第15章

プロローグ

「では、巫女様。我等はこの場にて。明日の朝、お迎えにあがります」

「ええ、有難う。心配しないで。大丈夫よ」

「……はっ」


 私――『託宣者』アアテナ・イオの護衛を務めてくれている、竜人族の戦士達が不安を隠そうともせず花に覆われた神殿から退出していく。

 竜人族の長にして私の父、二百年前の魔王戦争で勇名を馳せた『流星旅団』その分隊長イーゴン・イオが選抜しただけあって、皆忠誠心が高いのだ。


「――ふぅ」


 息を吐き、色とりどりの花に覆われている祈祷場中央から周囲を見渡す。

 今、私がいるのは王国西方の地図に載らない秘境――『花竜の谷』。

 そして、私はその竜より予言を受ける『託宣者』。

 とても名誉ある御役目だし、誇りを持っているものの……未だ竜の姿を実際に見たことはない。

 この谷に住まう獅子族の古老によれば、


『竜とは神に最も近し存在。我等の前に表すことは稀でございます』


 とのことだ。

 私の父は魔王戦争時に幾度か遭遇したことがあるそうだけれど『……決して刃を向けるな。矮小な我等では抗せぬ』と御役目に就く前、幾度となく注意された。

 ……あんなに御強い父ですらそうなのだ。

 幾ら私が『竜人族の俊英』と評価されていても、身の程は弁えている。

 粛々と一晩祈りを捧げ、昨年と同じように何もなければ良し。

 何かが起きても、ただ『託宣』を受け取るのみだ!


「――良しっ」


 私は大きく穴の穿たれた屋根から覗く満月を望み、拳を握り締めた。

 淡い橙色のドレスを靡かせ、地面

 『託宣者』等と言われても、すべきことは単純。

 ただ一年に一夜――この場で祈り続けるだけ。

 何かを唱えるわけでもなく、ただただ無心に祈る。

 それが私の役割なのだ。

 最後に『花竜』が姿を現したのは、今から百年前。

 以来――遥か上空を飛翔する姿や、満開の花によって存在を確認することがあるだけ。

 今晩だって、朝までこのままで。


「~~~っ!?!!!」


 突然、肌が粟立ち、髪が逆立った。

 祈祷所が花々で覆われ、私の四肢と尻尾も埋まっていく。

 私は目を見開き――ただただ、上空から降臨してくる『花竜』を見つめていた。


 左右三眼に中央の一眼。四枚の淡い桃色の翼と巨大な四肢。


 ……美しい。恐ろしい。

 世界にこれ程美しく恐ろしい生き物が存在している、という事実に驚愕し身が竦む。放出される魔力だけで、咲き誇る花々が勢いを増していく。

 父の言葉を思い出す。


『竜とは人の身でどうこう出来る存在ではないのだ。……我等、英傑に非ず』


 歯を鳴らすことも出来ぬまま、私はただただ巨大な竜を呆然と見つめる。

 音もなく、重さも感じず――祈祷場に『花竜』が降臨した。

 ――七眼が私を貫く。


「っ!!!!!」


 金縛りが解け、地面に頭をこすり付ける。

 ……怖い、怖い、怖い。

 『流星』や『翠風』様、父上達はこんな神話じみた生き物と相対したのっ!?

 幼い頃から聞かされてきた英雄譚が持つ、真の意味を遅まきながら理解する。


 『竜』と相対出来た者――それ即ち、『勇士』なのだ。


 花が舞う中、声が響く。


『矮小なる竜人の子よ、面を上げよ。汝に我の言葉を託す』

「~~~~~~っ!?!!!」


 直接の『託宣』っ!?

 そ、そんなの……長い竜人の歴史でも、数える程しかいいない。

 勇気を振り絞り、顔を上げる。

 ――深い知性を秘めた七眼に再び貫かれ、身体が石のように硬直した。

 嗚呼、お母さん、お父さん……アアテナは今日、ここで死んでしまうかもしれません。先立つ不孝をどうか、どうかお許しください…………。

 『花竜』が口を開いた。


『【星射ち】の娘に尋ね、【楯】の都――『記録者』の封印書庫を『最後の鍵』『白の聖女』『大樹守りの幼子』で降りよ。深部にて汝等は邂逅せん。矮小なる人の執念に』


 回らぬ頭に死ぬ気で刻み込む。

 内容は……まるで、理解出来ない。

 それでも、私は竜人族の『託宣者』として居ずまいを正し、深々と頭を下げた。


「――……父と母がつけてくれた我が名に誓って、お届けします」

『古の名を持つ子よ――汝、献身せよ』


 花の嵐が巻き起こり、視界を喪う。

 必死に耐えていると――『花竜』の気配が消えた。

 上空から聞こえてくるのは優しい『歌』。


「………………」


 私はへたり込んだまま、遥か上空を飛んでいく竜を見つめ、おずおずと頬をつねってみた。

 ……痛い。夢じゃない。


「アハ」


 引き攣った笑いが零れ、パタリ、とその場に倒れ込む。

 無数の花々で全く痛みは感じず、最上等のベッドに横たわったかのようだ。

 疲労困憊な身体を無理矢理動かし、空中に今聞いた『託宣』を書いていく。

 私がこのまま意識を喪っても、みんながこれを読んでくれれば理解してくれる筈。

 ……ただ、改めて読んでも、理解不能だ。

 辛うじて少しだけ分かるのは、


「『最後の鍵』……父上の仰られていた『剣姫の頭脳』様のこと? でも、人の執念って、いったい…………」


 意識が急速に薄らいでいく。

 嗚呼……どうか『託宣』が父上の下へ届きますよう、に…………。

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