第17話 リンスターの血
途端――
「リリーっ!」「むぅ!」「……これは少々」
先程とは比べ物にならない数の炎花の嵐が吹き、氷像と氷河を燃やし尽くし、荒野一帯を覆っていく。
そんな中、震える手で壊れた髪飾りを拾った紅髪の年上少女は、それを胸に押し付け、
「――……ずっと、ずっと宝物だったのに…………あの人に『御守りです。メイドさんになれるといいですね』って、貰ったのに…………」
小さく小さく呟いた。
すると――全ての炎花がリリーに集結。
少女の姿を覆い、ゆっくりと身体が宙浮かび上がっていく。
私とアーサーは唖然とし、アンナも眉をひそめる。
学校長が真横に杖を薙ぎ、生み出した巨大な風刃で老剣士を牽制。
炎風に靡く紅髪とただ、小声で何事かを呟いているリリーを見て、顔を引き攣らせた。
「若造っ! こ、これは、いったいどういうことだっ!? 今の世代に、『剣姫』以外で『先祖返り』がいるなぞ、聞いておらんっ!! し、しかも、魔力はともかくとして、こ、この構築式……アレンと同質ではないかっ!!!!!」
「僕も聞いていませんよ。ただ……リンスターですからねぇ。予測通りにいった試しはありませんし」
教授も乾いた笑いを零しながら、小さな黒匣を【天下無双】の周辺に展開。
次々と空間を抉り取るも、どういう原理なのか悉く躱される。まるで、少し先の世界が視えているかのようだ。
秀麗な顔をますます歪め、学校長が今度は七つの大竜巻を老剣士を叩きこむ
「ぐぅっ! 夜猫殿っ! アンナ殿っ! どうにかならぬのかっ!? 無論、制御出来るなら良い。……しかし、出来なければっ」
「無駄」「ん~無理でございますねぇ」
竜巻の間を遮二無二突破して来た、老剣士へ魔弾と斬撃の嵐を浴びせながら、猫耳幼女とメイド長は断言した。
アーサーが味方射ちを気にせず【天下無双】へ接近戦を挑み、千を超える刃の光が散る。
「どうでも良いがっ、どうにかせねば格好の的ぞっ!!」
「アンナ、退かせられないのっ!?」
私も援護の光槍を放ちながら、頼りになるメイド長へ問う。
『七天』の斬撃、私の光魔法、教授の黒匣、学校長の風魔法が次々と老剣士へ叩きこまれ、先程よりも更に禍々しさを増した魔法障壁を穿つ。リリーの姿は、今や無数の荒れ舞う炎花に包まれ全く見えない。
アンコさんとアンナが静かな命令。
「跳べ」「皆様、お退きを」
『!』
自然と身体が動き、私達は後方へと跳んだ。
轟音が響き渡り、眼前に深い谷が生まれる。魔弾と不可視の刃が地形を強制的に変えたのだ。
向かい側に残されたのは、片刃の長剣と短剣、氷の鎧兜を貫通され、身体中に傷を負いながらも、あっという間に氷枝によって再生させていく【堕ちた神】。
依然として炎花に包まれ、虚空に浮かんでいるリリー。
そして、双短銃を持っている黒猫幼女だけだ。
少し遅れて、栗茶髪のメイド長も退いてきた。
「アンナ! リリーはっ!?」
「シェリル嬢……もう遅いようだよ」
私が話しかける前に、教授が上空を指差した。
……嗚呼、やっぱりだ。
あの時と……リディヤがゼルベルト・レニエから『嬢ちゃんに、アレンの隣にいる資格はねーな』と言われて、暴れ回ったあの時と。
炎花が弾け、リリー・リンスターは地面と降り立った。
瞳と髪は深紅に染まり、魔力も桁違いに上がっている。
しかも……アーサーが驚愕。
「炎の衣、だと?」
リリー・リンスターは、その身に緋の炎衣を纏っていた。
従妹であるリディヤは背に『翼』を纏っていたけれど、リリーはそこかしこに衣だけじゃなく、周囲に大輪の炎花が次々と顕現していく。
学校長と教授が、大規模軍事演習以外では見たこともない規模の戦略耐炎結界を発動させながら、教えてくれる。
「貴女様ならば、容易に理解されようが……リンスター公爵家の女性には、稀にあのような者が生まれてくる。家祖である【最後の魔女】の血がそうさせるのだろう」
「カレン嬢と同じ所謂『先祖返り』だね。……まさか、リリー嬢もそうだとは思わなかった。これで、リンジー殿、リサ、リディヤ嬢に続いて四人目……いや」
「リリー御嬢様の御母上――フィアーヌ御嬢様もそうでございます」
アンナは少しずつ収まっていく炎花の嵐を見つめながら、やや心配そうに話を補足した。
フィアーヌ・リンスター副公爵夫人。
前『剣姫』であり、リディヤやリィネの御母様である、リサ様とは姉妹同然に育ち、深く信頼し合っていると聞く。
――何より。
胸に左手を押し付ける。
「フィアーヌ様は、『ウェインライト』傍系の出、と父からは内々に聞かされています。繋がりがあることはバレぬように、何重にも戸籍を偽装した、とも」
「……火急の場とはいえ、他国の者である私が聞くにははばかられる内容だなっ! この戦が終わった後は、忘れるとしよう。姿を現すぞっ!」
どす黒い荒野の空に、美しい炎花が散り、結界を貫いて肌を焼く程の炎風が吹く。
次いで、一切の重さを感じさせず、髪と瞳を深紅に染め、緋色の炎衣を纏ったリリー・リンスターが地面へと降り立った。先程まで荒れ狂っていた炎花は見えず、魔力も収まって?
私が疑問を覚えていると、年上少女はゆっくりと顔を上げた。手には大剣を持っておらず、左手に髪飾りを持っていだけだ。
リリーが俯いたまま、弱々しく零す。
「――……宝物だったのに…………挫けそうになる私を何度も何度も、助けてくれた物だったのに…………」
『…………』
【天下無双】は無言。
そして、人では絶対に不可能な程、自らの身体をよじり、
「リリー!!!!!」「避けよっ!!!!!」
私とアーサーが警戒の叫びを挙げると同時に、頭上遥かまで届く氷刃を放った。
助けないとっ!
すぐさま、結界を飛び出そうとうすると、学校長、教授、アンナの手で止められる。えっ!?
【堕ちた神】の斬撃は、狙い違わずリリーを捉え――
七弁を持つ『炎花』によって消失した。
とんでもない事を成し遂げたリリー・リンスターは、髪飾りに浮遊魔法を発動。
唯一人見守っている猫耳幼女へそれを送ると――右手を荒々しく振った。
燎原が広がって行く中、怒れる年上少女の手の中に『剣』が顕現していく。あ、あれって……!
アンナが珍しく厳しい顔になった。
「……『緋衣』だけならまだしも、アレは……如何なリリー御嬢様であっても。やはり、アレン様に急ぎ来ていただく必要がございますね」
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