第22話 リハーサル 瑞希

『ドン・キホーテ』よりグラン・パ・ド・ドゥ

河合瑞希かわいみずき 久宝優一くぼうゆういち


曲が始まると同時に一瞬で空気が変わった。


〇アントレ

 舞台の上手(客席から見て右側)奥から、下手方向(右方向)に移動しながらトンベ、パドブレ、グリッサード、軽くリフトそして瑞希のピルエットをサポートする。同じように左に移動。

 曲の中で大きなリフト。優一が瑞希のウエストを支え片手でリフト。リフトされた瑞希は右足を下に張り、左足を真上に足を百八十度開脚した状態でバランスを取る。その後、瑞希は右にシェネ。もう一度、同じリフトをする。そして舞台中央でポーズを取った後、アダージオに入っていく。


〇アダージオ

 リフトの軽さ、プロムナードの安定。まったくグラつくことがない。プロムナードからのバランスも男性が手を放した瞬間ピタッと止まる。

 ポワントで立った状態で、手先、足先まで微動すらせずピタッと止まり数秒静止画像かのようにポーズをキープする。驚異的なバランス感覚だ。


 見学席で見ていた生徒やお母さんたちも皆、無意識に気が付くと拍手を送っていた。


〇男性ヴァリエーション

 今回のコンクールは瑞希が審査対象で優一は審査対象外だが、優一は男性ヴァリエーションもまったく手を抜かず踊る。

 コンクールによっては、こういう場合、男性の部分は曲だけ流れて男性が踊らないという場合もある。

 しかし、優一の考えとして一緒にグランを踊る以上、男性が手を抜かずに踊っている姿を見せることで、女性も自分のヴァリエーションの前にイメージを作り上げられるだろう。次の自分のヴァリエーションでテンションを高めていけるだろうという思いがあった。

 しかも彼の踊りは自分が審査対象ではないかと思うほど全力で踊る。ジャンプの高さ、滞空時間の長さ、ターンの安定。一つ一つの技術の完成度がとてつもなく高い。それでいてやり過ぎという感じがない。すべてのテクニックに余裕が感じられる。かつ次の女性の踊りを邪魔しない。


 鏡の前で見ている男子三人も真剣な表情で見ている。テクニックに興奮し超絶な技に心を奪われるというのではない。美しさ正確さ、彼らにもはっきり伝わる芸術性の高さ。

 ここでも花村バレエの関係者が目を奪われた。見た目の派手さだけでない。どこまでもこれはクラシックバレエであるということを突き付けられるような高いレベルの踊りだった。


〇女性ヴァリエーション

 テンポの速いリズミカルな曲。どの部分を切り取っても正確にポジションを取って踊っている。扇の使い方も美しい。扇がまるで彼女一部であるかのように曲と踊りの中に違和感なく溶け込んでいる。自然で余計な動きや過剰な表現がない。軽快で軽やかだ。彼女の足や腕が通る美しい軌跡が『踊りの正確さ』として見る人の心に残っていく。


〇コーダ

 これも優一はまったく手を抜かず踊る。どのテクニックも見慣れないテクニックはあまり使わずオーソドックスな技でまとめる。しかし、どのジャンプを取っても高さがすごい。更にターンは安定感がとてつもないという印象を与える。


 優一の後、瑞希のグランフェッテ。瑞希は舞台中央にサッと走り出て来たかと思うと素早くプレパレーションからピルエットに入る。何回転回ったのだろう。見ている誰もが数えられなくなるほど回った後、三十二回転のグランフェッテにつなげていく。

 優一のアラセゴンドターン。アラセゴンドターンからピルエットにつなげる。ターンのスピードが加速するように感じる。まるでフィギュアスケートでも見ているようだ

 最後は女性のピルエットのサポートからポーズで終わる。最後のポーズまで息をつく間もないほどのスピード感だった。


 美織が間髪入れず注意点を伝えていく。アントレ、アダジオからヴァリエーション、コーダまで、かなり細かいところまでダメ出ししていく。

 メモも取っていないのによくこれだけ細かく覚えていると、美織のダメ出しにもギャラリーが驚く。


 一通り終わってすぐ美織と優一の練習に入る。

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