第24話 死

 イゾルデを退けた僕達は、ティナ達のいる大広場へ駆けた。

 次々と骸骨が襲ってくるも、先頭を突き進むリドリー様とアーサーが、悉く斬り伏せ、塵へと返していく。

 ギルが口笛を吹いた。


「流石っすねぇ! 正直、自信がどんどん喪われていくっすよっ!」

「ギルは十分強いさ。一対一なら僕だって」

「あ、それはないっすね。ないっす」

「……最後まで言わせてくれてもいいじゃないか」


 左肩に乗っているアンコさんも同意の鳴き声。

 味方がいないなぁ。

 最後の骸骨が、リドリー様の炎に包まれ倒れた。

 アーサーがニヤリ、と笑い振り向く。


「行くぞっ! 後れを取るなよっ!!」

「分かっている」「ええ」「うっすっ!」


 僕達は塊となって大広場へ突入。

 すぐさま、数十体の骸骨が襲い掛かってくるも――


「邪魔だなっ!」


 アーサーが魔剣を横薙ぎ。

 反応すらさせず、両断した。

 大広場の奥には、先頭のリリーさんと魔法を紡いでいるティナと、治癒魔法を連続発動させているエリー。最後方に荒い息を吐いているアディソン閣下が見える。護衛兵達は皆、殺されてしまったようだ。

 相対しているのは――フード付き灰色ローブを着たアーティ・アディソンと、十数名の聖霊教異端審問官達だ。床の魔法陣の中からは骸骨達が這い出て来ている。

 『故骨亡夢』の簡易版!

 僕は名前を叫んだ。 


「ティナ! エリー! リリーさん!」

「! 先生!!」「アレン先生!」


 ティナとエリーが僕に気付き、表情を明るくさせた。

 聖霊教異端審問官達の半数が振り向き、僕達に対応しようとするが――炎花が舞い踊った。


「隙だらけです★」

『!』


 リリーさんの放った巨大な『火焔鳥』が襲い掛かり、異端審問官達は全力で防御態勢へ移行。必死の形相で凶鳥を抑え込もうとする。

 周囲の壁や床が炎上していく中、アーサーはもう一振りの魔剣をゆっくりと引き抜いて行く。

 静かな……とても静かな問いかけ。


「……アーティ、何故だ? 何故、このような事……」

「――決まっています」


 あどけなさを残す少年が振り向いた。

 瞳は深紅に染まり、頬には『蛇』の紋章。首元には聖霊教の鎖。イゾルデのように木製ではないようだが……この子も吸血鬼になったか。

 右手に突き出し、言い放つ。


「僕にとって、彼女は……イゾルデはっ! 『アディソン』よりも『ララノア』よりも、遥かに価値があったっ!! けれど…………所詮、僕は『建国の英雄、アディソン旧侯爵家の長男』。今のまま、彼女と結ばれることはありません。だったら」


 アーティは拳を握り締め魔力を集束。

 その手に禍々しい何かが生まれていく。


「だったらっ! 僕は、人を辞めるっ!! そして、聖女様の殉教者としての職務を全うし、浄化された後の世界でイゾルデと永久の命を全うするっ!!!」

「…………そうか」


 アーサーは沈痛な面持ちで、少年の言葉を聞き終えた。

 最後方にいるアディソン閣下が絶叫する。


「アーティっ!!!!! 止めろっ!!!!! 止めるのだっ!!!!! お前は、自分が何をしようとしているのか理解しているのかっ!? しかも、『聖女』……『聖女』だとっ! そのような存在が……聖霊教の中に現れるものかっ!」

「…………父上。僕は貴方を心から尊敬していました。貴方のように立派な当主になることが、僕にとって数少ないの願いの一つでもありました。ですが……」


 アーティの瞳に凄まじい憎悪。這い出る骸骨の数は増え続けている。

 リリーさんとギル、ティナとエリーが僕を注視。

 ――少年の右手に、処刑人の剣を出現した。


「貴方は……僕を単なる『交渉材料』の一つとしか見ていなかったっ! ウェインライト王国へステラ・ハワード公女殿下との婚約を持ちかけ、イゾルデの御父上にも、自らの地位保全と引き換えに僕を差し出そうとしたっ!! ……僕が何も知らないとでも?」

「っ! そ、それは……」


 アディソン閣下の顔が蒼褪める。

 おそらく、アーティには秘匿にしていたのだろう。

 僕は魔法を幾つか静謐発動。


『――何時でも』


 リリーさんが呼びかけてきた。気づくのが早いな。

 微かに遅れて、ティナとエリー、ギルも頷く。リドリー様とアーサーは言わずもがなだ。

 アーティは背中に蝙蝠のような羽を広げ、ふわり、と浮かび上がった。


「もう、僕には彼女しか……イゾルデしか残っていないんですっ!!!!! 貴方達をここで皆殺しにし、ララノアを奪えば聖女様はお喜びになられるでしょう。死んでいただきます!!!!!」

「アーティっ!」

「――お話中、申し訳ないんですが」


 少年と父親の言葉を遮り、僕は左手を軽く掲げた。

 異端審問官達は、既に全員が片刃の短剣を抜き放ちっている。

 殊更、わざとらしくアーティへ告げた。


「イゾルデ・タリトー嬢ならば、先程、そこの『七天』様の剣によって……」

「!? う、嘘だっ! そ、そんなことあり得ないっ!! イゾルデは、使僕と違い、聖女様から直接御力を賜ったんだっ!!!!! 矮小な人の身に負ける筈が――」


 僕は魔杖の石突きで床を打った。

 ――試製二属性浄化魔法『清浄雪光』を発動。

 光り輝く雪華が吹き荒び、骸骨達を瞬時に灰へと返し、召喚用の魔法陣すらも消し去っていく。


「なっ!」『!』


 アーティ達の動揺を逃さず、リドリー様、アーサー、リリーさんが突進。

 容赦なく剣を振るい、十数名の異端審問官達に反応すらさせず打ち倒した。


「ティナ! エリー!」「「はいっ!」」


 僕の呼びかけに応え、ティナとエリーが同時に氷蔦を放ち、床に倒れた異端審問官達を拘束。最後にアンコさんが鳴かれ、闇に消える。自爆でもされたら事だ。

 一瞬で盤面をひっくり返されたアーティがよろめく。


「なっ……こ、こんな、馬鹿な……」

「色々と聞きたいこともあります。降伏――ギル! リリーさんっ!」

「む」「ぬっ!」「はいっ!」「うっすっ!」「「!」」


 直後、轟音と共に屋根が崩落した。砂埃が巻き起こる。

 すぐさま、魔力感知。リドリー様とアーサーは当然のように無事。リリーさんも、ティナとエリーを浮遊魔法を使って退避させているようだ。

 咄嗟に飛び込み、アディソン閣下を瓦礫から守った僕とギルは頭上を見上げた。

 後輩が槍を構え、震える声を発した。


「……さ、流石に、洒落になってないっすよ……?」


 アーティの言葉が脳裏に浮かんだ。『使徒様から御力を分けていただいた』。


 ――頭上にいたのは、水都で交戦した骨竜だった。


 その頭の上には深紅に縁どられたフード付きの純白ローブに身を包んだ男。どうやって救出したのか、アーティも一緒だ。

 情報が繋がっていく。そうか……エルンスト会頭を攫ったのは。

 骨竜が威嚇するように口を大きく開ける中、アーティが手を重ねた。


「嗚呼……使徒イブシヌル様っ!」

『!』


 やはり、もう一人の使徒がっ!

 僕とギルを押しのけた


「閣下!」「危ないっすよっ!」


 返答はなく、アディソン閣下が剣を骨竜に突き付けた。


「貴様が……貴様が、私の息子を誑かしたのかっ! おのれっ!! アーティを元に戻せっ!!!!!」

「無理だ。アーティとイゾルデは聖女様の栄えある殉教者となった身。アーティ・アディソンは新たな『生』を受けている」

「っ! お、おのれぇぇぇ!!!」


 使徒は憤怒を叩きつける旧侯爵に構わず、僕達へ視線を向けた。

 賛嘆を零す。


「聖女様の予言通り、一人も欠けていないとは。如何な私でも、『七天』『剣聖』『魔女戻り』に『忌み子』――そして」


 使徒の冷たい視線が、僕とティナを守っているエリーへ向けられた。

 ……何故、エリーへ?


「『樹守の末』と『欠陥品の鍵』を同時に相手には出来ぬな」

「……『樹守の末』?」


 おそらく、エリーを指している聞き慣れぬ単語を僕は繰り返す。

 アディソン閣下が苛立ちも露わにした後で、絶叫した


「貴様、訳の分からぬ――アーティっ!!!!!!」

「故に小細工をしよう」

「…………え?」


 僕達が止める間もなく、使徒はアーティの腹に短剣を突き立てていた。

 吸血鬼化していれば再生も出来る筈だが、真っ白な顔になった少年の口からは鮮血が滴り落ち、骨竜の頭に痕を残していく。

 アーティが心底不思議そうに問う。


「し、使徒様、ど、どうし、て……?」

「アーティ、お前はよく動いてくれた。これだけの戦力をこの場に集めれば――事は上手く運ぶだろう。誇りを抱き、一時的に死んで行け」

「そ、そんな…………」

「アーサー!」「応っ!」


 ララノアの英雄様は床を蹴り、大跳躍。

 僕も空中に足場用の氷鏡を生み出し、追随した。

 水都に出現した骨竜はニコロ君を『核』とし、顕現した。

 

 じゃあ……かつて光属性極致魔法を使いこなした『アディソン』の血が使われたらどうなるか?


「せいっ!!!!!」「これでっ!!!!!」


 アーサーが使徒目掛け双剣を振るい、僕も杖に『蒼槍』を発動。

 躱しようのない同時攻撃を敢行し――


「「っ!」」 

「アーサー!」「アレンさんっ!」


 僕達は弾き飛ばされ、床に叩きつけられた寸前で、リドリー様とリリーさんに受け止められる。

 ティナの震える声が耳朶を打った。


「……あれって、そんな……」


 恐ろしく鋭い牙。見つめられるだけで身体が強張る瞳。巨大な黒い翼と一本一本が大剣の如き爪。


 ――そこにいたのは、半ば受肉した巨大な『竜』だった。


 上空から暴風が振り下ろされ、視界が開けた。

 使徒の哄笑とアディソン閣下の声なき慟哭が響き渡る。


「ククク……全ては聖女様の御心のままに。愚かな愚かなアーティは、役に立ってくれた。さて――貴様達を殺し、後顧の憂いを絶つとしよう!」

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