第18話 局面理解

「…………うぅぅ……酷いわ、アレン。そうやって、何時も何時も、何だかんだ、リディヤは甘やかすのに、結局、私には厳しく当たってっ! い、幾ら私でも、怒るわよ? 怒っちゃうんだからねっ!」


 『火焔鳥』に散々追い回されて、疲れ切ったシェリルが丸テーブルに上半身を投げ出しながら、さめざめと泣く。間違いなく嘘泣きだろう。もう、騙されないぞ。

 残りの三人――教授、学校長、リチャードは


「「「………………」」」


 さっきから完全沈黙し、地面に胡坐をかき、無言でワインをあおり続けている。

 なお、服や鎧はボロボロ。此方の三人の頬には本気で泣いた痕あり。少しは反省してほしい。まぁ……これで終わらす程、僕は甘くないけれども。

 年少のティナ、エリー、リィネは果実水を飲みながら何やら議論中。「……エリー、リィネ」「は、はい……」「私達は、もっと努力しないと駄目です」。何だかんだ真面目な子達だ。

 足下でお腹を見せているシフォンを、足で撫で回しつつ淡々と王女殿下へ回答。


「僕が何時、何処でリディヤを甘やかしたのさ?」

「そうよっ! 全然、甘やかされてないわっ!! 足りなくて、困ってる位なんだからっ!!!」

「……リディヤ、そういう台詞は、今すぐアレンから離れて言って」


 シェリルが恨めしそうに、椅子をぴったりとくっつけ、右腕を占有している紅髪の公女殿下を詰る。その膝上では幼獣なリアが、すやすや。

 僕は左肩から頭を膝上に移した妹のカレンと、それに抱き着いているアトラを交互に撫でながら、軽く手を振り、微笑む。


「どうやら――僕はシェリルを甘やかし過ぎたみたいだ。今後は、その分は」

「私にむけてっ! それが、あんたのぎーむー」

「…………向けません。シフォンとアトラとリアに向けようと思う」

「ア、アレン!? そ、それは、あんまりでしょうっ!?!! か、仮にも、私は貴方の直属上司になる身なのよ? す、少しは、そ、その…………こ、考慮をしてくれても……」


 シェリルが顔を上げ、もにょもにょ。

 僕は、傍のソファーでフェリシアの介護をしつつ、状況を見守っている生徒会長様に意見を求める。


「ステラ、どう思いますか? やっぱり、直属上司と親しくなり過ぎるはマズイですよね? こんな、何でも調べられるという、絶大過ぎる権限をいただきましたし」

「――はい。そう思います。あらぬ疑いを周囲に与えてしまいますし、適度な距離を取られた方が良いと思います。…………アレン様」

「何でしょう?」

「――……そ、その……シ、シェリル様を、あ、甘やかされていた分は、わ、私にも、む、向けていただけると、嬉しい、です。ダメ……ですか?」


 おずおず、とステラが控えめな我が儘を言ってきた。可愛い。

 僕は思わず目頭を押さえ、同期生二人を諭す。


「――リディヤ、シェリル。今のを聞いたかい? 本来、公女殿下、王女殿下にはあれくらいの慎ましさが必要なんだよ! なのに、君達ときたら!」

「慎ましくしたら、嫌がるでしょう?」

「アレン、リディヤはともかく、私は十分慎ましいじゃないっ!」

「シェリルは、暴発した時が酷いじゃないか。今回みたいに。ステラ、こっちへ来れますか?」

「――……はい」


 ステラは嬉しそうに顔をほころばせると、フェリシアを起こさないよう優しく頭にクッションを置き、いそいそ、と僕の傍の椅子にやって来て、座った。

 同時にリリーさんも近くの椅子へ。僕はジト目。


「……リリーさんは、呼んでいません」

「うふふ~♪ 良いじゃないですかぁ~。何しろぉ――私とアレン様は、婚約者」

「という妄想も聞きませんっ! 次回は、御自分で対処なさってくださいね。あ、ステラの場合は別です。もしも、御縁談話で気が乗らなかったら何時でも言ってくださいね? 僕で良ければ力になります」

「――……はい」「むぅ~! 贔屓が過ぎますぅぅ~!」


 ステラがはにかみ、頬を染め、リリーさんはむくれ、頬を大きくしてじたばた。

 僕は肩を竦め、『火焔鳥』と各種光魔法を準備中の同期生達へ向き直り、手を軽く握り、それらを消す。


「さて――……少しばかり真面目な話をしようか?」


 リディヤとシェリルは、不満気な様子で丸テーブルに頬杖。


「……ふーんだっ! あんたは、わたしのなんだからねー!!!」

「……アレン、あんまり意地悪すると、私、悪い王女様になるからねっ!」

「はいはい」

「「はい、は一回っ!!」」 


 二人の同期生は仲良く声を合わせてきた。

 王立学校時代を思い出す。

 僕は年少の三人組を呼ぶ。


「ティナ、エリー、リィネももう少し近くへ」

「は、はい!」「は、はひっ!」「兄様?」


 教授達とは後日で良いだろう。もう少し、危ない話もしないといけないし。

 ティナ達も近づいて来たので、声を意図的に低くして注意を喚起する。


「みんな、分かっているとは思いますが……僕等が今、相手にしているのは恐ろしいまでの難敵です。状況から推察する限りにおいて、今後、その脅威度が下がることはないでしょう。おそらく上がる一方になります。――同時に」

「未だ、盤上の向かい側に座る相手が分からない。……本物の狂人だってこと以外はね」


 リディヤが僕の後を引き取る。

 ステラとシェリルの表情に怜悧さ。


「南都で報告書は読ませていただきました。大魔法『蘇生』『光盾』の乱造品を量産。その力を用い、人造の吸血鬼、更には悪魔をも生み出し……」

「竜の遺骨を用い、骨竜をも召喚? してみせた。重要なのは極致魔法や、大魔法を伝えてきた家々の『血』ね。おそらく、この場にいる私達の『血』ならば、十二分に媒介となる。今後、各人の警護体制の抜本的な見直しが必要になるわ」

「でも……あれだけ、無茶苦茶なことをしてくる相手です。一概に『警護』といっても……」


 ティナが口を挟んできた。聡い子。

 僕は薄蒼髪の公女殿下のグラスに果実水を注ぎ直してやりながら、頷く。


「だからこそ――シェリル・ウェインライト王女殿下は、僕を直属調査官に任命したんですよ。これで、僕も王宮へ出入り可能になると思うので、以後の家庭教師は王宮内庭で行うこととします。そうすれば、少なくとも週末は僕とリディヤ、シフォン、場合によってはアンコさんとで君達を守れます」


 膝上で黒猫な使い魔様が、鳴かれる。

 ティナ達の瞳に理解の色。

 王女殿下が聞き咎めてくる。


「……アレン、守る対象に、か弱い、か弱い私の名前がないのだけれど?」

「シェリル……君、単独なら僕より強いじゃないか?」

「アレンさん~。私、私もですよぉぉぉ~!」

「…………リリーさんは、シェリルより強いでしょう?」

「「贔屓! 贔屓っ!! 私達だって、か弱い乙女なのにぃっ!!!」」


 王女殿下と御嬢様が大合唱。

 左袖を引かれる。


「……アレン様」

「ん? どうかしましたか? ステラ。ああ、大丈夫ですよ。言わずもがなですが、貴女もきちんと守」

「……嫌です」

「ステラ?」


 聖女様は、不満気に唇を尖らせた。

 そして僕をしっかり、と見つめてくる。


「今の私は、確かに頼りないです。リディヤさんや、シェリル様には到底敵いません。でも、でも――でもっ! 私は貴方を――ア、アレンのことも、守りたい、んです。貴方が、私の為に、傷つくのは……嫌ですっ!!! だから、私を強くしてください! 貴方を守れる位に!!!」

「…………ステラ」

「へぇ、ステラ、分かっているじゃない」

「そうね。その通りだわ」


 ステラの宣言にリディヤとシェリルが、ニヤリ、と笑う。

 ティナ達は一瞬、虚をつかれ――次々を手を挙げる。


「せ、先生、私だって、同じ気持ちですっ!」

「ア、アレン先生の御役に立ちたいですっ!」

「兄様、リィネは、リィネだって戦えます!」

「…………」


 僕が思っている以上に、教え子達は成長してくれているみたいだ。

 唯一、言葉を発していない年上な自称メイドさんはニコニコしながら、片目を閉じ『もう~まとめて、お嫁』そこから先は、読まないっ!!

 僕は苦笑し、頷く。


「……仕方ない生徒さん達ですね。さっきの『火焔鳥』のように、一連の事件で、新しく分かったことも多いです。順次、教えていきます。僕と一緒にこれからも頑張りましょう」

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