第27話 お風呂
「うわぁぁぁぁ。姉様、姉様、このお風呂、凄いですね!」
「リィネ、静かになさい」
兄様の御話を聞き、夕食を食べ終えた私達はホテルの総大理石造りの大浴場へやって来ました。他の御客さんはおらず貸し切りです。
ティナは疲れたらしく、部屋のベッドでアンコさんと寝ています。。
本当は私達も兄様と姉様の御部屋に泊まりたかったのですが
『全員でお部屋に泊まるのは狭いよ』
と兄様が言われたので同じ階の別室を新たに取ることになりました。
後でティナが起きたら、仕方ないのでお風呂に付き合ってあげようと思います。手のかかる首席様です。
遅れてリリーが顔を出しました。む。
「わ~港が見えるんですね~」
「……リリー、失格です。南都へ戻ってください」
「え~嫌です~♪ 水都って、お食事、美味しいですし~。それに、今、戻ったら間違いなく、戦後処理に巻き込まれちゃいます! 適材適所って、とっっても大事な言葉だと私は思います!」
「くっ!」
白いタオルをまいたリリー。
豊か過ぎる双丘。それでいて均整の取れた肢体。
私は自分の胸元へ目線を落とします。
……反則です! これは、裁判を開催しなくてはっ!!
強い義務感から拳を握りしめていると姉様が呆れた声を出されました。
「リィネ、リリー、とっとと身体を洗いなさい。……二人共、南都へ帰ってもらってもいいのよ?」
「「! 洗いまーす」」
リリーと声を合わせ、一人ずつ仕切られている洗い場へ。
先に来られていたカレンさんがアトラの頭を洗っています。「♪」「もう少しで終わりますからね。我慢出来て偉い子です」。この短時間で本当に仲良しに……やっぱり、兄様の妹さんだからでしょうか?
左隣に姉様が入られてシャワーからお湯を出し、美しい紅髪と身体を洗われていきます。
「姉様」
「んー?」
「その……私達がここに来たこと、怒ってますか?」
「バカね。別に怒ってないわよ。あ、勿論、リリーは別よ?」
「良かった」「良くありませんっ!」
右隣の敷居を乗り越え顔を覗かせました。
姉様へ抗議を試みます。
「ど、どうして~リィネ御嬢様達は許されて、私は許されないんですかぁぁ! こ、これは横暴ですっ!! 明確な理由、理由を求めますぅぅぅ!!!」
「その一。あんたがあっさりと私達を見つけたこと。主人の考えていること、分からないわけないわよね? リリーはメイドだものね?」
「う、うぐっ~!」
リリーが撃たれたような真似をしました。胸が揺れます。
……へぇ。
姉様の淡々とした追撃。
「その二。部屋のベッドで寝たこと。あそこで寝ていいのは私とあいつとアトラだけなのよ?」
「なっ~!? ほ、放り投げたのはリディヤ御嬢様じゃないですかぁぁぁ!」
「それはそれ。これはこれ」
「うぅぅぅ~あ、あんまりですぅ~!!!」
リリーが私へ視線を向けてきました。
助力? ……しませんっ! 断固、拒否ですっ!!
赤髪を洗いながら、呟きます。
「……髪、もっと伸ばした方がいいのかなぁ」
「リィネはそれくらいが可愛いわよ。そうよね? リリー」
「え~? 私はもっと髪の長いリィネ御嬢様も見てみたいな~って」
「……リリー?」
「! そ、そうです~。リィネ御嬢様は今の髪型、一番可愛い、と思います~」
「と、いうことよ、リィネ。髪を伸ばすなら、大学校へ入ってからにしなさい。……その頃には」
「姉様??」
最後の言葉が聞き取れませんでした。リリーへ視線を向けると顔を引っ込め、調子外れの鼻歌を歌いながら、身体を洗い始めました。
小首を傾げ、姿見に映る自分の顔と身体を見ます。
……た、多少はこの数ヶ月で成長している、筈です。そうです。少なくとも、ティナよりは! 目指すは、まずカレンさんです!
エリー、ステラ様は首席様曰く『せ、成長速度がおかしいんです。お、同じ物を食べてる筈なのにっ!』らしいので、一先ず置いておきます。
姉様とフェリシアさん?
……過ぎたるモノを追い求められる程、私は戦況を楽観視出来ません。
まして
「リ、リディヤ御嬢様~リ、リィネ御嬢様~、あ、泡が、泡が目にぃぃぃ~。た、助けてくださいぃぃ~」
隣でわめいている親戚のお姉さんなんて、知りません。ええ、知りませんっ!
姉様がシャワーを止められました。
「あ、もう一つあったわ。その三。……あんた、あいつと少しだけ似てるくせに、仲が良すぎ。そこは素直に同族嫌悪しておきなさいよ!」
「!? こ、これほど、理不尽な台詞を聞いたことがないですぅぅ~。ぐすんぐすん……ふ~んだっ! いいですぅ~。あとで、アレン様に言いつけますからぁ~!」
「はいはい」
リリーをあしらい、姉様が湯舟へ。
先にカレンさんとアトラもつかっています。
「♪」
「ア、アトラ! 泳ぐのは、めっ、です。お、溺れたらどうするんですか」
「カレン、過保護よ。大丈夫よね? アトラ」
「ん♪」
あ、今の言い方、姉様そっくり……。
カレンさんの隣に座られた姉様の膝上へ幼女が近づいていきます。その様子を見守る、姉様の御顔に浮かぶのは、心底からの愛情。
「…………」
胸が、チクリ、とします。
いけません。
私はリィネ・リンスター。負けっ放しは趣味じゃありません。
隣で、しくしく、泣いているリリーへ静かに声をかけます。
「リリー」
「……はぁい」
「私、髪を伸ばします。似合う髪飾りを探しておいてくれますか?」
「――は~い♪」
「ありがとう」
シャワーを止め、私も湯舟へ向かいます。
まだ、勝負はついていません。
ついていないんです!
※※※
「う~ん……」
僕はベランダのテーブルに置いたノートの上へペンを転がし、椅子に座りながら、伸びをした。
みんながお風呂へ行っている間に、先程、話しあった内容を整理していたのだ。
結論はまだ。
下手を打てば、関係各所――主にリンスター家へ迷惑をかけかねないので、慎重にならざるを得ない。
まぁ、だけど……部屋の扉が開き、見知った薄蒼髪の少女が入ってきた。
僕の顔を見ると笑顔。ベランダまでやって来る。
「先生♪」
「ティナ? お風呂へ行ったんじゃ?」
「……寝たふりをしました。先生とお話したかったので」
「おやおや。ティナ・ハワード公女殿下はいけない子ですね」
「そうですよ? 私はいけない子なんです。……貴方のことなら、猶更、です」
瞳に強い意志を宿しながら、ティナは僕の隣の椅子へ座った。
数種類の柑橘類が入っている器から、グラスへ水を注ぎ、差し出す。
「ありがとうございます」
「それで、僕に話したいこととはなんでしょう?」
「……先生」
ティナが僕と視線をしっかりと合わせた。
大きな瞳には知性。
「先生は今回の件、どうされたいんですか?」
「そうですねぇ……大枠からだと」
「こんな戦争なんてとっとと終えるべき、ですね?」
苦笑し、頷く。
頭を使っているのかティナの前髪が渦を巻いている。
「正解です。ここに入っている柑橘類だって、戦役が長引けば質の悪化を招くでしょう。それは勿体ない。オルグレン――……いえ、その後ろにいた存在の甘い誘惑に抗しきれなかった侯国連合にも問題はありますが、リンスターも連合も、全面戦争をする程の理由は何処にもありません」
「なら――やっぱり、もう答えは出ていると思います」
教え子が微笑む。
いつの間にか、ベッドの上でアンコさんが丸くなられている。あれで寂しがり屋なのだ。
両目を閉じる。
「……名声を得る、だなんて柄じゃないんですよね。こういうのはリディヤの役回りです。ティナ、どうですか? ワルター様には僕が怒られますから」
海風が拭き、ティナの綺麗な髪をなびかせる。
公女殿下はくすり。
「先生、出来ないことを言われるのはズルいです。私がする、と言ったら絶対に止められるくせに!」
「……ティナは意地悪ですね」
「教えてもらっている方が王国有数の意地悪な先生ですから」
「……参りました。仕方ない、ですね」
「はい♪ 仕方ない、と思います。むしろ、先生にはもっともっと偉くなっていただかないと困ります。私も。みんなもです!」
「善処はします」
手を伸ばし頭を、ぽん。
ティナが嬉しそうに足をぶらぶら。可愛い。
もう一度手を伸ばし頭を撫でようとし――超高速の炎と雷の短剣が僕を掠め、欄干に突き刺さった。
怨嗟の唸り声。
「……ちっちゃいのぉぉぉ~」「……ティナ、抜け駆けは禁止にした筈ですよ?」
髪も乾かさず、部屋の入口にリディヤとカレンが立っていた。
リィネは……リリーさんが背負っている。のぼせたかな?
さっきまで上機嫌だったティナは「は、早い、早過ぎますっ!」と狼狽え、僕の後ろへ。少しだけ楽しそうでもある。
アトラが駆けてきて、僕の膝上へ飛び込んできた。
「アレン♪」
「おっと。お帰り、アトラ。リディヤ、カレン」
「……何よぉ。浮気は大罪なのよ?」
「兄さん、最優先すべきは妹。これ、世界の理です」
「――決めたよ。今回の南方戦役の後始末、僕が引き受ける。名誉とかも含めてね」
「「!」」
腐れ縁と妹は目を見開き、直後、大きく頷いた。
――僕も少しは、成長しているみたいだ。
少なくとも、王立学校に入った時に比べれば。
「二人共、座って。順番に髪を乾かしてあげるから。リリーさん、リィネはそこのベッドに寝かしておいてください」
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