一九九三年 十一月

第29章 アクシデントの始まり

第332話 突然の連絡に

 文化イベントが終わって、この週末、稽古場を多岐川一美たきがわかずみが訪ねてくることになっている。今日も園香そのかと真美が一足先に稽古場に来てストレッチをしていると間もなく、すみれ、美織みおり瑞希みずき、優一がやって来た。

 今日もまた、美和子と香保子かほこも来ている。真理子とあやめは、まだ上の自宅の方にいる。北村と秋山が稽古場で準備をしていると、すみれに一本の電話が入った。

 北村が電話を取り、すみれに繋ぐ。

「すみれさん、青山青葉あおやまあおばバレエ団のとおるさんからです」

「え?」

 珍しいことだった。

「なんだろう?」

 美織も怪訝な表情を浮かべる。

 すみれが稽古場で電話を取る。

「え! なんですって」

 稽古場にいた全員がすみれの方を向く。

「怪我の具合は、どうなんですか?」

 皆が顔を見合わせる。すみれが真剣な表情で話している。

「ええ……ええ……じゃあ、公演には間に合わないんですね……はい……え? はい、わかりました……考えておきます。今週末には……はい……」


 電話を切って皆のところに戻ってくるすみれ。稽古場にいた誰もが聞こえていた会話で何があったかは想像が付いた。

 美織がすみれに聞く、

「誰が怪我をしたんですか?」

のぞみ雪村希ゆきむらのぞみ。発表会のリハーサル中に骨折だって」

「ええ、何やってて骨折したの」

「うん、なんかジャンプしてて着地の時、佳子よしこと接触したらしい」

「ええ、何やってんの」

 瑞希が困ったという表情をする。奈々と一緒に『スペインの踊り』を踊る予定だったのぞみが怪我で出演できなくなったということだ。

「で、誰か代わりが来るの?」

 優一が聞く。

「いや、前に言ってた木島きじまけんちゃんは来るらしいけど、のぞみの代わりは難しいらしい。どうしてもなら、さとしか……でも難しいらしい。」

「向こうも、その時期、男性は他のバレエ教室のゲスト出演とか、いろいろ入ってるんでしょ。当日、空いてたとしても、ねえ」

 美織にも難しい状況は理解できた。

「どうするんですか?」

 瑞希が聞く。

「ちょっと、時間もらってる。」

 すみれがすぐに真理子とあやめに報告しに行く。真理子たちも稽古場にやって来て心配そうに話す。


 すみれが呟くように言う。

「今回のキャスティングは、一見、青山青葉あおやまあおばのゲストがたくさん来て、キャストに余裕があるようにも見えるけど、一人一人の役割が、結構、複雑にキャスティングされてて、振付も『ネズミと兵隊人形の戦い』『雪の場』『花ワル』『終曲のワルツ』と大勢で踊る踊りのフォーメーションが複雑だから、誰かが怪我をしたからといって、そこを削るというのは全員の動きに影響するから難しいの。最善の策は何かアクシデントがあって出演者が欠けたら、踊れるダンサーを補充する。全員のフォーメーションを変更するより、補充した一人に踊りを覚えてもらう方がいい」

「でも、それには、すぐに振りを覚えて踊れるダンサーっていう条件が……」すみれの言葉に美織も困ったように言う。

「そう、大人の女性なら青山青葉あおやまあおばバレエ団に余るほどいるわ。でも、男性とか、小さな子どもは、何かあったら踊れるダンサーを探さないと」すみれの言葉に、瑞希が聞く。

「当てはあるんですか?」


 少し間を置いてすみれが言う。

「一人、本人に聞いてみないと分からないけど……踊りは大丈夫なやつがいる。本人も青山青葉あおやまあおばバレエ団で踊りたかったんだろうから、今回の公演は、それに近いものがあると思うし」

「え?」

 思わず、真美が声を上げた。そこにいた誰もが、すみれが思っているダンサーが誰かわかった気がした。

 すみれが真理子に聞く。

「ダンサー補充させて頂いていいですか? ゲスト料は青山青葉バレエ団で何とかします。これは青山青葉バレエ団のゲストダンサーの問題ですから」

「ええ、そんなこと、まあ、また、青葉あおば先生とも相談させて頂くわ」

 すみれの言葉に真理子も申し訳なさそうに言う。

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