第15話 歴戦の猛者達

 即座に――漆黒の氷で作られた長い片刃の剣、長槍、独特な弓と独特な鎧兜で武装した勇士達が荒野を駆け、突撃してくる。

 後方には【天下無双】を守る氷の騎馬に跨った者達の姿も。直属の護衛のようだ。

 切迫した状況の中、教授が興味深げに零す。


「ふむ……この戦装束。古に滅んだ極東の大国。秋津洲の者達のようだね。『六波羅』というのも頷ける。御老体は魔王戦争時に、幾度かその末裔と死闘を演じられた、と聞き及ぶ。若輩者に是非教授願いたい。先陣は断腸の想いで譲りましょう」

「……若造。こういう時は年下が年上の楯となるものだ。こ奴等のような存在を相手にするのは、骨が折れて」

「先陣は不肖、リンスター公爵家メイド長アンナが♪」


 教授達が普段通り、仲良く? 罵り合っている中、動いたのは栗茶髪で小柄なメイド長だった。

 真っ先に突進してきた、長槍持ちの勇士と相対し、


「申し訳ありませんが、手加減は致しません★」


 漆黒の閃光が走ると共に、氷象の鎧兜を無視してバラバラに

 直後、発火。おそらくは再生防止の為だろう。

 一体目を屠ったアンナは、まるで羽でもあるかのように敵隊列へ飛び込み、その都度、氷象の武器や身体の一部が舞い跳ぶ。

 ただし、最初の一体目以外は、アンナの不可視の攻撃に対応し、致命傷を避けているようだ。信じられない技量!


「――ん。悪くない。とっとといけ。一番倒せなかったら」


 猫耳幼女は満足気に頷きつつも、依然として動こうとしない教授と学校長へジト目を向け、自らも魔短銃に煌めく漆黒の刃を形成。

 アンナの攻撃を突破してきた、斧持ち勇士を射弾と斬撃で無に返し、宣告した。


「相応の代償を払わせる」

「……仕方ないようだね。御老体、ここは協力を」「せぬわっ!」


 教授が指を鳴らし、学校長は木製の杖を虚空から取り出し、大きく振った。

 次の瞬間――勇士達は一斉に回避行動と防御態勢

 誰もいない前方空間の一部が黒い匣に飲みこまれやいなや、地面ごと削り取られ、巨大な竜巻が勇士達の魔法障壁によって阻まれる。

 教授が嘆息し、学校長が苦虫を噛み潰したかのような顔になった。


「……初見であっさりと躱さないでもらいたいねぇ」

「……圧縮上級魔法すらも容易く防ぐ。最強の前衛職たる『侍』とはいえ、相変わらず理不尽が過ぎる」

「泣き言は可愛い者の特権。そうじゃない者は働いて好感度を上げろ」


 巨大な氷の矢を魔短銃の刃で両断したアンコさんが、二人へ冷たく言い放つ。

 ……案外と厳しいのね。アレンは『アンコさん程、優しい方はいないと思うよ?』と言っていたのだけれど。

 そんなことを考えながらも、私とリリー、『七天』の視線は最後方に立っている【天下無双】を捉えている。濃い殺気で肌が粟立つ。何時、戦いが始まってもおかしくない。

 教授が接近してきた長剣持ち勇士の攻撃を、ひらり、と躱しながら、容赦なく頭を蹴りで粉砕し、地面に降り立ち肩を竦めた。


「……仕方ないね。アレンはともかくとしても、リディヤ嬢やテト嬢にサボりがバレると命が危うい。いや、スセやユーリもかな? あの子達は、アレンに対して少々依存が過ぎる。まぁ……来た当初のリディヤ嬢には及ばないが」


 アンコさんとアンナの攻撃を掻い潜り、左右から挟むように学校長へ長槍が突き出される。

 すると、翡翠色の風が吹き荒れ、武器ごと両腕を切断!

 更には杖の穂先に目で見える程の風を集め、二体へ叩きつけ、消滅させた。

 教授を揶揄。


「ふんっ! 栄えある大学校の研究室でそのような……教育者として恥じよ、若造! ついでに――現在、最下位は貴様だっ!」

「……御言葉ですが、御老体。リディヤ嬢のアレンに対する依存の責は、王立学校入学試験以来の筈。つまり――責任は貴方であり、奥手の中の奥手たるシェリル嬢にあると愚考しますが?」

「ぬぅっ!」「教授っ!?!!」


 学校長の秀麗な顔が歪み、私は抗議の叫びをあげる。

 た、確かに、お、奥手なのは自覚しているけれど、そ、そこまでじゃないし……わ、私は私なりに頑張ってきたし。

 不可視の攻撃で数体の勇士を後退させたアンナと、そこへ魔弾の追い打ちを放つ、アンコさんが呆れた指摘。


「皆様、有罪かと~?」「ウェインライトの王女。恋は戦争。あと、奥手なのはリンスターの公女もそう」

「くぅっ!」「へぅっ!?」


 私とリリーは激しく動揺。長い金髪と紅髪が乱れてしまう。

 そんな私達を見て苦笑した教授は、小さな黒い匣を連続して展開。

 一気に収束させ、逃げ遅れた勇士の腕や足を抉り取るも、すぐさま再生していく。


「……全盛期の力ではないとはいえ、高い生前の力量。そして、生半可な攻撃を受けてもすぐさま再生する。厄介極まるな」


 勇士の身体に翡翠風が纏わりつく。学校長の風魔法だ。どうやら、浄化魔法を混ぜているようね。

 そう――……軽口を叩きながらも、百近い勇士達をたった四人で喰い止めている、この人達は紛れもなく歴戦の猛者達なのだ。

 アンコさんが双短銃で四人の勇士を打ち倒し、アンナの広範囲攻撃がそこに追い打ち。バラバラにした後、教授の魔法で掻き消える。


「……ふむ。アンコ、アンナ。ここは協力をすべきだと思うんだ。ほら? 『大魔導』殿に色々と嫌がらせ――こほん。面白いことをしてもらえる機を喪うのは余りにも惜しい」

「若造。貴様っ!? ちっ!」


 放たれた無数の氷矢を風魔法で吹き飛ばしながら、学校長が呪詛の言葉を吐き、一人で十数名の勇士達と渡り合う。噂には聞いていたけれど……尋常な力量ではない。これが、魔王戦争従軍者の力!

 私が内心で驚嘆してると、猫耳幼女は双短銃を斉射。

 【天下無双】を守る騎兵達を吹き飛ばした。

 続けざまにアンナの攻撃が追い打ちをかけ、戻ることを許さない。

 ――遂に、私達との間がぽっかり、と空いた。

 黒髪と尻尾を揺らしながら、アンコさんが淡々と命令を下す。


「シェリル、リリー、アーサー、行け」

「「了解っ!」」「おうっ!!!!!」

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