み込まれます!!! 僕は殿下を」

「アレン先生……」 

「――承知致しました。お嬢様をよろしくお願い致します」


 不安気なエリーを連れ、グラハムさんが後退していく。流石は、公爵家の執事長。判断が早い。

 『氷』は更に強大かつ、その猛威を増す。辛うじて食い止めていた侵攻も再開。既に僕の周囲も白に染まりつつある。

 

 炎は使えない。

 光・雷・土も動きが極端に鈍い。

 水と風は反応示すも……怯えている。無理矢理起動させて侵攻を遅延中させているが、その分、魔力効率は凄まじく悪化。

 そして――闇は濃すぎる。こんな所で魔法を展開したら、僕自身も魔力を暴走させてしまうだろう。

 信じてきた考えが大きく揺らぐ。

 明らかに、水・風・闇属性のみに特化し、他の属性を使えなくする程の『何か』がいる。

 僕の力量と魔力を考えればこの吹雪を突破するのは無理。温度操作も何時まで保てるかは分からない。


 ……覚悟を決めるべきかもしれないなぁ。二度とやりたくなかったけど。


 魔力が馬鹿食いされるのを承知で、水・風魔法を発動。自分周辺の温度操作も最小限まで削り、そちらに回す。

 吹雪へ強引に干渉。殿下へ魔法で呼びかける。


『ティナ! ティナ!! 聞こえているなら返事をして下さい!』

『――――ぃ』


 辛うじて聞こえた声を頼りに、再度干渉。

 ……よりも格段にキツイ。あの当時に比べれば、多少なりとも僕も成長しているだろうに。

 どうにか殿下までの回路を構成。手持ちの魔力量を考えると長くは保てない。


『ティナ!」

『――生! 聞――ま――私――何が』

『今、貴女は魔力を暴走させています。そのままでいたら――最悪の場合は、命を喪う』

『――すれば?』


 声は途切れがちだが、届いている。

 後は、殿下が受け入れてくれれば……魔力を振り絞り、回路を強化。

 ――保てて数十秒。


『今から、僕と貴女の魔力回路を繋げ、

『そ、そんな事が可能なのですか?』

『僕は、リディヤが暴走を起こした時にこれで成功しています。不快だと思いますが魔力を――』

『大丈夫です! 何も問題はありません!! 私は先生を信じています!!!』

『っ……』


 即答に絶句。

 他人に自分の魔力を委ねる。言ってみれば、それは自分自身の命を相手に委ねるのと同義だ。普通の神経ではまず躊躇う。

 まして、殿下とはまだ出会って1ヶ月程度なのだ。

 ……これが終わったら、どうしてそこまで信じてくれているのか尋ねる事にしよう。今度こそ、最後まで。


『ありがとう――ではいきます』

『はい!』


 回路を繋げる――凄まじい激痛。

 余りの魔力量に、僕の貧弱な身体が悲鳴を上げる。頭が焼き切れそうだ。

 同時に流れ込んできたのは――怒り、落胆、失望、恐怖、焦燥、そして強い喜び――これは殿下の想い? 深く繋がってしまったせいか、感情が駄々洩れだ……当然、此方の想いも。

 魔力を制御し吹雪を弱める。同時に、炎が息を吹き返す。

 が――先程来、感じている『何か』は健在。吹雪を完全に崩さない。

 もう底が見えている自分の魔力をかき集め、炎魔法『火焔鳥』擬きを発動。


「これで!」


 発動し突入。

 リディヤのそれに比べて明らかに弱い『火焔鳥』はすぐに四散。

 ――十分。の位置は既に把握済み。手を伸ばす。届け!


「ティナ!」

「先生!」


 手を掴み、引き寄せ抱きしめる。可愛いティナが無事で本当に良かった。

 抱きしめた身体は震えている。余程、怖かったのだろう。

 背中を優しく撫でつつ――『何か』に視線をやる。

 魔力の供給を絶たれ、顕在出来なくなり静かに消えていく。

 あれは喪われた魔法の――


「『氷鶴』?」

「――せ、先生」


 視線を下にやると、ティナが顔を真っ赤にしていた。

 ……回路繋げっぱなしだ。慌てて切断。


「無事で良かったです、本当に」

「あ、ありがとうございます……あと、先生」

「何でしょう?」

「私の事は、可愛いティナと呼んで下さいね。心の中でこれからもずっと」

「……善処します」

「ふふ、お願いします」



 この後、泣き顔のエリーが部屋に突入してくるまで、散々からかわれた……二度と魔力は繋げまい。

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