第9話 三老会談
北の夏は足早く去り、秋がやって来た。
辛く険しい冬の気配は、未だ無数の花々が咲き誇るこの皇宮最奥の内庭に届いてはおらぬものの、近日中に冷たい風と共にやって来るであろう。
老いた身体を椅子にもたれながら、余は小鳥と花々を愛でる。
晩年、この内庭建造に全熱意を注ぎ込んだと伝わるユースティンの初代皇帝『射手』も、このように過ごしていたのだろうか。
余は独白を零す。
「来年の春も、此処でこうして安穏に過ごすことが出来れば良い……余は、もうそれだけ良いのだが……」
「陛下! 現実逃避をしても問題は解決しませぬぞっ!! 昨晩、あれ程の量の肉を食べ、酒を呑まれたではありませんか? 休むのは十年、いえ、二十年後でも構いますまい!!」
呆れ混じりの大声をあげながら、余を詰ってきた粗忽者――帝国老元帥モス・サックスへジト目。
七十二になったというに、未だ筋骨隆々。
こ奴ほど、軍服の似合う者もそうはおるまい。
髪は白くなり、顔に皺は増えたものの、あの日……余と共に、叛乱を起こした五十年前とまるで変わらぬ。
肥えた腹を擦りながら、股肱の臣を叱責。
「五月蠅いぞ、モス。余は血腥き儚い世界を憂いておるのだ。静かにしていよ」
「憂いても状況は改善致しませぬ! 第一、皇都を血腥くなさったは」
「ええぃ! 分かっておる。分かっておるわっ! これだから、老人はっ!!」
言葉を遮り、丸テーブル上の資料に目を落とす。
――ハワード相手の敗戦のごたごたを利用し、わざと叛乱を起こさせた愚者共の末路が記されている。
その筆頭に書かれているのは、我が愚息……元王太子ユージン。
軍の不穏分子に余への叛乱を命じるも、ほぼ呼応せず。
それでも、寄せ集めながら万を超える叛乱軍を集め、皇都を落とし余の首を取らんとするも……僅か五百に過ぎぬ、モス率いる皇帝最古参連隊に敗れた。
死んではおらぬようだが……何れ、処断せなばなるまいて。
額に手を置き、淡々と問う。
「片付いた、のだな?」
「はい。概ねは」
「概ねか。他に何が――」
ある、と言うのだ? とは続けられなかった。
内庭に、古参親衛騎士に案内され、二人の男がやって来たからだ。
一人は老執事で片眼鏡。もう一人は学者然で眼鏡。
……もう来たか。
相変わらず、耳の早いことだ。
モスが余の背後に回り込み、警護の位置へついた。
案内役の親衛騎士が緊張した面持ちで頭を深々と下げ、戻っていく。……あ奴とて、歴戦な筈なのだが、客人が客人。致し方あるまいて。
顔を顰め、客人達へ軽く手を振る。
「グラハム、教授、久しいな。……呼んだ覚えはないが?」
片眼鏡の老執事――ウェインライト王国四大公爵家の一角、『軍神』ハワードを支える恐るべきウォーカーの当主『深淵』は微笑んだ。
「突然の御訪問、申し訳ありません。そろそろ、そちらの御仕事が片付く、との一報を受けましたので」
「……ふん。ならば一人で来れば良いではないか。隣におる、厄介事を撒き散らす男なぞ連れて来るでないっ! 余の寿命が縮んだらどうしてくれるのだ!?」
「――陛下、何やら誤解があるようですが」
グラハムの隣にいた学者然の男――『ウェインライト王国で最も危険な人物』である、教授が肩を竦めた。
それだけで、内庭の周囲を警護している親衛騎士達に緊張が走る。
この男を見かけで判断しては長く生き残れない。
何しろ……直接戦闘した者はその悉くが死んでおるのだ。
「僕は、今や一介の大学校教師。少々、国内外が荒れているのと、恩師使いの極めて荒い教え子達に厄介な仕事を丸投げされたり、後で怒られないよう動いてるだけに過ぎません」
「……だ、そうだが? グラハム?」
「事実ではあります」
「……ふんっ」
鼻を鳴らし、荒々しく冷水を飲む。
教授がモスへ視線を向ける。
「おお、老元帥も此方でしたか。てっきり、東方国境に張り付いておられるものと……ふむ? つまり『貴方様と親衛騎士団がいなくても良い』事態になっている、ということですな」
「…………陛下」
「よい。モスよ。こ奴等は知っておるのだ」
老臣が低い声と共に、魔剣の柄へ手を伸ばした。
無論、半ば演技。
大人同士の腹の探り合いにおいては、時に見栄も必要となる。
……が。
余はグラスをテーブルへ置き、頭を振った。
「グラハム、教授。化かし合いは止めようではないか。貴様等の得ている情報通りだ。帝国軍主力と相対していた、ララノアの『七天』は前線を離れ、魔工都市へと帰還しておる……そう」
目を細め、僅かな断片的な情報だけで余とモスの出した結論に到達しているだろう、王国の怪物共へ言い放つ。
「我が国と貴国が『掃除』を敢行し、侯国連合が混乱に陥り、ララノア内で政変が起きたこの機にだ。……これを偶然と思うか?」
「いいえ」「あり得ませんな」
グラハムと教授はあっさりと余に同意した。
――当初、余は叛徒鎮圧にモスを動かすつもりはなかった。
数は多くとも、所詮は修羅場を知らぬ有象無象共。
老いた余であっても、片付けるのは造作もない。
何より……ほんの数ヶ月前まで、ララノアの叛徒達は東方にあの厄介極まる男を張り付けていた。
グラスへ冷水を注いでいく。
「あの男は……『七天』は、余が言うのもなんだが、紛れも無き英雄だ。今では、歴史から忘れ去られた『ロートリンゲン』の初代皇帝の名を授けられ、古の双聖剣を振るう。モスは幾度が殺り合ったのだろう? どうであった?」
「……直接戦闘は出来れば二度と御免被りたいですな。剣技もさることながら、あの魔法! 氷属性を除く、全七属性を普遍なく完璧に使いこなしてきます。故に――『七天』。惜しむらくは……」
老元帥が言い淀んだ。
余は冷水を注ぎ終え、後を引き取る。
自然と声が冷気をはらんだ。
「魔法衰退のこの時代において、『七天』へ魔法を教えられる者が共和国におらず、それを補う魔法書も渡されておらぬこと。……ララノアの叛徒達にとっても、高潔な英雄殿は必要不可欠であると同時に、持て余す存在でもあるのだろう。いい加減、本題を申せ!」
「では、端的に」
教授が左手を挙げた。
大陸西方図が投映される。
王国・侯国連合――そして、帝国の色が一つになっている。
「……これは?」
「我が国、貴国、侯国連合は、大陸西方の三列強。にも拘わらず……」
教授が東方を指し示した。
――聖霊教の総本山。教皇領。
「近頃の我等は、奴等に振り回され続けております。ここら辺で反撃を致しませんか?」
王国の怪物の眼鏡が妖しく光った。
背筋に寒気が走る。
「ウェインライト、ユースティン、侯国連合を中心とした大同盟を提案致します。ララノア共和国も含めたいところですが……彼の国はおそらく間に合いますまい。『七天』と僕の教え子に期待しましょう」
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