第27話 フォス商会
「父さん、商談って今日だったよね? 大丈夫? やっぱり……私も着いて行こうか? 試験も終わったし……」
「何を言っているんだい。王立学校が欠席を許してくれるのは体調不良と、身内の不幸かそれに匹敵する重大事だけ。父さんだって馬鹿じゃない。色々と調べておいたから大丈夫さ」
「ならいいんだけど……。今回の商談内容と条件書、私は試験期間で見てないから――大丈夫だよね? 変な条件とかにしてないよね? 今回の相手は公爵家、しかも二家が合同で出資しているって聞いたけど……」
「フェリシアは心配性だな。一つだけ教えてあげよう。これを聞けば、お前も安心するだろう」
「何?」
「今回の商談相手は――17歳の青年だそうだ」
※※※
指定された場所に赴いた私は建物入り口から面食らっていた。
二大公爵家が合同で出資したというから、てっきり王都でも上流階級が住む王宮周辺地域にあるかと思っていたのだが……届いた書面には我がフォス商会近く。しかも『格』から考えればうちよりも下の地区。
まぁこれは事前に分かっていた事だ。
それにまだ商売を開始して僅か三ヶ月とも聞いている。
『箱』だけを立派にしても、単に金を捨てるようなものだろう。
だが……幾らなんでも古過ぎやしないか?
しかも、案内役がメイド?
建物に合わせたのか服も地味で、明らかに安い物だと分かる。相当な美形ではあるが……。
「如何されましたか?」
「い、いや……ははは、お嬢さんのような美しい方が案内役とは思っていなくてね」
「ありがとうございます――此方へ」
――通された部屋もまた地味な部屋だった。
調度品は、机と椅子と花瓶程度。決して高価な物ではない。
これだけを見たら誰であっても、王国全土に名を轟かせている大貴族と関係があるとは思わないだろう。
椅子へ腰かけ考える。
……騙されたか?
いや、これは信頼出来る筋からの話だった。
公爵家の名前を騙るなんて命知らずがいるとも思えない。首が飛ぶ。いや、焼き払われるか、凍結させられるか、か……。
しかし、この建物と調度品ではそう感じてしまう。
条件を良く提示し過ぎたかもしれないな――ノックの音。
入って来たのは笑顔が印象的だが、それ程良いスーツを着ていない青年と先程とは違う美形なメイド――着ている服の質が明確に違う。最上級品か。
「お待たせしました、アレンです。こちらは仕事を手伝ってもらっているアンナ。今日は同席します」
「アンナと申します」
「フォス商会代表のエルンストです」
「よろしくお願いします。早速ですが――本題に入りましょう。今や王都でも知らぬ者がいないフォス商会。その代表のお時間をいただいているのですから、お互いにとって実りある商談にしたいものですね」
そう言ってアレンは微笑んできた。
いきなり開始か――機先を制したつもりだろうが、やはりこうして見ると若い。
……これなら主導権を握ってもっと多くを搾り取れるかもしれない。
まぁこの年齢からすると、そこまでの権利は与えられて――そうか、実はこのメイドこそが。
――これはそういう試験、か。
「提示された条件、読ませていただきました。とても良い条件だと思います。ですが――本当に大丈夫なのですか?」
「と、言いますと?」
「リストから扱いたい商品として、リンスターの赤ワイン、ハワードの農作物を指定されているのは理解出来ますが――この仕入値で儲けを出せるのかな、と」
「出せる、と判断しております。試飲、試食させていただきましたが、素晴らしい。間違いなく売れます。この点、アンナ様はどう思われたのでしょうか?」
「――私は御主人様に従うだけですので」
笑顔ではあるがつれない返事だ。
……表向き交渉の主体はこの小僧、という訳だな。
終わった後で本交渉――読めたぞ。
フェリシア、お父さんだって中々冴えてるものだろう?
お前がいなくてもこうしてやれるんだよ。
「では――どうやって、要求された物量を捌かれるのでしょうか? 失礼ですが……今までこれだけの物量を扱った事はないのでは? 保管場所の目途はついておられますか?」
「確かに公爵家のような大貴族様と取引をさせていただいた事はございませんが……これだけの量、一括納品は難しいのでは? 分割ならば、我々が使っている倉庫でも対応可能です」
「…………提示された条件書には分割納品との文言はありませんが? こちらは、当然一括納品と理解していました」
「失礼ながら、アレン様は商売というものを御存じでない。これだけの量ならば分割と考えるのが普通でしょう。一括納品など――笑い話ですな」
「……そういうものですか。では、最後にもう一点だけ――本当にこの条件でよろしいのですね? 契約書をこのまま作成しても構わないと?」
「? 何を仰られているのか、質問の意味が分かりかねます。その条件書には私――フォス商会会頭エルンスト・フォスのサインもされている筈。勿論、細部については詰めさせていただきたいですが、大筋についてはそのままで構いません」
「……そうですか。アンナ、何かあるかな?」
「何もございません」
「そう――今日はありがとうございました。回答はまた後日」
「えっ? こ、これで終わりですか?」
細部について何も話してないぞっ!
まったく、これだから何も知らない小僧は――アンナ様へ視線を向けると、笑顔ではあるが、その目は極寒。
……何故?
全く原因が思い至らない。
あたふたしていると、小僧が笑顔でこう言ってきた。
「えっと……取りあえず、次があるならばきちんとした話が出来る方を連れて来て下さい。貴方が売ろうとしていた物は『両公爵家』、その家紋が付いた生産物。その意味を考えて下さいね? 相手を呑むのは必要ですが……蔑み程度は隠せないと――公爵家のみならず、貴族と相対するのは今後も難しいと思いますよ? それでは――気を付けてお帰り下さい」
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