第366話 ホールリハーサル前日 リハーサル(四)
エキシビション三人目はバレエ『ジゼル』第一幕のジゼルのヴァリエーションを
舞台(稽古場)の
このヴァリエーションは全幕バレエでは周りにたくさんの村人たちがいる中で踊る。生まれつき体が弱いが踊ることが大好きなジゼルが皆の前で踊る。踊る前に、周りで見てくれている人たちに丁寧に会釈して広場を回る。
コンクールでこのヴァリエーションを踊るときは、当然、他に誰もいない舞台上でダンサーが一人で踊ることになる。
しかし、多くの場合、出演者は曲が始まるのと同時に舞台に登場した後、その舞台にたくさんの村人たちがいるかのように舞台をひと回りして、周りに丁寧にお辞儀をし、最初の立ち位置につく。
この部分で早くもジゼルの繊細で豊かな表現力が試される。
瑞希は舞台に登場した瞬間に既にジゼルになっている。そればかりか、この空間をバレエ『ジゼル』世界に変えてしまう。
踊り始めると見ている誰もが瑞希の表現の世界に引き込まれる。とかくバレエは足のポジションや、つま先、手先など、細かいテクニックや表現の部分にばかり目が行きがちだが、彼女の踊りはそんな細かい部分に見ている者の目を、意識を行かせない。
彼女は、その全体の表現、彼女の空気に引き込んでいく。
何という表現力なのだろう……
園香は真美の言葉を思い出した『私は二位だった。二位以下の差と、瑞希さんと私の差は全然違うから……ここを直したら届くとか、そういう差じゃなかったから……』
園香は思った、先程『エスメラルダ』のヴァリエーションを踊った真美の実力は凄かった。
しかし、今、瑞希の『ジゼル』見ると、真美には失礼だが、レベルが違い過ぎる。
何なんだろう、トゥシューズを履いてバレエという枠の中で踊っている、なのに彼女はジゼルという女性そのものだ。演じているとか表現しているを通り越している。
ふと、すみれと目が合った。何か園香にメッセージを送るような視線『この踊りをよく見ておきなさい』そう言われたような気がした。
真美が何か遠くを見るような視線で瑞希のジゼルを見ている。まだ、自分より遥か先で踊っている瑞希の姿を見ているように思えた。
あの日の一位と二位の差はまだ変わっていなかった。
瑞希たちが、この稽古場に来始めて、彼女の性格からも、どこか身近なお姉さん、友達の様に接してくれる瑞希を自分たちと変わらないダンサーの様に勘違いしていた。彼女は確かに国際コンクールを目指すバレリーナだ。
レベルが違い過ぎる。
最後のマネージュ、舞台を大きく円を描く様にピケ・アンデダンで回る。このターンのスピードが絶妙だ。何度か彼女がこのヴァリエーションを踊るのを見たが、この部分にまったく違和感を感じない。ジゼルは体が弱く病弱な女性だ。しかし踊ることが大好きで、踊っている時の彼女は体いっぱいに喜びを表現する。
そんな彼女が最後の部分で大きな回転技を披露する。この部分は曲も華やかでテンポも速くなる。踊りも世界共通で舞台を大きく回りながら、勢いのある回転技を見せる。
瑞希の踊りは、この部分の表現が絶妙だ、やり過ぎず、弱すぎず、天真爛漫な中に、どこか
踊り終わり稽古場が拍手の渦に包まれる。千春や大人クラスの出演者たち、お母さんたちの中には涙を見せる者もいた。
美和子や
園香も言葉を失った。本編『くるみ割り人形』の前に、この踊りを見せられる。真美や一美、この後、踊る優一やすみれは表現も
その前に、このエキシビションで究極の表現力で踊られる瑞希の『ジゼル』と美織の『オデット』は、後に続く『くるみ割り人形』の主役である園香と
園香の隣で見ていたクララ役の由奈も、どこか神妙な表情で瑞希の踊りに拍手を送っていた。
――――――
〇マネージュ
舞台を大きく円を描く様に回りながら、ジャンプ、ターン、あるいはそれらを組み合わせてテクニックを見せる。
〇ピケ・アンデダン、ピケ・アンデオール
ピケは右足軸の場合、左足をプリエ(膝を曲げる)した状態から、一気に右足ポワント(つま先)で立つ。左足はパッセ(太腿から足を開く様に使い膝を曲げつま先を軸足の膝につける)右足軸のとき右回りに回るのがピケ・アンデダン。右足軸のとき左回りに回るのがピケ・アンデオール。
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