第9話 籤

「まったくっ! ほんとにっ。ほんとにっ、まったくっ!! リディヤさんはぁぁぁぁ!!! …………リリーさん、でしたっけ? 普段、何を食べてるんですか? さぁ、きりきり、吐いて、いたっ」

「本題からズレています。これだから、首席様は! ……で、リリー、今まで食べてきた物を話しなさい。さぁ、今すぐにっ!」

「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様、リ、リィネ御嬢様、リリーさんが困って……な、何ですか? そ、その手の動き怖いですぅぅぅ」

「エリー御嬢様、怖がらなくても大丈夫ですよ~。……ハワード家のメイド服も良いものですねぇ。ぐへへ……。あ、食べ物はリンスター家のメイドが常日頃食べているのと同じですよ~。私はメイドさんですからっ!」

「「……有罪っ!!」」「あぅぅぅぅ」


 東都、接収されたオルグレンの屋敷の一室で、ティナ、リィネ、エリーが、リンスター公爵家から護衛にと、付けられた胸の大きなメイドさん? と戯れています。着ている服、矢の模様が可愛いですね。

 

 ……兄さんが王都へ召喚、直後、リディヤさんに攫われて一週間。

 

 当然、一報を受け私達も即座に追いかけようとしました。

 兄さん分が極度に枯渇状態にあるリディヤさん……危険です。危険過ぎます。最悪の事態を引き起こしかねません。事態は一刻を争います。世界の危機です。

 けれど、敵もさるもの。

 何処に行ったのか一切の情報がありません。あれで、リディヤさんは王立学校以降、常に首席。かつ、兄さんの隣を維持している人。能力の高さは、悔しいですが認めざるを得ません。……ほんと、心底忌々しいですね。

 私の足元で白犬が丸くなっています。シェリル王女殿下の使い魔で、シフォンと言う名前なのだそうです。この子も、護衛とのこと。部屋を見渡します。

 『リンスター』が二人。『ハワード』が一人。そこに『ウォーカー』、ですか。

 ……決めました。

 兄さんを捕――こほん。連れ戻し次第、お説教です。

 あと、リディヤさんとだけ旅行はズルいので、妹である私とも行ってもらいます。兄妹水入らずで! あ、部屋は当然一緒です。ベ、ベッドもですっ! お風呂も一緒に――……ティナ達がいつの間にか、私をじーっと見つめています。


「な、何ですか?」

「……カレンさん」「ア、アレン先生と、そ、そういうのはその」「ダメです!」

「…………口に出ていましたか。ですが」


 きっ、と後輩達を睨みつけます。

 こういうのはきちんと言わないといけません。


「私は妹です。これは妹としての正当な権利。貴女達も悔しかったら、妹になることです! ただし、枠はもう来世分まで埋まってますっ!!」

「むー! カレンさん、横暴ですっ!! ……あ、でも大丈夫です。私は、先生の、その……お、およ、お嫁」

「……ティナ、それ以上、言ったら昨日の夜の寝言を兄様にバラします。『せんせいぃぃぃ。ごめんなさい……私、私ぃ』って泣いてたことをっ!」

「リィネ!? で、でも、あれは、その、だって…………仕方ない、じゃないですか……先生と、ちゃんとお話し出来てないんですから……」

「あ……」


 ティナの前髪が力なく折れ、しゅんとします。それを見た、リィネは後悔の色。

 エリーが二人を抱きしめました。


「ティナ御嬢様、リィネ御嬢様……大丈夫です。アレン先生は、帰って来てくださいます。だって、わ、私達の先生なんですから!」

「……エリー」「……そうね。ティナ、その……ごめんなさい」「……いえ」

「ふむ。つまり、貴女達は待っているんですね? ここで。それは良いことを聞きました。リリーさんも聞きましたよね?」

「え? あ、は~い。ん~でも、御嬢様達が追いかけたいのなら、追いかければいいかなって思いますけど。私もアレン様にお会いしたいですし♪」

「いえ、貴女はそう思っていない筈です。ティナ達と一緒にここで待っていたい。そうですよね?」

「いや、別にぃ」

「…………きちんとしたメイド服、欲しくありませんか?」

「!?!!!」


 自称メイドさんが大きくよろめき、立派な双丘も揺れます。

 ……大変、大変、遺憾です。

 兄さんに会わせるわけにはいきません。兄さんだって、健康な殿方。万が一、億が一がありま――そういえば、リディヤさんも相対的に豊かでしたね。やはり、あの人は敵です。

 リリーさんが、私へ近づいてきました。


「……い、いただけるんですか?」

「ええ。当てはあります」

「で、でも、でも……わ、私、勝手に入手するとメイド長に怒られて……」

「大丈夫です。母さんに作ってもらいますから」

「! …………カレン御嬢様。リリー・リンスターは貴女様の味方ですよぉぉ★」

「よろしいです」


 仮初の握手をします。

 ……先程、兄さんの名前を呼んだ時、強い敬慕が混じっていました。どうせ、何かしたのでしょう。御説教しないといけないことが一つ増えました。罰として、ぎゅー、と抱きしめないといけません。

 私はティナ達へ通達します。


「ティナ、エリー、リィネ、貴女達は東都で待機を。私は兄さんを追います。待ち続けるのは性に合いません」

「なっ!」「あぅあぅ、カ、カレン先生ぃ」「……カレンさん、兄様の行方に当てがあるのですか?」

「ありません。ですが、私は兄さんの妹です。どうにか」


「――ならないわよ。はぁ……アレン様のことになると冷静さを喪うんだから!」


 扉が開き、私の親友であるステラ・ハワードが入ってきました。

 新情報がないか、東都に滞在されている三大公爵殿下に聞きに行っていたのです。態度だけを見ると、常日頃を全く変わりがありません。

 ティナ達が駆け寄ります。


「御姉様!」「ス、ステラ御嬢様、あの」「兄様と姉様の情報は?」

「何もないわ。王都から脱出されたことしか分からない」

「そう……」「ですか……」「兄様……姉様……」

「でも――……カレンが言う通りね。私も、待つのは飽きたわ」


 ステラは進展がないことをあっさりと告げ、直後、肩を竦めポケットから数本の紐を取り出しました。数は七本。

 そして、自分で一本を引きました。先端が蒼く染まっています。籤ですか。


「当たりね。さ、引きたい人は引いて。先端が蒼ければ私と一緒にアレン様を探しに行きましょう。目途はつけてあるわ。……ただし、リディヤ様とやり合う羽目に陥るかもしれない。その覚悟は持っていてね?」

『…………』


 ティナ達が無言で手を伸ばしました。私も続きます。

 ……手が多いですね。しかも、二本。

 ステラが冷たく一瞥しました。


「リリーさん、シェリル王女殿下?」

「私は~皆さんの護衛がお仕事ですから♪ これでも、ちょっと強いんですよ?」

「ステラ、王女殿下は止めて。あのね? 私、今回こそはアレンを怒らないといけないのよ。物事には我慢の限度があると思わない? ……それに」


 王女殿下が、ステラと視線を合わせました。微かに頷き合います。

 ……この子達を立ち会わせたくない出来事があるようですね。

 私は、籤を引き抜きます。当然、蒼です。


「ステラ、兄さん達は何処に?」 


 ティナ、エリー、リィネ、そしてリリーさんも引き抜きました。皆、蒼です。

 シェリル王女が新情報を教えてくれます。


「おそらく……水都ね。リディヤは学生時代から、事あるごとに『水都に行く!』って言ってたから。侯国連合は、王国よりも階級差が激しくないし。あと、そこで結婚すると、来世も添い遂げられるっていう古い聖堂が――……」


 王女殿下の籤は、白のまま。外れを入れていた? 

 ……いえ、おそらくは魔法で。

 王立学校生徒会長様が、悪い微笑を浮かべます。



「シェリル王女殿下、残念です。けれど、これも運命。必ず連れ戻しますのでお待ちになっていてくださいね♪」

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