第52話 近衛騎士団団長

 東都の外れにある王国軍の宿営地で僕とリディヤを直々に迎えてくれたのは、沈痛な表情を浮かべている近衛騎士団団長オーウェン・オルブライト様だった。熊みたいな巨漢が、今日は何だか小さく見える。

 ……どうやら大分、衝撃を受けておられるみたいだ。無理もない。

 リチャードとは歳は少し離れているけれど、幼馴染の関係。加えて、二人でかつて『王国最弱』と蔑まれていた近衛騎士団を『王国最強』へと育て上げた親友だと聞いているし。

 団長室に使われている一室へ案内されて他の騎士が退室した途端、リディヤへ深々と頭を下げられた。


「……すまん。俺達の尻拭いを、お前さん達にさせる事になっちまった」

「まったくね。近衛が雁首揃えて、あの馬鹿王子一人捕えられないなんて。……うちの愚兄に全部、背負わせてるんじゃないわよ」

「……本当にすまん。あいつがいなかったら、第二中隊は全滅していた。心から感謝している。償いはする。必ずだ」

「リディヤ、大丈夫だよ。心配なのは分かるけど、すぐに大変な事態にはならないと思う。僕の耐火魔法に切り替えてきたから、ね?」

「……別に心配なんかしてないわよ」

「オーウェン様」

「おいおい、この場で様付けなんて止めてくれ。俺はそこの怖い『剣姫』様と違って貧乏貴族の出。爵位だって名ばかり男爵だ。知ってんだろうが?」

「僕は一般平民ですよ。貴族様には尊称を付けないと。リディヤがいなかったら、此処に来れるような身分じゃないんですから」

「ああ? ……姫さんも苦労してんだなぁ。色々大変だろうが?」

「別にそうでもないわ。慣れたし。何れはそういう言い訳も出来なくなる。今の内だけよ。私は寛大なの」

「だ、そうだ。おい! 愛されてんなぁ。かー! 俺の嫁にもこんな時期が――」


 炎の翼が舞う。こらこら。

 『火焔鳥』が展開される前に打ち消すと、リディヤからは強い不満の視線。そんな顔しても駄目だよ。

 ……リチャードがあんな風になって、相当沸点が下がっているみたいだ。

 敵の心配をするなんて可笑しな事だけれど、ジェラルト王子とその一派はこの世で煉獄を見る羽目になるだろう。周囲への延焼対策は強く進言しておかないと。下手すると、その区画ごと燃やしかねない。


「危ねっ! 姫さん、いきなりは止めようぜ。つーか、こいつがいない時はこんな事、絶対にしないだろうが!?」

「……無駄口を叩くか、この場で焼かれるか決めなさい。勿論、あんたの奥さんには、全ての秘密を暴露するわ。愚兄が知ってる事は私も知っているのよ?」

「ハハハ。スマンスマン。オレハナニモシラナイ」

「分かればいいわ。……今のは嘘だからね」

「はいはい。では、オーウェン」

「おうよ」


 触らぬリディヤに祟り無し。いや、触らなくても祟りはあるけれど。今度何処かで聞いてみよう。

 ようやく何時もの調子が出てきたみたいだ。


「既に、奴が潜んでいる屋敷は確定済みだ。すぐにでも包囲出来る態勢は取ってある。皆、リチャードの件で殺気立ってやがるから、抑える方が難しい」

「相手の想定兵力はどれ位なんです?」

「今までで相当削ったし……百を少し超える程度だろう。大半は有象無象だが、多少やる奴らも混じってやがる。陛下の『実力有る者は身分問わず登用する』って政策で恩恵を被った者は数えきれない程いるし、俺自身もその一人なんだが……逆に、今まで血筋だけでお役目を継げてた人間はあぶれたからな。逆恨みしてる輩共も結構いるのさ」

「……屋敷ごと、燃やしちゃ駄目なわけ? 一番手っ取り早いでしょう?」

「確かにその案が一番、犠牲も少ないし、時間もかからないよ。でも……リチャードの腕を焼いた炎、あの正体を突き止めないと。術者を倒しても発動が続く魔法の可能性だってないわけじゃない。その為には、やっぱりジェラルド王子を捕縛する必要がある。それにさ」


 険しい顔をしてるリディヤに微笑みかける。

 王立学校入学以来、一緒だったから分かる――今、この子はとても不安なのだ。 大好きな兄の両腕が喪われるかもしれない。もしかしたら命までも。優しい子だから余計だろう。

 そっと、手を取ると微かに震えていた。

 

「君だけが背負う必要はないんだ。その為に僕がいるんじゃないかな? 大丈夫。僕と君なら何とか出来る。今までも。これからもね」

「……分かってるわよ、バカ。……ありがと」

「うん」

「おーっほん!」

「「!」」 

「わりぃな、青春してるところ。話を続けさせてもらうわ。姫さん」

「な、何よ」

「今のと、俺の嫁さんへの情報、引き換えでどうだ?」

「……私は何も知らないわ」

「話が早くて助かるぜっ! 要はあの馬鹿王子を捕らえて、締め上げないといけないってことだ! 姫さん達には、あの馬鹿王子を頼みたい。理由は分かるな?」

「あの炎ですね」

「おう。リチャードから話は聞いてんだろうが……もし、もしだ。姫さんとお前さんでも止めきれないようなら……俺が斬る」

「それは」

「止めても無駄だぜ」


 強い決意の色。確かにこれは無理だ。

 でも……その場面はこないだろう。止める可能性があるのはリディヤと辛うじて僕か。それでも、命を賭す必要がある。

 何しろ、僕の見立てならあの炎は。



「分かりました。一点だけお伝えしておきます。リチャードの炎を分析したんですが、既知の炎魔法ではありませんでした。おそらくあれは……喪われし大魔法『炎麟』の炎です。発動させれば、東都ごと消し飛ぶ可能性があります。決して発動させないでください」

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