交換条件
紅髪の少女に先導されて、屋敷内の広々とした廊下を進む。
窓の外は、すっかり陽がおち、庭のあちこちには灯り。
これから食堂で夕食らしい。楽しみだ。
何分、こんな立派な御屋敷に入ったことなんかないわけで、歩きつつ周囲をきょろきょろ。飾られている絵画や美術品は見るからに凄い物ばかり。
父さんと一緒に、大樹の中へは入ったことがあるけれど……全然違うものなんだなぁ。凄い。
突然、ドレス姿の少女が立ち止まった。振り返り、僕をぎろり。
「……ねぇ」
「う、うん?」
「後ろにくっ付いて来るんじゃなくて、その……」
「?」
押し黙ってしまった。
そして、再度、僕を睨む。ふむ。
何となく、要求していることに検討はついた。
ちょっと拗ねている時の妹に似ているし。
けれど……飾られている絵を見て、違う話を振る。
さっき、受けた恥ずかしい思いの復讐を果たす時は今っ!
――描かれているのは何処かの戦場のようだ。
両手に剣を持ち、勇ましく先頭を進む長い紅髪の美女が描かれている。上空を炎の鳥――おそらく、リンスター公爵家が誇る炎属性極致魔法『火焔鳥』が四羽、飛んでいる。
「この絵、随分と古いね。君の御先祖様?」
「…………そうよ。魔王戦争時代のね。戦争が終わった後、すぐに描かせた物らしいわ。当時の映像宝珠は色彩がなくて、脆かったんですって」
「へぇ~」
終戦後に描かせた、ということは……余程、忘れられない経験だったんだろうな。
約二百年前の魔王戦争は人族と魔族との間の大戦で、数多の英雄が生まれ、散っていたとされている。
僕の名前の由来となった、狼族の大英雄『流星』が活躍したのも同じ時期。
彼のようになれるとは思えないけれど……少しは近づけるよう努力をしないと!
決意を新たにしていると、ずいっ、と公女殿下が近づいて来た。
「ほら、行くわよっ!」
「あ、うん」
わざと、一歩下がる。
すると、即座の斬撃。
これ以上、前髪を斬られるのは御免なので、回避。
少女が頬を膨らませる。
「か、かわすなぁぁぁ!」
「当たったら痛いじゃないか。で、何でしょうか? 公女殿下?」
「……可愛くないっ! あんたは私の何かしら?」
「同級生。あと、王都で初めて出来た友人、かな」
「っ! そ、それは、そう……だけど……。ち、違うでしょっ! あんたは、私の下僕なんだから、わ、私の……その、あの…………う~!」
「わっ! つ、剣を振り回すのは止めようよ? 危ない、危ないからっ!」
「!」
思わず、少女の手を取る。
どうやら、言葉にするのが苦手みたいだ。
目を合わせ注意する。
「あのね? 言葉にしてくれないと分からないことも多いんだよ? きちんと自分がどうしたいのか話してほしいな。今回は、分かったけどさ。で、隣を歩いていいのかい?」
「! あんた……わざと?」
「うん、わざと」
「……斬られたいの?」
「斬ったら、隣を歩けないよ?」
「きーるぅー! ……ふんだっ! あんた、意地悪ってよく言われるでしょ?」
「――……全然」
「あーあー! 今、考えてたわねっ!!」
「いいえ、まさかまさか。リディヤ・リンスター、っ!?」
「公女殿下、って言ったら、本気で斬るわ★」
少女は微笑を浮かべ、短剣を瞬時に抜き放ち僕の首筋へ。ドレスの中に暗器!?
殺気は皆無だし、戯れなのは分かるけど……是非とも再教育したい。
両手を挙げて、降参。
「参った。今のは見えなかったよ。ほんとに君は凄いね」
「嘘つき。本気だったら、どうにでも出来たでしょう?」
苦笑して、返答。
正直言って、この至近距離じゃ分が悪い。
「買い被りが過ぎるなぁ。僕は、何処にでもいる一般平民だよ。魔力だって、平均以下なのは分かるだろう?」
「……魔力は少なくても、魔法制御はとんでもないじゃない。学校長の上級魔法を消失させるとか、どういう技術なのよ!」
「君だって、斬ってたじゃないか。あれの方がおかしいと思うな!」
「「っ!」」
お互い譲らず、睨み合う。頑固な公女殿下めっ!
すると、メイド長さんの笑い声が聞こえてきた。
「リディヤ御嬢様~、アレン様~。そろそろ、食堂へお越しくださいね~? 奥様がお待ちでございます♪」
「「!」」
僕より少し背が高い少女と視線が交錯。
少しだけ、気恥ずかしくなり後退。
アンナさんへ頷く。少女の手が反応。
「あ……」
「すいません、今、行きます」
「はい♪ お願いいたします☆」
メイド長さんが消えた。……うん、分かってきたぞ。
あれ、最初、体術での移動法かと思ったけど、欺瞞だな。
人間業とは思えない程に静謐性を上げた魔法――少女が手をおずおず、と伸ばしてきた。僕の袖を摘まむ。
「?」
「ほ、ほら、行くわよ。……あ、あんたが、言葉にしろ、って、言った、んだからね?」
「言葉じゃなくて、これは行動だけどね。――手、繋がなくてもいいの?」
「!?!! そ、そんなの…………いい、の?」
「繋いだ途端に、斬りかかってこないならね」
「斬らないわよっ!」
頬を大きく膨らます紅髪の少女。前髪が、鞭のように動いている。けれど、表情は歳相応で幼く感じられる。
……何処か寂し気で、自分を追い込んでいる姿よりも、こっちの方がいいな。
手を伸ばし、左手を握る。
「あ……」
「リディヤ、お願いがあるんだけど」
「な、な、なによ」
「――ここにいる間、僕に君の剣技を教えてほしい。勿論、無理ならいいんだけど」
公女殿下が目を見開いた。
僕から視線を逸らし、早口に。
「べ、別に、か、構わないけど」
「ありがとう。その代わり、交換条件として――僕は君に魔法を教える。どうかな?」
「っ!!! …………本気で言ってるわけ?」
「僕は嘘つきじゃないからね」
「…………」
少女は沈黙し、俯いた。
手を握ったから、余計に分かる。この子の魔力量……凄過ぎる。
魔法が使えるようになったら、それこそ『火焔鳥』を初級魔法みたいに連射出来るんじゃ……勿体ない。
公女殿下が口を開いた。
「……言っておくけど、私、初歩の初歩しか使えないわよ? それに――きっと、私の炎を見たら、あんたも」
「そっか。なら、止めようか。僕は君に習いたいし、教えたいけどね」
「…………あんた、やっぱり、意地悪だわ。私が魔法を使えるようになったら、燃やしてやるから…………」
遠まわしな承諾。
微笑み、頷く。
「うん。じゃあ、その魔法を僕は斬ろうかな。さ、行こうよ。お腹が空いてきた!」
「あ、ち、ちょっと、引っ張るなぁぁぁ! ……もうっ!! あ、あんたは私の下僕なんだからねっ!!! …………ありがと」
振り返り、少女へ尋ねる。
「最後、何か言ったかい?」
「! な、何でもないわよっ! ……と言うか、聞こえてたんでしょ? そうなんでしょう??」
「ははは、まっさかぁ」
「…………絶対、絶対、燃やしてやるわ。ついでに斬るっ!」
やる気があって何より。
――……『私の炎』か。
明日にでも、確かめてみよう。
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