第16話 全力攻撃

 同時に声を出し、私達は一斉に【天下無双】へ向けて疾走を開始。

 『七天』が不敵な笑みを見せ、叫んだ。


「かつて、世界に武名を轟かせし【天下無双】よっ! 堕ちた神なぞに、その身をやつすなっ! 我が名はアーサー! 汝の一族と浅からぬ縁持つロートリンゲンの末として――」


 双剣が煌めき、氷を纏った白髪の老剣士に斬撃が放たれる。

 アーサーの身体が地を這う程に沈み込み、速度も更に加速。

 そして、【天下無双】の眼前で大きく跳躍し、双剣を振り下ろした。


「貴殿を止めるっ!!!!!」


 片刃の長剣と短剣がまるで時が止まっているかのように動いた。

 斬撃を霧散させ、アーサーの一撃を弾く。

 半瞬遅れ、リリーも間合いを詰め、


「てぇぇぇぇぃ!!!!!」


 老剣士の胴目掛け、大剣を薙いだ。

 ――冷たい金属音が響き、鎧から発生した無数の氷枝によって止まる。


「まだまだぁぁぁ~!」


 炎花が舞い、至近距離でリリーは追撃の『火焔鳥』を叩きこむ。

 猛烈な炎が巻き起こり、老剣士の姿も見えなくなった。

 周囲の勇士達に降り注ぐ魔弾や、教授、学校長の放つ古書にしか記載されていないような魔法の衝撃を肌に感じながら、最後に到着した私もアレンから受け取った花竜の杖を大きく横へ振る。


「逃さないわっ!!!!!」


 王立学校時代、アレンと一緒に創った光属性上級魔法『光芒一閃』を全力発動。

 炎の中、未知の技で移動しようとしている老剣士へ、私が知る魔法の中で最速を誇り、水都に行った後も毎日磨き続けていた、全てを貫く光線で射抜く!


『!』


 初めて、【天下無双】の魔力が揺らめくのを感じた。 

 咄嗟に回避行動と取ると、


「「全力回避ッ!!!!!」」


 アーサーとリリーも叫びながら、なりふり構わぬ様子で後方へと跳躍した。

 直後――猛火が吹き散らされ、吹雪へと変化。

 氷の刃となって、周囲一帯を切り刻む。

 防御用に展開している光華が次々と切断され、巻き込まれた敵勇士をも両断。漆黒の氷と戻っていく。

 黒く染まった吹雪の中から、【天下無双】が姿を現した。左肩が大きく抉れ、罅が走っている。


『…………』


 老剣士が自らの傷に目を向けた。

 すぐさま、氷枝によって埋まっていくも――やれる。

 決して、私達の攻撃が届かない相手じゃないっ!

 厄介な弓持ち勇士を黒匣に閉じ込め、槍使いの攻撃を躱していた、教授の助言が耳朶を打つ。


「長期戦は不利だっ! シェリル嬢、全力攻撃を許可しよう」

「うむ。そやつがにどうにかせよ」

「お早く★」


 復活し、主の援護へ向かおうとする騎兵達を十数の竜巻と無数の絃で抑え込んでいる学校長とアンナも同調。

 猫耳幼女の放った魔弾が、数体の勇士の核を正確無比に射抜く。


「最初の侍はつよい。だから、起きる前に叩け」

「ええ!」「はい!」「了解した!」


 私とリリー、アーサーは瞳に決意を漲らせ、各々の武器を握り締めやや離れてしまった老剣士を睨みつけた。

 すると、全身にますます氷を纏う【天下無双】の眼がほんの微かだけれど細まり、両手に持つ長剣と短剣を一気に交差させた。


「「「なっ!?」」」


 長剣と短剣が漆黒に染まり、次々と新たな氷刃が発生。

 その柄と柄を繋げ、グルグルと頭上で振り回す。

 到底、人の身で振るえる長さではないが……相手は【堕ちた神】なのだ。

 私は、ふっ、と息を吐き、アレンがよくするように花竜の杖を一回転。

 穂先に魔力を集束させ、杖を後方へ。


「リリー! アーサー殿! 準備は?」

「はい」「任せよっ!!!!!」


 激戦場における一瞬の目配せ。そこにあるのは、互いの技量への信頼だ。

 悪くないわね、こういうのっ!


「せぃっ!!!!!」


 私は叫びながら魔杖を、思いっきり【天下無双】へと投げつけた。

 まるで流れ星のように光が尾を引き、一直線に老剣士へと突き進む。数体の勇士達が反応し、主を守らんとするも、アンコさんの魔弾、教授の黒匣、学校長の風刃によって防がれるのが見えた。

 勿論――私が魔杖を投げつけると同時に、アーサーとリリーが再び間合いを詰めていく。


「ゆくぞっ!!!!!」


 疾走する『七天』の双剣が七色の光を放ち始める。

 老剣士の身体から飛び出して来た無数の氷枝を吹き飛ばし、遂には長大な得物と激突した私の魔杖に、アーサーが双剣を叩きつけ――


「『七天』の異名、その身に刻むがいいっ!!!!!」


 裂帛の気合と共に、左右七つずつの七属性魔法。魔力量からして――威力は極致魔法級、合計十四発が至近距離で発動した。

 虹彩が煌めき、二人の間に巨大な魔力がぶつかり合う。


「シェリル嬢っ! リリー嬢っ!」

「「了解っ!!!!!」」


 唇や、身体中から血を流すアーサーが私達の名前を呼んだ。

 私達は一気に間合いを殺し――


「これが!」「私達の!」

「「全力ですっ!!」」


 荒野を左足で踏みしめ、私は全魔力を光属性魔法へと顕現しての右足蹴りっ!

 リリーは、綺麗な動作で前髪の花飾りに触れ――全ての炎花を大剣へ集め、跳躍しながら、振り下ろすっ!

 双剣の圧迫に、私達の全力攻撃が重ねられ、老剣士の得物が大きく弾かれる。


『………………』


 魔力が凝縮して炸裂する直前、【天下無双】の瞳に、微かな、ほんの微かな感情が浮かび――大衝撃が発生した。


「「きゃっ」」


 後先を考えていなかった、私とリリーは吹き飛ばされ――温かい浮遊魔法によって受け止められ、精緻な風属性障壁によって防御される。アンコさんと学校長の魔法だ。幼女とエルフの大魔法士へ会釈をし、やや離れた地面へと降り立つ。

 周囲には勇士達が動きを止め、黒い氷像と化している。老剣士がどうなったかは、視界が悪くてはっきりとしない。魔力も探知不可能だ。

 前で警戒している教授が、アーサーへと端的に問う。


「――どうだい? 英雄殿、手応えは」

「あった。並大抵の者ならば倒せていよう」

「そうだね。だけど、相手は六波羅――……あ~」

六波羅鬼王丸義久ろくはらきおうまるよしひさ。今は亡き秋津洲に生まれた『最初の侍』の一人。あってる?」

「正解でございます~」


 猫耳幼女が、私とリリーへ治癒魔法を過剰にかけてくれながら、教授の言葉を補い、同じく治癒魔法を発動してくれているアンナへ確認した。とても可愛い。

 口はちょっと悪いけれど、アレンの言う通り、やっぱりいい子なのかも?

 数歩先へと進み、リリーが豊かな胸を張る。前髪の花飾りが光った。


「絵本に出て来るお侍さんだろうと、なんだろうと、問題ありませんっ! アレンさんやリディヤちゃん達の前に、私達が頑張れば――っ」

「むっ」「ぬぅっ!」


 大聖堂内の戦闘でもあった違和感。

 アーサーとアンコさんが動き出す中、氷刃がリリーの影から飛び出しきた。

 直前に感知していた紅髪の公女殿下は、身体をよじって一撃を躱し、反撃の『火焔鳥』を放とうとして――急停止した。


「リリー!? どうした、え?」

「お待ちを」


 影から、長大な得物を持つ氷の鎧兜を身に着けた老剣士が姿を現す中、栗茶髪のメイド長が私の左腕を強く掴んだ。初めて見る、強い緊張の色。


 ――地面に何かが落ちて、壊れる小さな音がした。


 見ると、俯いたままのリリーの前髪から花飾りがなくなり、美しい紅髪が戦慄き、深紅に染まっていく。こ、これって……学生時代、リディヤが本気で怒った時にも起きた!?

 教授が、冷や汗を流しながら呻く、


「これは……少々マズイのではないかな? アンナ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る