第32話 水都騒乱 続々

 再度、水都全図を空間へ投映。

 敵を意味する赤点は動き回っているものもあれば、留まっているものもある。動きはバラバラで、とても全体の統制が取れているとはいえない。

 リディヤが細い指で数か所を触った。


「さっき、大議事堂で私達に喧嘩を売って来た連中も幾つかに移動しているわね。……指揮命令系統の統合すらまともにしないまま、こんな事をしてくる。逆に面倒ね、潰すのが」

「……先生、多分ですけど……各侯爵は陣頭指揮を執っているんじゃないでしょうか?」


 地図を眺め腕組みをし、考えていたティナが手を挙げた。

 僕は微笑み、教え子に尋ねる。


「どうしてそう思うんですか?」

「えっと……幾ら泥縄的にこんな事を企てたにしても『勝たないといけない』という点では一致していると思うんです。今、集結しているのは、んしょ」


 ティナが背伸びをして、大議事堂、大埠頭と付随する大倉庫、大図書館、王都と並ぶ古い聖霊教の聖堂、を指し示す。中には複数の魔力反応。

 苦笑しながら抱き上げる。


「ひゃん! せ、先生!?」「「「むっ!」」」「あらあら~♪」

「続きを教えてくれますか?」

「は、はいっ! 動きこそバラバラですけど、この四か所に赤点が集結しつつあるのは先生の地図で分かります。なのに、大議事堂を除けば未だ内部に侵入されている様子がありません。これは……苦戦を意味しているんだと思うんです。おそらく、叛乱軍の士気は高くないんじゃないでしょうか? 侯爵自らが前線指揮を執らないとままならない程に」

「正解です。ティナは本当に賢いですね」

「……えへへ♪」


 嬉しそうに前髪を揺らす僕の教え子。本当に聡い子だ。

 ゆっくりと降ろし――すぐさま、僕とティナの間に、ぐいっ、とリディヤ、カレン、リィネが入って来た。


「……ちょっと」「……兄さん」「兄様! 贔屓はダメだと思いますっ!」

「贔屓はしてないと思うけどなぁ……そうだよね? ティナ」

「ふっふーん。そうです! これは純粋な対価ですっ!!」

「……小っちゃいの」「……ティナ」「し、首席様は本当に汚いですっ!!」


 緊迫した状況なのに、少女達がじゃれ合い始める。

 まったく困った子達――アンコさんが頭の上で、てしてし。怒られてしまった。

 頬を掻き指示を出そうとすると、リリーさんが満面の笑みで近づいてきた。

 ……怪しい。


「はい~みなさん~♪ 私に注目してください~☆」

「さ、とっとと片付けようか。リディヤ、ここは一旦、分かれて叩くのが上策と思うんだけど、どう思う?」

「……ここから狙撃するのが一番早い」「却下」「……ケチ」

「あ、あれ~み、みなさん~?」


 リディヤの物騒な提案を一蹴。

 狙撃って……やれなくはないけど、終わった後、きっと水都は大変なことになってるよ。超長距離の魔法制御は結構難しいし、アトラの魔力にもまだ慣れてないから火力の加減が……。

 カレンが提案。


「兄さんの案に賛成します。ですが、戦力分散はそれだけ敵に付け込まれる可能性もあるのも事実。兄さんとリディヤさんは分かれるべきではないでしょうか?」

「!?」

「はいっ! 賛成ですっ! リィネは?」「私も……賛成です」

「!?!! そ、そんなの認められるわけないでしょう!」

「兄さんがリディヤさんに賛同しても、三対二。多数決です。諦めてください」

「……カレン、どうやら、義姉に対する敬意が大分不足しているようね? 今、ここで教えてあげてもいいのよ?」

「無駄です。何故なら……!」


 妹はティナとリィネに目配せ。

 すぐさま、少女達は僕の背中に回り込んだ。

 裾と尻尾を握りしめながら、顔を出す。

 尻尾、触られるのくすぐったいんだけどな。『♪』アトラも笑ってるし。


「対リディヤさん用絶対無敵、兄さんの楯です。その剣を兄さんに向けるんですか? オルグレンの件で、色々やったのに??」

「!?!! ひ、ひ、卑怯よっ!! 小っちゃいの、リィネもっ!!!」

「……先生の尻尾」「……もふもふ、です」

「くっ!! わ、私だってまだ触ってないのに……ちょっと」

「…………ここで僕に振るなよ。耳、触るかい?」

「うん♪」

「あの~!!!!!!」


 遂にリリーさんが大声を出した。

 頬を大きく膨らませ、ジタバタ。


「無視は駄目駄目だと思いますぅぅぅ~!」


 リディヤは僕の獣耳を優しく触れながら、自称メイドさんを冷たく一瞥。


「あら? リリーいたの。……アンナだったら、とっくの昔に詳細な情報を持ってきて、ロミーだったら、大倉庫辺りを燃やしているところだけれど?」

「う、うぐぅぅぅ! メ、メイド長と副メイド長は~ち、ちょっとおかしいんですぅぅ。わ、私は、普通のメイドさんなのでぇぇ」

『普通の?』

「…………酷いですぅ~。あんまりですぅ~。私、お姉ちゃんなのにぃぃ……お姉ちゃんは甘やかされて育つって、世界中の教科書の一番最初に書いてあるのにぃぃ~」


 しゃがみ込み、地面に文字を書き始めた。

 困ったお姉さんだ。


「――で? 何ですか? 手短に」

「はい~♪ うふふのふ~。アレン様はやっぱりお優しいですねぇ~☆ お姉ちゃんって呼んでもいいですよぉ?」

「御断りします」

「いけずぅ~――……戦力的にこちらの『大駒』は『剣姫』と『剣姫の頭脳:もふもふ版☆』です。そして、今回の相手はバラバラで頭が多い『有翼獅子』。全員で行動すると、一部を逃す可能性が高い。一時分進、各個殲滅、その後合撃が妥当と考えます。最後は」


 リリーさんが指を真っすぐ伸ばした――大議事堂。

 ……流石、アンナさんを見て育った人だ。状況分析に間違いはない。

 僕は片目を瞑り、頷いた。

 腐れ縁が後ろへ回り込み、尻尾に触れながら文句。


「……理解はしてあげる。けど、私とこいつがいなくても、どうとでもなるでしょう? アンコもつけてあげるわ」

「ちっちっちっ~リディヤ御嬢様、そういうところが駄目なんですぅ~。アレン様は、王国へ戻ったらぁ、きっとぉ……うふ~★ 偶には退くことも出来ないとぉぉ……清楚な御姫様に負けちゃうかもですよぉぉぉ??」

「くっ!!! …………提案を言ってみなさい」

「これです~♪」


 リリーさんがリディヤをやり込め、手を伸ばしてきた。

 ……清楚な御姫様? 

 僕の知り合いにそんな子はいないけどな。我が儘・泣き虫・強情な御姫様は知ってるけど。

 ――リリーさんの手には白い紙片。

 少女達はジト目。


『……これは?』

「見ての通り籤ですぅぅぅ~。一本だけが当たりです~。…………アレン様と二人きりで水都デート、したくありませんかぁ?」

「なっ!」『賛成しますっ!!!』


 腐れ縁が絶句。尻尾を握りしめる。こ、こらっ!

 ティナ、リィネ、カレン、勢いよく手を挙げ賛同。リリーさん側へ移動。

 勝ち誇ったメイドさんは僕へ片目を瞑ってきた。

 ……仕方ない人だなぁ。

 話を引き取る。


「リディヤ」

「私は反対だからねっ!」

「――……誕生日まではいるよ」

「!?!!!」

「む……」「兄様?」「……兄さん、今、何を言ったんですか?」


 耳元で微かに約束を囁く。

 すると、リディヤは尻尾を抱きしめながら上機嫌に。


「し、仕方ないわね。ま、まぁ、どうせ私が引くだろうけど」

「では、皆さん~引いていってくださいねぇ~」


 リリーさんが籤をティナ「私ですっ!」、リィネ「……そろそろ、私の番の筈……」カレン「兄さんと、デ、デート、デート……」リディヤ「私よっ!!!」 

 四人が引き終わり、残ったのは一本。

 ……おや?


「はい~魔力を通してくださいねぇ~」

『…………』


 少女達が真剣な面持ちで紙片に魔力を通す。

 アンコさんが器用に僕の背中を降りて行かれて、地面へ。尻尾を動かすと遊ばれ始める。「!」アトラ、真剣にならなくていいからね?

 

 ――当たりを引いたのは。

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