第17話 不死の鳥

「…………」「…………」


 僕は無言で、目の前に座るリディヤの口に甘いお菓子を運ぶ。

 すると、紅髪の公女殿下も無言で同じお菓子を僕の口に運ぶ。

 膝上には幼獣姿のアトラとリアが丸くなってすやすや。

 足下には散々、遊んで満足し、自分でやや小さい籠を運んできてすっぽり納まったシフォン。これまたすやすや。

 僕の隣席では、泣き疲れたカレンが僕の左肩にもたれかかり寝てしまい、体力がない為、持ち込まれたソファーでこれまた横になっている、フェリシアをステラが介抱中。

 リリーさんにいたっては「ふひぃ~もう、食べられないですぅ……」とテーブルに上半身を投げ出している。自由人なお姉さんめ。

 アンコさんが幾度となく、僕の肩に乗ろうとされているものの、浮遊魔法の自動防御突破に苦戦中。

 僕とリディヤは無言でお菓子と食べさせ合い、カップの紅茶を飲ませ合う。


「あ、あの……せ、先生……」

「あぅぅ……ア、アレン先生」

「あ、兄様ぁ、あ、姉様ぁ!」

「「…………」」


 年少組がおろおろしているのも意図的に無視。

 ……『調査官』の件、シェリルと組んで、最終案を出したのはおそらく、この子達だ。特に薄蒼髪の天才公女殿下が怪しい。

 僕はぽつり、と呟く。


「……ねぇ、リディヤ」

「…………なにぃよぉ」

「……どうして、毎度毎回、シェリルの軽口からのアンコさんの闇牢に引っかかるのさ。しかも『ここぞっ!』で」

「……わたし、わるくないもんっ! あんなひきょうな手を使って、まっくろくろなのに、『私の心は真っ白なのよ?』なんて、しらじらしくいう子がわるいんだもんっ!」

「…………まぁ、それには同意するけどさ」

「でしょう? でしょう?? わたし、やっぱり、わるくないもんっ! 闇牢突破も最速だったもんっ!! …………なのにぃ、馬鹿って、馬鹿っていったぁぁ!」

「事実だからね」

「う~!!!!」

「でも……シェリルが全部、全部悪いね!」

「…………まっくろおうじょがわるいっ!」

「リ、リディヤ! ア、アレンもっ! ち、ちょっと、酷いんじゃ……た、確かに、その……ち、ちょっとだけ、やり過ぎたかなぁ、って……は、反省はしてるのよ? ほ、本当よ??」

「「…………」」


 近くで王女殿下がもにょもにゅ、言っているけれども、僕は知らないし、リディヤも知らない子だ。

 紅茶から、昼間だけれども赤ワインに切り替えグラスに注ぐ。


「……これから、どうしようか??」

「……やっぱり、ぼーめーしとく?」

「……その前に、するべきことがあるね」

「……そうね――四人程は、殺らないと」

「「「!?!!」」」「え!!? わ、私もなのっ!?」


 リディヤの美しい微笑。口調も戻ってくる。

 思い当たったのか、この場にいる僕以外の男性三人――教授、学校長、リチャードの顔が引き攣り、シェリルが愕然、とする。

 すぐさま、学校長が転移魔法を発動。姿が掻き消えた。

 僕は赤ワインをリディヤに飲ませつつ、人差し指を立てる。

 教授と赤髪の近衛副長が悪態を吐く。


「あ! き、汚いぞっ! 御老体っ!! 死ぬならば、歳の順の筈っ!!!」 

「そ、そうですっ! 順番的に、ロッド卿、教授。そして、御二方が盾になっている間に、僕は涙を堪えて生き延びるのが、物語として正しい筋書きの筈ですっ!!!」

「…………ほぉ、リチャード。僕は、ここで雌雄を決してもいいのだよ? そもそも、アレンをシェリル王女殿下の傍に置こうとしたのは君の発案じゃないか?」

「!? ききき教授!? い、今ここでそれを言うとっ!?!!」


 空間に魔法陣が発生――学校長が飛び出してきた。

 愕然とした表情。


「ば、馬鹿なっ!? 反転移陣、だ、と!?!! エ、エルフ族の秘呪を……」

「――……御三方。覚悟の上の行動でしょう? お静かに」

「「「…………」」」


 僕の発した言葉に、男性陣の顔が蒼を通り越して、白くなった。

 何度も此方に来ようとしていたアンコさんが、全ての浮遊魔法を突破し僕の右肩に。溜め息を吐きながら、抗議。


「アンコさん、今回のは酷いです……僕は大変、傷つきました……。一ヶ月はブラシをかけてあげられないかもしれません」


 黒猫な使い魔様が、珍しく弱々しく一鳴き。

 そのまま膝上に降り、アトラの隣で丸くなった。

 リディヤがグラスを口元に運んできたので、一口飲む。

 丸テーブルに肘を置き頬杖。


「……良し。そろそろ、殺ろうか?」

「……そうね。本気でいいわよね?」

「うん。本気の本気でいこうか」

「りょーかい。ね、つないで?」

「ん」

「♪」


 、リディヤと魔力を繋ぐ。

 僕とリディヤは、右手を軽く振る。

 座ったまま――八頭十六翼にして、純白の『火焔鳥』が上空に顕現。

 八羽に分かれ周囲を舞う。

 更に、内庭全体を白と蒼の無数の雪華が舞い、外部からの探知を遮断。

 護衛隊の方々が賛嘆を漏らす。「これは……」「こ、こんな魔法、見たことがない……」「流石は、アレン様と『剣姫』様……」。

 僕は、見知った護衛官の方々に目配せ。にこやかに退避されていく。

 男性三人とシェリルの顔がますます引き攣る。

 ティナ達が目を見開き、手を繋ぎ合う。


「こ、これって……」

「あぅあぅ、し、しゅごいです……」

「こ、こんな、凄い……」、

「ティナ、エリー、リィネ、良く見ておいてくださいね。ステラもです」

「はい。……あの、アレン様。怒って……おられますか?」


 おずおず、と不安そうに生徒会長様が聞いていきた。

 僕は苦笑し、首を振る。


「いえ……特段。色々なものから逃げ回っていた僕が悪い、とは思っています。まぁ、仕方ないですね。因果が巡っただけなので、受けはします。けれど」

「けれど?」

「御三方に、ゲラゲラ、笑われたままなのは、僕の矜持として、到底、許し難いので。あとですね……シェリルは時折、御説教しないとすぐ調子にのって、物事を極大化するんです。王立学校卒業して以降、御説教していませんでしたしね」

「「「…………」」」

「ア、アレン!? こ、こんなのは、ち、ちょっとした、御姫様のお茶目じゃないっ!」

「シェリル…………君は、王立学校時代も『お茶目』の一言で禁書を開いて、建物を何棟か吹き飛ばしたよね?」

「………………てへぇ☆」

「もう、殺っても、いいー?」


 リディヤが足をぶらぶらさせながら、聞いてきた。

 僕は頷き、指示を出す。


「リディヤ、良いよ」

「ん~♪」


 八羽の凶鳥がすぐさま、四人に襲い掛かる。

 四人の悲鳴を聞きつつ、新しいグラスを三つ丸テーブルに置き、教え子達を呼ぶ。


「ティナ、エリー、リィネ。こっちへ」

「「「は、はいっ!」」」


 呆然と興奮を浮かべた表情で、二羽ずつの『火焔鳥』が、王国最高峰の魔法士二人、歴戦の近衛副長、そして、僕が知る限りにおいて王国最良の魔法士に襲い掛かる様を見ていた年少の三人が、近くにやって来た。

 それぞれのグラスに果実水を注ぎ、渡す。


「まったくっ。悪い子達です! さ、飲みながらでいいです。よく見てください」

「わたしもーのむー」

「はいはい」


 口を挟んできた紅髪の公女殿下にも果実水を注いでやり、カレンを起こさないように、眼前の光景を右手で指し示す。


「ぬぉ!? こ、これは、この『火焔鳥』はっ!?!!」

「わ、若造、な、なんとか、せよっ!!!! 未知の転移魔法と連動しておるっ!! た、耐炎結界も効かぬっ!!! しかも――魔法式自体が、刹那単位で暗号を組み替えておるぞっ!!!!」

「ア、アレン! おあいこ!! おあいこっていう、言葉は、君の中にはないのかいっ!?!!!」

「ち、ちょっと、ア、アレン、リ、リディヤ!!! こ、この『火焔鳥』なんなのよっ!? 魔法で迎撃しても、魔法障壁で削っても、さ、再生するんだけどぉぉぉ!?!!!!」

「「「…………」」」


 ティナ達は眼前の光景に唖然茫然。

 僕は頬杖をつきながら、淡々と告げる。


「あれが――の炎属性極致魔法『火焔鳥』。その簡易版です。ああ、火力だけは極限まで落としてありますが、それ以外は現在の、僕とリディヤが出せる全開です」


 エリーとリィネは目を白黒。

 薄蒼髪の公女殿下が僕とリディヤを見た。

 そして、少し考え――はっ、とし、口元を手で押さえる。


「せ、先生…………も、もしかして、極致魔法って…………」

「ティナ、今、君の考えていることは当たっています」


 僕は逸早く、事実に気づいた紛れもない天才公女殿下に微笑み、寝ているアトラの頭を撫でる。


「本物の極致魔法は、ある意味で生きているようです。一度放ってしまえば、後は命令を履行するのみ。当然、展開、発動に膨大過ぎる魔力が必要ですが――放ってしまえば、一滴たりとも魔力はいりません。後は勝手に回復します。ええ……が勝手に、ね」

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