第8話 誓約
「…………で? 言い訳はもう終わりかしら?」
その日の晩、リンスター家屋敷内庭。
約束した通り、僕は丸テーブルと椅子を出し、少しだけ灯りをともして、御機嫌斜めな紅髪公女殿下とワインを飲んでいる。
アトラとリアはいない。今晩は聖女様と妹のカレンに挟まれ、すやすや。エマさん曰く、昼間はフェリシアと楽しそうに遊んでいたらしい。
ティナ達も大分、頑張って魔法の練習をしていたらしく、ばたんきゅー。年少組三人、同じベッドで寝ていた。
空になり差し出されたリディヤのグラスへ赤ワインを注ぐ。
「言い訳って……ステラはこっちで随分と頑張ってくれたみたいだし、これくらいはしてあげないと可哀想だろう? 彼女とエリーがいなかったら、フェリシアは倒れていたよ?」
「そぉだけどぉ…………私は挨拶回り。なのに、あんたはいない。……ねぇ? これって、おかしいわよね? うん。おかしいわ。ぜっったい、におかしいわっ!」
「偶には、リサさんと一緒に過ごした方がいいって」
「…………わかってるぅ。でも、理屈じゃないのも、分かるでしょう?」
リディヤが頬杖をつきながら、僕へ拗ねた視線をぶつけてくる。
つまみのパンを取り、半分食べさせ、残りを僕も口に含む。
公女殿下の追求は継続。
「しかも……なによぉ、あの髪飾りはぁ」
「良く出来ているよね。あれ、魔法防御性能、相当高いよ。魔法式も付与しておいたしね」
「そーいうことはいってないぃ。…………しかも、ステラの左手首」
「おっと、バレたか」
「……うわき者ぉぉ」
僕がダビドさんの店で買った髪飾りはステラの分を除いて八つ。
ティナ、エリー、リィネ、カレン、フェリシアの分と、他はお土産用。
でも、それだけだとステラが少し可哀想なので、手首に巻くお守り代わりの白と蒼のリボンも贈ったのだ。当然、魔法式をこっそりと付与している。
――ほかの子達の髪飾りも同様。
僕は少しだけ真面目な声を出す。
「あの子達は、これからどんどん成長していく。何れは僕の手を離れていくだろう。でも――今はまだ僕達で守らないと。聖霊教が『血』を集めているのなら猶更ね。フェリシアは、意図に気付いているかもしれない」
「…………とっとと、潰した方が早いんじゃない? で、その後、ララノアへ亡命する!」
「もう、水都へ行っちゃったからなぁ。もう一度、やるのは面白くないよね?」
「あーいえば、こーいう。かわいくない。…………で」
「うん?」
リディヤが右手をテーブルへ投げ出す。
手のひらを向け、何かを僕へ要求。
……こういう時の勘が恐ろしく鋭いんだよなぁ。
出来れば、使いたくないんだけど。
紅の炎羽が舞う。
「……今更、何もなし、で納得しないわよ? 次の言葉に気をつけなさい。場合によっては……」
「ば、場合によっては?」
「――……御母様と御祖母様を巻き込んで、正式に婚」
「分かった。僕の負けだ」
「…………さいごまで、いわせなさいよぉぉ。ばかぁ。かわいくなぃぃ」
グラスのワインを飲み干し、予備のグラスへ変え、白ワインに。
すると、リディヤは自分のグラスを飲み干し、僕のグラスを強奪。
優雅な動作で飲みながら、促してくる。
「さ、とっととしなさい。大体、私にだけ何もなし――なんて、あんたに出来る筈ないのはバレているんだからねっ★ ……と言うか、髪飾りもほしい。指輪、買わせるわよっ!!」
「……持ってるだろう? 前、誕生日に選んだじゃないか。しかも、普段はあんまり使わないし」
「当たり前でしょう? 普段使いして、なくしたらどうするのよ? 第一、あんた以外にそれを見せて、何の意味があるの??」
「……本気でそういうことを言わない。リディヤ、結界を」
「ん」
僕のグラスでワインを飲みつつ、足をぶらぶらさせながら、リディヤは周囲に結界を張り巡らせる。
内ポケットから、丸テーブル上に、ことり、と小さな瓶を置く。
――中には水都の神域で採取してきた水。
小瓶自体にも数十の結界を張っているのだけれど、清冽な気配が漏れ出て来る。
紅髪の公女殿下は興味深そうにそれを眺めた。
「ふ~ん……ねぇ? これ、幾つあるわけ??」
「一本はダビドさんへ渡したよ。数あるドワーフ氏族の中でも、五指に入るだろう細工士のあの人なら、何か出来たら教えてくれる。残りはあと二本。正直、僕の今の技量じゃ三本が限度だ。それ以上だと」
「魔力が強過ぎて、とてもじゃないけど持ち歩けない? ああ……違うわね。貴方自身が成長しない限り、もう扱える代物じゃない、ということね?」
僕は頷く。
これはそもそも神域から離して、人が扱う代物じゃないのだろう。
小瓶の中の水は、一見、何でもない単なる水だ。
だけど、僕はリディヤの結界に介入。
更に強化し――小瓶の蓋を開けた。
「「っ!」」
一気に魔力が溢れ、周囲に渦巻き、周囲が浄化されていく。
ほんの僅かの水で――これ。
水竜と三人の大魔法が関わっただけあって、ただただ凄まじいの一言。
……さて、と。
僕は名前を呼ぶ。
「リディヤ、今から一つの魔法を」
「分かったわ。とっととしなさい」
「……いや、説明をさ」
「いいわよ。あんたになら何をされても」
公女殿下は何の躊躇もなく、綺麗に微笑み、グラスを掲げる。
…………ったく。
僕は、置いてあるパン切り用のナイフを取り
「つっ」
「あ!」
指先を少しだけ切り、小瓶の中に血を入れる。
すぐさま、リディヤが僕の指を優しく握りしめ、無数の治癒魔法を発動。
細目で睨んでくる。
「……自分をきずつける魔法なんて、私の前でつかうなぁ」
「だから、説明しようとしたのに」
溜め息を吐きつつ小瓶を揺らし、混ぜ――魔法式を展開。
水が光り輝き始める。
僕は再度、確認。
「もう、見当はついていると思うけど……。この魔法は」
「――『誓約』の魔法。ふふ♪ うふふ♪ うふふ~♪」
リディヤは満面の笑みを浮かべ、身体を揺らす。
前髪が立ちあがり、右へ左へ。
説明を継続。
「この魔法を使うと、お互いに何かあった時、魔力の変調を感じることが出来るようになる。普通は精々、小さな町の中程度で、半日程度しか継続しないけど。この水を媒介に使えば――王都と南都間位の距離でも分かるようになるだろう。継続期間は、どれ位になるか、正直、見当もつかない」
「そうね♪」
「…………いや、少しは気にしようよ? お互いの魔力を常に感じるようになるかもしれないんだよ? これから、厄介事は間違いなく増える。だから、仕方なく提案しているんだけど……普通は、嫌がる魔法じゃないか」
「??? 何を気にしているのか分からないわ。要は、私とあんたが……イヤだし、気に喰わないし、そうするつもりは皆無だけど、離れ離れになってる際の予防措置でしょう? 私とあんたが一緒なら敵はいないわ! むしろ、遅かったくらいよっ!! さ、とっとと、しなさい♪」
「…………」
散々、思い悩んでいた僕がバカみたいだ。
納得がいかない!
――魔法式を発動。
水が小瓶から溢れ、水の蔦を形成。
僕とリディヤの小指と小指とを繋ぐ。
白炎の羽が舞い、更に一帯を浄化していく。
僕は腐れ縁を見やる。
「どうなっても、文句は言うなよ?」
「言わないわよ。あ、でも一生涯、そのままだったら、もらってくれるのよね? ね??」
「…………君には負けるよ」
水が光を放ち、内包する魔法式を浮かび上がらせる。
内庭一帯に花が咲き乱れ、花吹雪に。
僕達を祝福するかのように、光が明滅。魔力光だけじゃない。
――……光が収まり、周囲に静寂が戻って来た。
小指には何の痕跡も無し。
ただし。
「うふ♪ うふふ♪ うふっふっふっ~♪」
目の前には、恐ろしく上機嫌なリディヤ・リンスター公女殿下。
立ち上がると僕の手を取り、踊り始める。
「お、おいっ」
「あら? 忘れちゃったの? また、今度、練習ね☆ ――アレン!」
止まり、僕を強く強く抱きしめてきた。
そこにあるのは歓喜だけ。
「私、嬉しいっ! 貴方と魔力を繋いでないのに、貴方をこんなに、こんなにっ、強く、強く感じるっ!! 断言するわ。今の、リディヤ・リンスターに敵はいないっ!!! 『勇者』だろうが『聖女』だろうが――何であろうと、問題ないっ!!!!」
「…………『勇者』様は敵じゃないからね? あと、あくまでもこれは暫定措置なのを忘れないように。残る一本は」
リディヤを見つめ、頷き合う。
――これを使う相手は決まっている。
「もう少し成長したら、ティナへ使おうと思う。どう使うかは、まだ考え中だけどね」
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