第13章
第26話 祈り
「――件の通り、ララノアの魔工都市は同志達によって奪取されたとのこと。これも、聖女様の思し召しでございましょう」
「……そうですか」
聖霊教教皇の報告を受けたフード付きの純白ローブを纏い、花に触れていた絶世の美少女は悲しそうに俯いた。私の胸も締め付けられる。
此処はウェインライト王国より東方。聖霊騎士団領とララノア共和国に挟まれた地。
聖霊教の総本山――教皇領。
その中心に建てられた古き神殿の最奥にある花畑で、表向きは信徒の頂点たる教皇は慌てて様子で、顔を上げた。陽光が雲に遮られ、陰が差す。
「聖女様、何か御懸念が……?」
「……いえ。皆さんは本当に……本当に良くやってくださっています。それについて、私からは何も。ただ」
美少女――我等が仰ぎ見る当代『聖女』様が振り向かれた。
長く神々しい灰白髪。透き通るような肌。
そのご尊顔を拝すだけで、『この御方の為ならばっ!』と、身体中に力が湧き出て来る。自然と、私は胸の印に触れた。
聖女様が顔を伏せられ、辛そうにされる。
「此度の一件で、多くの方々が殉教されたのでしょう。それは、偏に私の罪。様々な助力を得ながら大魔法『蘇生』の完全復元は未だ果たせず…………我が身の情けなさを恥じるばかりです」
「おお……何と慈悲深き御言葉……」「……矮小の身ながら、咎は我等使徒にも!」
教皇は老いた身体を感動で震わせ、私は更に深々と頭を下げた。
――肩に誰よりも温かい御手。
「二人共、どうもありがとう。使徒イライアスは、これからララノアへ行かれると聞いています。くれぐれも気を付けてください。現地の皆とよく協力を。私は荒事に不得手ですが、『七天』――かつて、世界を制覇した古きロートリンゲンの末であり、大英雄の名前を継承した英雄健在である限り、状況はどう転ぶか分かりません」
「有難き御言葉……」「御言葉ながら」
私は顔を上げ、聖女様を見つめた。
――末端信者の息子として生まれた我が身が、聖霊教使徒となったのはこの御方がいてくださったからこそ。
そして、何より……この誰よりも優しき御方は世界を心から良きものへしようと変えようとされている!
ならば……卑小な我が身なぞ、取るに足らずっ!!
「使徒に任じられて以来、我が命は、聖女様と聖霊へ捧げております。必ず……アディソン家が秘匿した【龍】を見つけ」
「イライアス。嗚呼、イライアス」
「!」
聖女様は私の言葉を遮り、片膝をおつきなった。
呆気に取られ、反応する前に我が印へ御手を翳され、儚げに首を振られる。
「……聖霊様に命を捧げるのは構いません。ですが、私のような女に命を捧げる、なぞと言ってはなりません。仮に情勢が厳しかった場合、同志達の安全を優先してください。真なる『蘇生』の復元は未だ遠く、殉教されてしまえば、私がお詫び出来るのは少し御時間をいただいてしまいます」
「…………はっ。はっ!」
私は口元を押さえ、咽び泣く。
同時に――覚悟が更に固まった。
必ず、聖女様が欲しておられるモノを手に入れねばならぬ。
たとえ……御言葉に背き、我が身を捧げることになろうとも。
※※※
老人と使徒が立ち去った後の内庭。
既に幾重にも戦略結界が張り巡らされ、使徒であってもこの地に入ってくることは出来ない。
テーブルの上に置かれている、各国の情勢が記されたノートに指を滑らせる。
『ユースティン帝国内で大規模粛清。皇太子派、四散霧消』
『侯国連合、国力疲弊甚だしき、他国への影響力低下』
『ウェインライト王国、他国との同盟を進めるも、対外出兵は困難』
『魔族とルブフェーラ公爵家、秘密裡に接触した模様』
『南方島嶼諸国、ウェインライト王国との関係を強めつつあり』
ほぼ全て、私の計画通りに進んでいる。
大陸西方の三列強は力を残しながらも、大規模対外出兵は難しい。
南方島嶼諸国は、百年前のルブフェーラ出兵以降、大陸に対してどうこうする意志を喪っているから無視していい。ウェインライトと繋がっても、何もしないだろう。
……魔族とルブフェーラの接触は少しだけ気になるけれど。
私は花を手折り独白した。
「この世界で誰よりも油断ならず、ほぼほぼ全てを知っているらしい、怠け者の魔王様が人族と今更、何を話し合おうとししているのかしら……? 『賢者』の話だと、魔王戦争の時も、殆ど前線には立たなかったらしいのに」
小首を傾げると、水面に顔が映った。
――灰白色の獣耳と大きな尻尾。
思わず、くすくす笑ってしまう。
獣人は聖霊教では排斥されているのに、そんな私が『聖女』を名乗っていることの可笑しさ!
極一部の同志を除き……聖霊教と『聖女』なんて、どうしようもない存在を崇めている教皇や使徒達。
「何て…何て、愚かな人達。精々命を磨り潰して、私の為に働いてほしい」
ララノアの情勢が書かれた文字を指でなぞる。
『『欠陥品の鍵』は、魔工都市を脱出した模様』
背筋が震え、奇妙な喜悦。
……あの人は、あの人ならば、必ず来てくれると思っていた。
他の誰でもない、アレンさんならば。
アディソンが秘匿した【龍】も大魔法も、貴重極まりない『本当の歴史が記された』史書も、あの人には及ばない。
――計画通りにいくならば。
手の中の花を握り締めると、枯れ落ち水面へ落下。
狂風が吹き荒れ、私の灰白髪を靡かせる。
「嗚呼……早く、早く、会いたいな。会って、全てを知った時、いったい貴方はどういう顔を私に見せてくれるのかしら? 堕ちた『星』は私の、私だけのモノなのだから」
私は手を合わせ瞑目し、ただ静かに祈る。
――聖霊なんて、馬鹿げたモノは心に一切浮かばなかった。
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