第26話 紅茶と御菓子
カップを温める為、お湯を人数分、注ぐ。
茶葉が入っている硝子瓶を開けるといい香りが立ち込めた。
今日の茶葉はどうやら侯国連合の東方に位置する連邦産かな?
茶葉をティーポットへ入れ、お湯を注ぎ蒸らす。
突っ立ているティナ達を後目に、リディヤは僕の隣へ座り足を組んだ。
「あ!」「あ、姉様!」
「こいつの隣は私のもの。それは世界の常識でしょう? 王立学校ではそんなことも教えていないの?」
「なっ!?」「い、幾ら姉様でも、それは!」
ティナとリィネが抗議。前髪が、ぴん! と立っている。
その隙にカレンはアトラを抱きかかえたまま、僕の前の席へ。
幼女は妹の膝に座りながら、テーブルの上へ小さな手を伸ばした。
「アレン、御菓子。カレンに」
「食べさせてくれるのかな?」
「♪」
嬉しそうに頷くアトラへ、砂糖がまぶしてある一口大の丸い焼き菓子を渡す。これは南方島嶼諸国産だろう。
優しい顔で幼女の頭を撫でている妹へ、アトラが笑顔で焼き菓子を差し出す。
「♪」
「え? に、兄さん??」
「食べてあげてほしいな。ティナ、リィネも座ってください。リリーさん、紅茶と御菓子はいらないんですか?」
「「…………」」
教え子二人は顔を見合わせ、空いている席へ座った。
ベッドで足をばたつかせているメイドさんの動きが止まり、顔だけ此方へ向けてきた。
「……いりますぅ~。いりますけどぉぉ。アレン様、リディヤ御嬢様へ優しさの再履修をお願いしますぅぅ……」
「――……申し訳ない。言葉もありません。ですが、もう手遅れです。メイド服は諦めてください」
「……ちょっと?」
両目を閉じ天を仰ぐ。隣の腐れ縁が睨んでいるのは分かるけど無視。
四年前の僕。夏休みからでも遅くはない。切々とこの子に常識を説き続けてほしい。
右肩に重み。アンコさん、お帰りなさい。リディヤの保護者役、ありがとうございました。
メイドさんが再度、ベッドでバタ足。折角、めかしこんでいるのになぁ。
「ア、アレン様のは、薄情者ぉぉぉ! い、一緒に御屋敷を抜け出して、南都を探検した私を見捨てるんですかぁ!?」
「…………待った」
「何が」「待ったなんですか!」「兄様ぁ?」
三人の公女殿下が微笑。無数の炎羽と氷華が舞う。
何だかとっても懐かしいや。
目の前のカレンは、アトラに焼き菓子を食べさせてもらっている。僕へジト目を向けているものの幼女が気になって紫電までは飛ばさず。
苦笑しながら肩を竦める。
「リリーさん、メイドさんを自称するのなら、ここで御嬢様方の給仕をした方が良いと思いますけど?」
「自称じゃないですぅ! 私はメイドさん、メイドさんなんですぅ~!! リンスター家メイド隊第三席ですっ!!! ふんだっ! 此処に来るのも大変だったんですからねぇぇ……水都中に意地悪な魔法式をあんないっぱい仕掛けてぇぇ。うぅ……昔の可愛らしかったアレン様は、何処へ行っちゃたんですかぁぁ!!!!」
一瞬でテーブル近くまでやって来たリリーさんが、素早くお湯を捨てていく。
そして、紅茶を手馴れた手つきで淹れていく。
「へー。第三席……凄いですね。以前、会った時はまだ見習いだったのに」
「むふぅ。そうです! もっと、褒めてくださいっ!!」
「えー」
「えー、じゃないですぅ~。いいですか? 私は、アレン様よりもお姉ちゃんなんですよ? お姉ちゃんは敬わないといけない、と決まっていてですね」
「……リリー」「そこまでです!」「……このことはアンナ達へ報告します」
僕とリリーさんの楽しい会話は三人の公女殿下によって止められた。
そろそろ魔法を紡いできそうなので、リディヤ、ティナ、リィネの頭を続けて、ぽん、ぽん、ぽん。
御嬢様達は頬を大きく膨らませる。
「あんた、こうすれば」「私達が納得すると思っていますね?」「兄様!」
「……ごめん、ちょっとだけ疲れてるんだ。紅茶をゆっくり飲ませてほしいな。ああ、アトラ、大丈夫だからね」
大きな声にびっくりした幼女が僕をじっと見ていたので、微笑む。
丁度良くリリーさんが紅茶を淹れ終え、みんなに配ってくれた。
「は~い、どうぞ♪」
「ありがとうございます。さ、飲みましょう。アンコさん、御菓子は駄目です」
つまらなさそうに一鳴き。駄目なものは駄目です。
紅茶を一口。
王国産や連合産とはまた違う香り。
焼き菓子も摘まむ。これまた美味しい。王国でも中々食べられないだろう。
カレンがアトラの口を拭きながら、尋ねてきた。
「兄さん、色々と聞きたいところですが……お疲れなんですか? リディヤさん、また、兄さんを巻き込んで!!」
「……違うわよ。私も関わっているのは、その……否定しないけど、今回はこいつを狙い撃たれたの!」
「兄さんを?」「先生?」「兄様?」
カップを上げて、肯定。
思えば、ピサーニ統領が僕のことを知っているのも少しばかりおかしかった。
――『剣姫』の盛名は大陸に轟いてる。
が、僕は別。『剣姫の頭脳』なんていう御大層な異名は知っている人は余程の物好きだった。少なくとも、今までは。
アトラがカレンの膝上を降り、テーブルを潜って僕の足下へ来て、顔を覗かせた。
「アレン、虐められた? アトラ、助ける?」
抱き上げ膝上に座らせつつ、少しばかり乱暴に頭を撫で回す。
幼女は「♪」と、嬉しそうに身体を震わした。
ティナとリィネがほぼ同時にぽつり。「「……いいなぁ……」」。
腐れ縁が紅茶を飲み干し、頬杖をついた。
「……で、どうするわけ? 斬る? 燃やす? それとも、殲滅する? ……どうして、アトラの耳を押さえているのよ?」
「僕は、僕は、二度と過ちを繰り返さないっ! この子は清く正しく美しく育ててみせるっ!! そうだろう? カレン!」
「同意します。リディヤさんの傍にこの子を置いておくのは危険極まりないです。ここは……い、妹として、あくまでも、妹として、私が責任を持って一緒にいた方がいい、と考えます」
「……カレン?
「私に義姉はいませんから」
「先生! そもそも、その子は」「東都で抱きかかえられていた、幼狐、ですか?」
ティナとリィネが火花を散らす、腐れ縁と妹の会話を遮り尋ねてきた。
アンコさんが右肩から降り、膝上へ。アトラをあやし始めた。ありがとうございます。
「そうですよ。リリーさん」
「――盗撮、盗聴共に無し。リディヤ御嬢様とアレン様の魔法に、私のものも重ねてあります。これで私達に気づかれず、何かするのはアンナ――こほん。メイド長だけだと思いますぅ~☆」
リリー・リンスター嬢が怜悧な視線で論評。
この人もまた、リンスターなのだ。
ティナ、リィネ、そして、カレンを見る。
「この子は大魔法『雷狐』。僕の命の恩人? なんです」
「!? だ、大魔法!? あ、兄様」「……兄さん、そこまで危なかったとは聞いていません」
リィネが立ち上がり驚愕し、カレンは目を細めた。
ティナだけはアトラを見つめている。
そして、そっと手を幼女へ伸ばした。アトラもまた小さな手を伸ばし、その手を握りしめた。
周囲に氷華と紫電。ただし、危険な感じは皆無。
「――……分かります。この子、確かにそうです。先生、でも」
「ええ。現状、力は殆ど出せません。僕等だけの秘密でお願いします」
三人が頷く。
ちゃっかり座ったリリーさんは僕を見た。
「まぁ、アレン様ですしね~。驚きはないですけどぉ。それで、何を悩まれているんですかぁ?」
「リンスター家と侯国連合の紛争……これに何処まで関与するか、ですかね。やり過ぎるとリンスターの顔を潰しかねませんし、関わってしまった以上、ここで逃げるのは気が引けます。何より」
紅茶を飲み干す。即座にリリーさんが注いでくれた。
会釈をすると、膝上から小さな手。焼き菓子を咥える。
「♪」「「「あっ!」」」
アトラが喜び歌い始め、三人の公女殿下が小さく叫んだ。
「――このまま戦役が続くと、この美味しい紅茶と御菓子も手に入らなくなる可能性が高い。なので迷っています。情報は教えるので、みんなの意見を聞かせてくれませんか? 正直、僕が扱うには手に余る案件です。いい意見が出たら、公式はともかく、非公式には名が上がるよう、どうにかしますから」
「は~い、アレン様、失格ですぅ~★」
リリーさんが楽しそうに手を上げた。
他の四名も不服気。アンコさんが尻尾で僕の手を叩き、アトラまで手をかぷり。
あ、あれぇ?
ティナとリィネが声を合わせる。
「名誉とかいりません!」「兄様、一言でいいんです!」
リディヤとカレンが溜め息を吐く。
「……まだまだ教育が必要ね」「遺憾ですが、同意します」
少し考え……頬を掻く。
ちょっとだけ恥ずかしいけれど、素直に告げる。
「みんな――僕を助けてほしい」
五人の少女達は満面の笑み。
『勿論!』
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